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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第2章:大人しくて目立たない娘

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28話:お守り

縹色の少年登場回。

「——こんばんは。今日はわたしから見つけちゃいました」



 手摺りにぶらぶらと座って、林檎をかじっていた縹色の少年を見つけると、シェイラは横からひょっこりと首を出した。

 この少年とはじめて出会った石段のうえをのぼると、高台の広場に出る。広場には石造の手摺りがあって、少年はそこに座っていた。


 覗いてきたシェイラに、少年はこれでもかというくらい縹色を見開いて、そのまま、げほげほと林檎をむせる。



「だ、大丈夫ですか?」



 シェイラが慌てて、背中をさすろうとすると、研がれた剣のような視線が向けられる。

 この少年からは最初から刺々しい視線を向けられてばかりだ。



「さわるな!」



 手がはじかれる。

 年齢よりも存外に強い力に、シェイラは少し驚く。はじかれた手がひりひりした。



「大丈夫ならよかったです」



 水でも買ってこようかと思ったが、なんとかなったらしい。少年は、シェイラから一馬身ほど距離を置く。それからまた強く、シェイラを睨みつけた。



「今日はちゃんと香料を付けてきたので、におわないと思います」

「…………」

「……えーっと、におわないと思っていたんですけど、においます?」



 ちょっと自信がなくなる。

 前回指摘されたにおいは、おそらく特殊なにおいだろうから、シェイラも念入りににおい消しを行っているが、なにせ自分のにおいというのはわからない。人から指摘されてみてはじめてわかるのが、自分のにおいというものだ。



「——失せろ」



 林檎の香りを撒き散らしながら、にべもなく言われる。以前も感じた、とほほ、という気持ちが沸いてくる。

 けれど、シェイラは今日は引き下がるつもりはなかった。

 この宵燈(ランプ)が灯る時間にうろうろしていれば、会えるにちがいないと思ってそぞろ歩いていたのだ。

 今日で、三度目。

 見つけようと思ってさがしていたわけではなかったけれど、また出会った。ということはやはり、この少年とはなにか縁があるのだろう。



「その林檎、おいしそうですね。わたしもいただいてもいいですか?」

「は?」



 シェイラが屈託なく言えば、少年は茂みに〈這虫(ほうちゅう)〉でも見つけたかのような顔で、シェイラを見た。

 呆気に取られたものの、自分がかじっている林檎とシェイラを見比べてから、唾を吐くように言う。



「失せろって言っただろう」


「いなくなるかならないかはわたしの判断ですので。それとも、そう言ったらだれでも言うことを聞くような、やんごとなき身分の方でいらっしゃいますか?」



 小首をかしげれば、少年は不意を突かれたように固まった。

 上から下までの仕立てのよい衣を見れば、だいたいの人間はわかるものだと思うが、それを指摘されたことに驚愕と不安を同時に浮かべた。



「すみません、ちょっとつっこみすぎましたね。わたしは、イディさんがどんな身分の方であろうとも、関わり方は変わりませんので、ご安心ください」



 名を呼ばれると、今度はそちらに驚いたようだった。シェイラのほうをまたもや目を皿のようにして見る。

 素直な反応だなあ、とシェイラは失笑がもれた。この年頃は、なんでも素直に反応してくれる。



「一番最初に会った時に、そう呼ばれてましたけど、ちがいました?」

「……べつに」



 ちがわない、と言ったように、ぶすっとした顔でイディの顔が背けられた。不貞腐れているような、弱みを握られたような、そんな顔だった。

 照れているようにも見受けられて、シェイラは問題なさそうだと結論づけた。

 そのまま平気な顔をして、少しあいだを取りつつ同じように手摺りに座る。


 王都ガルバーンの煌然とした輝きが、すずやかな音とともに一望できる景色だった。 



「この景色、素敵ですね。毎晩来たくなっちゃいそうです。イディさんは毎晩来てるんですか?」

「…………」

「さすがにわたしは、毎晩来る時間はないかもしれないですね。今日みたいな週末とか、〈静寂ノ日(きゅうじつ)〉にしか来れそうにないです」

「…………」

「ほんとうだったら毎日来たいんですけどね。ここの王都って色んなものがあって、見るところがたくさんあって、飽きないものですから。こんな都を造りあげたガルバディアという国と歴代の国王陛下には尊敬でしかないです」


「……お前、うるさい」



 シェイラがつらつらと思っていたことを話していると、やっとそんな言葉が返ってきた。

 シェイラは、ぱっと顔を明るくする。



「お前じゃなくて、シェイラータと言います! どうぞシェイラと。皆、そう呼びますので」



 興味を持ってくれたような気がしてうれしくなったが、イディ少年からはいつぞやの時のように盛大に顔をしかめられた。聞いてない、とあからさまな反応だった。

 子どもの反応を大事にするシェイラは、直感でこの反応は無視してよいと判断する。



「ありがとうございます! では、これからはシェイラと呼んでくださいね」

「……だれが呼ぶかよ」



 ぼそっと聞こえたが、シェイラは機嫌よく笑う。

 反応があるのは、よいことだ。



「せっかくなので、仲よくなれた印に、いいものを差し上げますね」



 だれも仲よくなってないとイディ少年の表情は言っていたが、シェイラは鼻歌まじりに長外套(ローブ)の内側にある腰袋からごそごそと物を取り出した。

 鎖につながった、親指大ほどの丸い金属板だった。銀貨のように見える色合いで、もっと平べったい。片隅に、イディの瞳の色と同じファル石が小さく埋め込まれていた。



「——どうぞ、お守り(タリスマン)です」



 シェイラは金具部分を持ってそのまま差し出した。

 差し出されたからつい手を出してしまった。そんな様子でイディが金属板を受け取る。しげしげと矯めつ眇めつ見る。



食刻凹版(しょっこくおうはん)ってご存知ですか? フィシェーユの魔法のうち、版画魔術に属するものです。よい効果を彫り込んだので、身につけておくだけでいいことがありますよ」


「……彫り込んだ」



 疑問に思ったことをつい口にした。そんなつぶやきだった。

 つぶやいていることも、もしかしたら気づいていないかもしれない。

 シェイラもまた応じるように付け加える。



「わたしが作りました。まあまあの自信作です。こう見えても、わたし、ちょっとすごい魔導師なんですよ」



 シェイラに、特別な意図はなかった。ほんとうに無造作にそう言っただけだった。だが、聞いたイディ少年の反応は凄まじいものがあった。

 シャドゥーラの森に棲まう魔獣へと変化したように、憎怨(ぞうえん)の込もった目が、一瞬にしてシェイラに向けられた。


 渡した凹版がその憎しみをすべて込められたように放り投げられる。

 あっという間のできごとだった。


 シェイラがぽかんとしているうちに、イディは手摺りから身を翻す。



「……魔導師なんか、くそくらえ」



 吐き捨てるように、少年特有の詠嘆とする声が初夏の石床に響いて消えていった。

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