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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第1章:落ち着きのない子

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20話:シェイラの喜び

「——昔は、今と比べて、学環(がっかん)になにも規律を強いていなかったのです。子どもとは自由であるべきで、自由ななかに発想が出てくるものだと思っていました。サージェストが願う新しい魔導の礎というのは、自由な気風のなかから出てくるものであるとも思っていましたし……なにより経験が浅かったので、自由すぎることがどんな問題を起こすのか、まったく思い至ってなかったのです」



 キルシュの語りにシェイラは驚く。そんな印象がまったくなかったからだ。

 相槌を打つのも忘れて、そのまま聴く。



「四年生を受け持った時の……ルヴァン、という子でした。ルヴァンはとても闊達で口が上手な子で、発想が豊かで色んな意見を言う子でした。学環のなかで他の学童たちからも慕われるような人気のある子でした。ルヴァンをきっかけにいい意見が出たり、学環が明るくなることがありました。多少うるさかったものの、それでよいと思っていました。けれど、ルヴァンは……」



 ためらうような間があった。数秒して苦々しく告げられる。



「平気で、他の子を(おとし)めたり、他人がいやがる言葉を口にするような子でもありました。私はもちろんたしなめていましたが、ルヴァンのよいところもわかっていたので、大きく注意をすることはなかったのです。

 けれど、ある時から、ひとりの子が学園に来なくなりました。学環がこわい、行きたくない、先生はなにもしてくれない、と言うのです。私にはもちろん、そんなつもりはありませんでした。だから、その子を訪ねて聞いたのです。今思えば言いわけをしたかっただけなのかもしれません。ですが、その子から特定の……ルヴァンの名があがって、いじめられているのだという話を聞いた時、背筋に氷を受けたような、ぞっとするものがありました」



 キルシュは当時の感情を思い起こしたように、顔を青くする。唇を噛みしめ、それからもう一度開かれる。



「私は、ルヴァンにも聞き取りを行いました。その子をいじめたのか、と。授業では見ていないけれど、そんなことをしたのか、と。すると、ルヴァンは悪気なく言ったのです。だって、先生、ほんとうのことを言っただけだよ。いじめじゃない。あいつができないから、言っただけ。おれは授業と同じようにあいつにほんとうのことを言って思ったことを言っただけだよ。それのなにが悪いの、と」



 シェイラは、はっとしてキルシュを見た。

 キルシュの顔が歪む。



「私は愕然としました。この子の自由さを許しすぎてしまったがために、人として教えなくてはならないものを教えることができていなかったのだ……、と。そして、自由でいいという私のあり方は、なにをしてもよい、と子どもたちに伝わってしまっていたことがわかったのです」



 キルシュが言って黙り込むと、シェイラも黙り込んだ。

 古い教室に重たく染み込むような沈黙だった。

 ややもすると、キルシュはまた口を開く。



「……それからです。私が規律を大事にしようと思ったのは。よいこと悪いことは教師が教えなければならない。自由という名の奔放さはよくない、と。教師のあり方こそが、学環の子どもたちの姿なのだと」



 語られた話に、シェイラは納得するものがあった。


 そうだったのか、と。


 当初抱いた厳しすぎるくらい統率が敷かれた学環の様子は、キルシュの経験と、後悔からくるものだったのだということが苦しく感じるほどよく伝わった。

 シェイラはそういった積み重ねを、教師という職業で培ってきたキルシュに、深く頭を下げたくなるような思いがした。

 きっとシェイラが生まれてから現在に至るまでのと同じ時間、あるいはそれ以上を教師として過ごしてきたのだ。


 シェイラから言うこと、言えることは、なにひとつない。


 小さく、目礼をする。

 だが、キルシュはそれまで漂っていた空気を払拭するように、さきほどと同じような朗笑を浮かべた。シェイラに、ほほ笑む。



「——ですが、今回、少しやりすぎだったと反省しました」



 張りつめた弦が、ゆるむようだった。



「教師とは、教導師とは、子どもたちの見本です。私がユートに規律を守るように叱りつければ、他の子もまたユートはそういうふうに扱ってよい存在なのだと思ったことでしょう。だからきっと、ユートは当初、学環の空気が居づらくて飛び出していたのではないかと思います」


「それは……」



 そうだ、とシェイラは思う。


 子どもたちは大人をよく見ている。大人の行動を真似すればよいと、当たり前に無意識に子どもは思う。生き残るための、生物の本能のようなものだ。

 けれど、キルシュに肯定はできない。それではまるで、キルシュを責めているようだ。今までのキルシュのあり方を責めているようで、シェイラは今さきほど過去の話を聞いたばかりだからこそ、大きく肯定できなかった。


 シェイラが反応にあぐねいていると、キルシュは気にせずそのまま言葉をつらねた。



「以前シェイラ師からご提案いただいた、みんなにも休憩を出してあげればいいという話ですが、私はどうしてもそれができずにここまで来てしまいました。けれど、ユートと対話をして、私が彼のあり方を認めていくと、子どもたちのユートへのあり方も……この数ヶ月で変化したように思います。しょうがないなあ、と優しい見守りのようなあり方です」


「そう……ですね。たしかに、以前と比べて、ユートさんと他の子どもたちの交流は増えたように思います」



 これは大きく肯定できることだ。

 学環の雰囲気がよくなった。やわらかくなった、と言ってもよいかもしれない。



「きっと、特別扱いと思う子もなかにはいると思います。ただ、以前お話した時よりは、私もそれが特別扱いではないこと、みんなも必要だったらやってよいのだということを、起きうることも考えたうえで、話すことができそうだと思えます」



 キルシュの笑みに、シェイラは目を見開いた。

 それは、シェイラがはじめ無理に提案をしようとしたことだったからだ。はじめ反発を覚えられたことだったからだ。

 シェイラの驚きに対して少し笑いながら、キルシュは最後の一押しのように言った。



「——ですから、シェイラ師、そういったことに気づかせてくださって、ありがとうございます。他の導師たちのように頭から理想を押しつけるのではなく、私の想いを聴いてくださりながら、ユートのためになることを伝えてくださって……、ありがとうございます」



 礼を言うキルシュの黒い瞳は、(インク)の深みが増したようだった。


 ふいに瑠璃の瞳の奥が痛んだ。視神経がぎゅっと束ねられたようだった。こぼれ落ちそうになったものを、まぶたを閉じておさえる。

 隙間から、ぽろっとこぼれる。心地のよい痛みが、しぼられて出てきたようだった。


 ユートとキルシュが楽になれば、どんな手立てでもよいと思った。キルシュの大事にしている考えが守れればよいとも思っていた。

 けれど、キルシュが自ら気づいてシェイラに伝えてくれたことは、なによりもうれしい言葉だった。


 ちょっと目が、と言ってシェイラは誤魔化す。込み上げてきたものを見られるのが恥ずかしい。



「……風ノ日は、盛夏ノ休暇明けも毎週来るのでまたどんな様子か教えてください」



 シェイラは照れ隠しのようにそんなことを言う。



「はい、お願いします。継続してマヌル師と協力しながら、やっていきたいと思います。……もし、またうまくいかなかった時には、その時はシェイラ師……また一緒に考えてくださいますか?」



 キルシュは、シェイラの気持ちはお見通しだったのだろう。笑いながら、やわらかく尋ねる。



「もちろんです……!」



 当初の緊張や警戒のなくなった、同僚や同士に対するやわらかさに、シェイラも年相応の笑顔がいつの間にか滲み出る。



『シェイラなら、きっと仲よくなれるわ』



 そう言った師の言葉の意味が、少しだけわかった気がした。


(ちょっとこのお仕事、楽しいかもしれません)


 シェイラが見上げれば、雲も霧もないすっきりとした空が、青々とした葉に映えるようだった。






 休暇明け、ユートは火炎魔術の試験で学環で一番の成績を修めた。


 ちょっと落ち着きがなくて少し荒っぽいところもあるけど、あいついいやつだし魔法もなんかすごいよな。


 そんな評判で、学年の人気者になるのは、雁がねの初声が聞こえる秋霞のたちこめる頃だった。




(第1章:落ち着きのない子——了——)

【1章登場人物】

シェイラータ

 シェイラ。12歳という若さでオルリア聖王国の大学府を卒業した天才で、智と書架の国ヴェッセンダリアの導師。


イディ

 ガルバディアの王都で、シェイラとたびたび出会う男の子。


メイベ・ガザン

 シェイラの二番目の師匠で、ヴェッセンダリアの老師。


ユート・エディウム

 ガルバディア魔法王国の魔法学園初等部3年生。7歳。四大元素魔術の一族。落ち着きがなく行動が乱暴で魔法を暴発させる。


キルシュ師

 ユートの担任。ベテランの女教導師。規律に厳しい。


マヌル師

 首都魔法学園の体術専科の教導師。

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