25話:リヨン(2)
「だれだれー?」
「先生の彼女?」
「若すぎない?」
そんなわけありません。
シェイラはすぐに言おうとした口を引っ込める。
子どもたち全員の前で自己紹介をすることになるとは思っていない。なんて説明をするのか、すり合わせておくのを忘れていた。
シェイラがちらっとオーズに確認しようと視線をやったところで、返事よりも先に教室の後方まで響く声で、学環がぱっと明るくなった。
「んなわけあるかいっ。先生の先生だ。若いけど、えらい人なんだぞ。お前らちゃあんと挨拶しろっ」
オーズはすごかった。
たった一言、そう言っただけで、学環の全員が楽しそうに笑った。四十個のきらびやかな石たちの注目を、すべて持っていってしまった。
喋り方話し方ひとつで、学環の雰囲気がこうも変わるものだろうか。
この先生は、子どもたちから好かれているのだろう。それが一瞬でわかるできごとだった。
(さっきはごめんなさいです)
シェイラは大いに反省する。
好きになれそうにないと思った、ついさきほどのことだ。
子どもたちから好かれるというのは、いい教師の証拠だ。きっとこのオーズも、さきほどの話のなかでは——初対面ではあげられないような悩みや困りがあるのだろうと思った。
決めつけはやめようと決意する。第一印象で判断するのはよくない。
(勉強になりますね)
ガザン師は、そういうシェイラの性質も見抜いてこの仕事を与えたのだろうと思った。
「こんにちは!」
「はじめまして!」
「どこから来たの?」
挨拶のあとは怒涛の質問時間だった。
シェイラは、どうもどうも、と言った調子で答える。
「ヴェッセンダリアから来ました。ちょっとすごい、一応魔導師です」
シェイラが学環全体に片目でぱちっと目配せすれば、
「えーっ!」
「魔導師すごくね?」
「ほんものはじめて見た!」
学環は大いに盛り上がった。
全体的に明るいし、みんな思ったことをすぐ発言し、顔に出す。だから、シェイラはオーズらに聞かずとも、彼女——リヨン・ペリメルという少女がどこに座っていて、だれだか、一瞬でわかってしまった。
真っ直ぐな、ぬばたまのような黒い髪を持った少女だった。瞳は琅玕の深緑。そこだけ幻想が漏れ出ているような空気感を持つ少女だった。
最初からここまでのあいだ、表情をぴくりともさせず、同じ姿勢でいる。
(なるほどですね)
シェイラは、指で瑠璃の耳飾りを弾く。
聞いていた状況が理解できた。己の知識に紐づくものがある。
もう少し、観察してみようと思えた。
「はじめましてのご挨拶に、魔導師のわたしから、皆さんに少しおもしろいものをお見せしますね!」
(オーズ師、すみません。授業時間を取ってごめんなさい)
内心で謝罪しつつ、シェイラはリヨンの反応を意識に止めながら、両手をすくうような形にする。
すくっているなかに、元素魔術の闇を描く。溜まって、砂時計のなかの霧砂が落ちていくように、さらさらと闇の色をした砂がこぼれ落ちて、舞って広がっていく。
「むかしむかし、」
声に{魅了}を乗せる。
「——宵闇の底がありました。そこから、火炎が命を孕みました」
教室に広がった闇の光のなかから、ぼうっと小さな火があがる。
「その火炎を、風が煽り大きくなりました」
風が巻き起きて炎があがると、きゃっと子どもの声がいくつかあがった。幻影の炎だから問題ない。シェイラはそのまま魔術を描きつづける。
「やがて訪れた水が静寂をもたらし、」
瀬音とともに水流が流れて炎を消す。
「聖なる福音とともに、」
闇のあいだを雲間から指す陽の光のような白い光が照らした。
「大地が、魔導師たちの揺りかごとなりました。そうして、サージェシア大陸は生まれたのです」
照らした先に大地ができ、森ができ湖や沼ができていく。次々と、建物や人があらわれ、小さなガルバディア魔法王国ができあがると、ぱんっという音を立てて、すべて光の粉となって消え失せた。
元素魔術の成り立ちを描いた魔法だった。
「——はい、これがわたしのご挨拶でした。これから会ったら、仲よくしてくださいね」
ぽかんとする子どもたちの前で、シェイラがにっこりと笑って言えば、子どもたちから大きな拍手で迎えられた。
なんだかすごいものを見させられた、と皆が言っている。
「あんた、やるなあ! 俺の代わりにこのあとの授業やりませんか?」
オーズ師がびっくりした顔をしながら、真面目な様子でそんなことを提案する。
「先生さぼりー!」
「だめだよ!」
「働いて働いて!」
子どもたちの突っ込みは容赦がない。
肩を落としてしょげたようにして見せるオーズは、子どもたちの注目を得るのに余念がない。
(すみません、ちょっと目立ちすぎて)
シェイラは詫びながら、さっとリヨンに目を走らせる。
頭部が動いた。後方に下がるシェイラを気にするようにする。それでも、仕草や動きは小さく緩慢なものだった。その小さな動きだけが、リヨンの心の動きを表していた。
リヨンの反応を見たくて、シェイラは今の派手な演出を行ったのだ。
膝の上の指先を小さな動作を目に止めて、シェイラは思う。
(ああ、この子は……)
不安が強いのだろう。
素直に楽しさや喜びも表現することができない。ユートとは異なるぎこちなさ。すべてに緊張の力が入っている。
この子は困っている。
これはたしかに、どうにかしてあげなければいけなかった。どうにかしてあげたい、とシェイラは思った。




