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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第1章:落ち着きのない子

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3話:学環崩壊

「もしかして……学環(学級)崩壊してます?」



 思わず、シェイラは訊いていた。

 学園長の苦笑に、答えが是であるとわかった。


 若い——おそらく新任と思しき女教師が声をあげている。声をあげている、が、だれも聞いていなかった。


 騒がしく私語を飛ばし、勝手に席を移動する。教科書と思しきものが送球のようにやり取りされ、授業で扱っている教科とは異なるものが宙に浮かぶ。窓布(カーテン)がお化けの如く、翰筆(ペン)筆記本(ノート)が、あたかも剣と盾の如く、天井に浮かぶ蝋燭のあいだを縫っていた。おそらく習いたての{浮遊}や{操作}の魔術を組み合わせたにちがいない。

 統率の灯火は消え、ぎゃはは、という子どもたちの笑い声と、きーっという女教師の声が重なり、級や組とも称される学環(がっかん)は、崩壊の叫びをあげていた。



「うわあ……」



 シェイラは、室内の様子に下まぶたが引きつった。

 三階ということはまだ三年生だろう。初歩の魔法しか扱っていないだろうからまだましに見えた。これが中等部で同じように崩壊していたら、おそらく人間や調度が飛び交っていたにちがいない。



「ここの先生からの相談ではないのですか?」



 シェイラは、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の教室を背にして尋ねる。



「いえ……、ここではありません。ある意味、こうなっている理由はわかりきっているので、これから手を講じていく予定です。筆頭教導師がこのあと見にきて、学園としても介入していくつもりです。シェイラ師のお力をわずらわせるには及びません」


「なるほど……」



 まあたしかに。シェイラは内心で肯く。

 まだ、大学府で教師の称号を受けたばかりの、若そうな教師だった。おそらく担当する学環を統制する力が育っていないのだろう。


 子どもたち、特に幼い子どもたちほど、大人をよく見ている。言葉で言わずとも、大人のちょっとした振る舞い、仕草を、敏感に感じ取る。この大人が自分にとってよい関わりをしてくれるのかどうか、無意識に品定めをしているのだ。


 まだ経験の浅い教師というのは、そういった品定めをもろに浴びてしまう。なかには勘のいい教師もいる。品定めの目をぬるりとかいくぐって、あっという間に子どもたちの心を惹きつけてしまう新任もいる。


 けれど、だいたいの新任は——それがいいとか悪いとか関係なく——基本的に、大学府から命じられている教導目録をこなすので精いっぱいだ。


 初等部は、文学、算術、歴史、地理、聖教、音楽、芸術、体術の基礎科目に加えて、基礎魔法の理論と実践を扱う。基礎魔法と呼ばれるものには、六大元素魔術と生活魔術の基本が含まれており、やることが膨大で幅が広い。これを、音楽・芸術・体術の三科目以外は、初等部ではすべて担任がやるのだ。


 新任は子どもたちを見ることや、学びを深めさせることよりも、教導目録に遅れを取らないこと、こなすことが無意識の目的になる。経験がなければ余裕がないのは当たり前だ。


 それでもきっと、あの新任の教師は、教えることに喜びを感じて教師の称号を得たにちがいない。

 不憫(ふびん)ではあったが、シェイラはその志に敬意をおぼえた。ぺこっと扉の前で一礼をする。薄色の、ゆるい髪が肩から落ちた。

 幸あらんことを祈って、足を進めた学園長のあとを追った。



「——ここです」



 導かれた戸の先からは、さきほどのような騒がしさはなかった。どちらかと言うと、通りすぎてきた他の教室のほうがざわざわしていた。変に静まりかえっている気もする。

 角部屋だった。

 開けている歩廊のすぐ横の斜面から、ケヤキの木が一本生えていた。曲がった角は薄暗く、暗闇の先からは生ぬるい風が吹いている。元素魔術の始原を思わせる、太古の闇からの風のようであった。

 不気味な心地がして、学園長とともに教室後方から入室をする。


 室内は、三年生とは思えないほど、しん、としていた。


 しけた煉瓦のにおいとともに、乾いた羊皮紙に(インク)(にかわ)の混ざったにおいが、まず鼻腔を過ぎていった。ガザン師の書架を思わせるにおいだ。石膏のにおいも感じられるのが、魔法学園らしい。


 薔薇を模した網目の槍窓(やりまど)からは、韶光(しょうこう)が差し込んで、くうを舞う塵や埃をちらちらと照らしていた。天井から肋骨状に伸びた梁が、槍窓のあいだを縫って、魔導書が陳列した本棚も支えているようだった。

 天井に浮かぶ蝋燭や燭台、長外套(ローブ)をまとう子どもたちの背中が、記憶の懐かしさをくすぐる。



「では、私はここで。担任のキルシュ師はわかっておりますので」


「えっ」



 シェイラが自身の子どもの頃を思い返していると、学園長がぼそっと囁いた。この場から逃げるようにして去っていく。


 シェイラは置いてきぼりになって、ぽかんとした。なぜ学舎に案内されたのか、なんの相談に乗らなければいけないのか、まだ詳細を聞いていない。

 今この時間、どうすればよいというのだ。


 シェイラはもったいない時間の使い方がきらいだ。

 今なにをすればいいのかわからない、という状態はたえがたい。たえがたいけれど、することもやることもないので、致し方なく授業に耳を傾ける。



 とてもつまらない、眠くなるような、聖教の授業だった。

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