24話:リヨン(1)
「——喋れない?」
シェイラの声は、その学園の講堂に響いた。
首都魔法学園とは異なり、この学園——ルーマン県ツェット市の魔法学園の講堂は、赤煉瓦でできている。壁面には巨大な絵画が掲げられ、なかの人物たちが楽しそうにおしゃべりをしていた。喋れないなんて気の毒ねえ、なんてシェイラの言葉に応じてくるものさえいる。
シェイラは無視して、目の前の教師——オーズ師と、筆頭教導師——ニカ師から、つづきの話を待った。
「はい、導師。あの娘……リヨンは学園にいるあいだ、喋ることができないのです」
答えたのはニカ師だった。茶色に桃色が混ざった髪は白髪を染めているのだろうか。キルシュ師よりも年齢は上だろう。五十くらいの筆頭教導師らしい年輪を重ねているように見える。
「なにか呪いでも受けているのですか?」
シェイラは自身の両手を無意識にぎゅっと握り込む。
〈ユベーヌの呪い〉や〈ノザリアンナ呪術〉のどちらかであれば、喋らせなくすることなど造作もない。忌術であるけれど、巷間では、抜いても抜いても生えてくる草の根のように、陽の当たらない場所ではびこり巣食っている。それが呪術のたぐいだ。
「そうではありませんよ。ただ学園にいるあいだ、喋らないだけです」
シェイラの問いに、今度は担任のオーズ師が答えた。
オーズ師はまだ教師のなかでも若い部類に入るだろう。三十かそこら。はきはきと快活に答える様子が若く聞こえるけれど、おそらくそれくらいだ。刈り込んだ榛色の頭髪は活動的な印象も受ける。
「喋らない?」
その子に意図があるということだろうか。
「はい。だって、リヨンは家では喋ると聞いています。ということは、意図的に学園では喋らないのでしょう」
言い切るような形でオーズ師は言う。
言い様にシェイラは、胸骨をざらっと砂がすべるような心地がした。
雰囲気や溌剌とした様子から、だれからも好感を持たれやすい男のようだったが、言い方が好きになれなかった。嫌味のようなものが混じっているように聞こえる。
ニカ師も同じだったらしい。眉をひそめて、オーズ師をたしなめた。
「ちがいます、オーズ。あの娘の母親も言っていたでしょう。親もあの娘自身も困っているのです。喋らないのではなく、喋れないのです。担任であるあなたが、あの娘の困りをそのように捉えていてどうするのですか」
さすが、筆頭教導師。
シェイラに相談をしに来たということは、担任のオーズもリヨンという彼女との関わり方にきっと困っているのだろう。主となる相談者が教師であるから、シェイラはその困りを解決しなければいけないけれど、一番困っているのは子ども本人なのだ。
ニカ師の言い方には好感が持てる。
一方のオーズ師は、両手をあげるようにして肩をすくめた。冗談なのに、とも言わんばかりの様子に、シェイラは片眉がぴくつく。
(どうしましょう、この方好きになれないかもしれないです)
いけない、いけない。
キルシュ師とはじめて会った時もそう思った気がする。もうちょっとこの人のことを知ってからでなければ、とシェイラは自分自身をたしなめる。
「状況はわかりました。学園では喋れず、それで困っている、ということですね?」
「そうです」
「ちょっとした肯きくらいはできますよ。首はあまり振りませんが、そこで意志は確認できるので、まあなんとかなっている感じです。大人しい娘ですよ」
ニカ師は強く肯いたが、オーズ師はさほど困っていないと暗に言っているようだった。
シェイラは溜息が出そうになる。今回の相談主がどちらなのかわかった気がした。
「……わかりました。ともかくも、彼女の……リヨンさんの様子を観てみたいと思います。観てから、もう少し聞かせてください」
どうぞどうぞ、と余裕を持った様子のオーズ師に対して、ニカ師は重々しい空気で、「ご案内します」と立ち上がった。
空きの授業時間を使って話していたが、間もなく今の授業が終わる。早速、シェイラを対象の学環に連れていってくれるのだろう。ちょうど次の時間は、オーズ師が担当する授業でもあるのだという。
後ろでなにかを言っていた絵画たちを残して、シェイラは講堂より外に案内された。
ツェット魔法学園は、校舎のすべてが赤煉瓦でできているようで統一感があった。
首都魔法学園は古い建築に増築した様子が見て取れた一方で、この学園はすべての建築が同一の年代に建てられたのだろう。壁面のかすれた様子が同じように色あせて見える。そこを木蔦が伝っていて、風合いを出していた。
講堂から外に出る。向かうのは中等部一年生の棟だった。
ツェット学園は、学年ごとに棟が分かれており、小規模な棟が敷地内にいくつか建っていた。王都ではなく、土地のある地方だからこそできる学舎の構造だ。
こじんまりとした棟は、控えめな装飾が施されていた。透かし彫りの石細工装飾に、明かり採り。頭上部分には、五つ葉模様が形作られている。磨り硝子がはめ込まれて、南からの陽光を学舎のなかに招き入れているようだった。
シェイラが案内されたのは、連なる棟のうちのひとつ、入口の切妻屋根に中等部一年を示す紋章と色旗がはためいていた。
鐘が鳴る。
学環に足を踏み入れれば、初等部三年生とは異なって少し大人の顔になった子どもたちが座っていた。
(あ、しまった)
オーズ師のあとを付いて行って、そのまま前方から教室に入ってしまった。
四十個の宝石貴石をちりばめたような視線がシェイラに集まる。
ニカ師はさりげなく後ろから入室して、シェイラだけが子どもたちの注目を浴びる形になった。




