193話:〝竜を呼ぶ〟
「彼らが目的としているのは、呪了国の復活ではない」
イディオンが断言した。
「はい。そう思います」
「なんだと思う?」
問いかけに、シェイラは、人差し指で瑠璃の耳飾りを弾く。地金に千粒打ちの縁取りがされている瑠璃は、静かに揺れる。
揺れる心地を得ながら、シェイラは思考する。
撒かれた霧砂。散った蟲の血。おまじないの呪具。それら目にしたものから推測できることは少ない。
「呪具を売りさばいている理由から考えたほうがいいかもしれません」
シェイラが言うと、イディオンも顎に左手を当てる。
しばらく互いに沈思黙考した。酒肴が運ばれてくる頃に、イディオンが口を開く。
「……呪具は、けっこう高いらしいんだ」
つまみは、豆を乾煎りして魚醤にし、味を付けたものだった。なんとも言えないにおいがして、シェイラは無意識に眉根が寄る。
「高いというのは、子どもたちにとってですか?」
シェイラは豆のにおいから逃げるように、対角線になるように席を移動する。
「ああ」
「いくらですか?」
イディオンから聞いたのは、大銀貨四枚分だった。
「子どもたちにとっては高いですね」
「なぜ、そんな高いものを大人ではなく子どもに売りつけるのだと思う?」
「覚悟を問うているのだと思います」
「覚悟?」
「ええ。それほどの値を払ってでも、呪いたいか、と」
シェイラには、わかる。かつて、シェイラは自分のなにを差し出したとしても、叶えたいことがあった。ヴィクトルの隣にいたかった。執念とでも言うべき願いは、呪いに通じるものがある。
「……なるほど」
イディオンは豆をひとつ取って、噛み砕く。咀嚼を終えてから、口が開かれる。
「ぼくはもっと単純に考えていた」
「もっと単純……ですか?」
おいしいんでしょうか、と思いながら、シェイラは尋ねる。
「資金集めだよ」
「資金集め?」
豆を食べると喉が乾くのだろう。発泡水をごくっと一口呑んで、イディオンは答える。喉仏が、ちらっと目に入った。
「〈魔女の騎士〉たちは、呪了国の再興ではなく、べつのことを企んでいる。その企図するもののための資金集め。これが一番わかりやすい」
「でも、呪具はそれほど売れませんよ? 子どもたちにとって高いという話をしていませんでしたか?」
おどろおどろしいものに手を伸ばすのは、皆ためらうものだ。大銀貨四枚も、簡単に売れるものでもない。
「きっと、だから、おまじないなんだ」
イディオンはつづける。
「学院で流行るような手頃な値段のまじない具を売って、儲ける。同時に、呪具を売りさばき、呪いを撒く」
「呪いを撒く……」
「思い出してほしい。星詠みの詩だ」
されど忘るるな──
魔女の集いを
子らの声を
賤しめらるる者の声を
聞かずば光は滅び
抑止の力は失われん
その二節のことをイディオンが言っているのだとわかった。
シェイラは、はっとする。
「呪いを撒いて、抑止の力に影響を与える……?」
そんなこと、できるだろうか。聖剣と、聖女の聖魔術。どちらも、強い力だ。霧と呪いを払う輝かしい力そのもの。子どもたちのあいだに広がる呪いだけで、どうのこうのなる代物ではない。
見たことのあるシェイラだからこそわかる。
「可能性だが。あとは、これは飛躍する推測だが……」
イディオンは悩ましいように、一度、言葉を区切った。
それから、考えた末に口を開く。
「つづきの詩、あるよね?」
「つづき……」
血に沈む師と子
十二の力
竜を呼ぶ
あの不気味な箇所だ。魔導霧研究の老師オモノンも、解釈を重ねていて、まだ、なにを示しているのか解き明かせていないと話していた。
「──呪いを撒いて、供物となる十二の力を集めているんじゃないか」
イディオンが言う。
「アノンという子が殺された時、シェイラは交戦したんだろう?」
問われて、シェイラは思い出す。
「その時、『団長が選んだ、尊い供物のひとつだ』と聞いたって、言っていたよね?」
イディオンは、よく覚えている。たしかに言われた。
「〝竜を呼ぶこと〟」
イディオンが、シェイラの目を見る。
「それが、魔女の騎士たちの大目的じゃないか?」
「竜を、呼ぶ……」
イディオンの跳躍した話に、シェイラは呑まれるようになる。
「竜を呼ぶための十二の力を供物として捧げる。そのための犠牲。ノザリアンナ呪術であれば、そういうことができる気がしないか?」
シェイラは、リマスに襲われた時を思い出した。生命の力を〈導脈〉に変える力。それは、リマスの死とシェイラの寿命をもってして叶えられた。
脳裏に、アノンの無惨な死に方も思い出す。まるで、体中の〈導脈〉を無理やり剥がされたように、ぼろぼろになった姿を。
思い出すと、胃液がせり上がってくるようだった。食べたものを吐き出したくなる。
「……可能性は、あります」
そんな大規模な呪術があるのか、シェイラは知らない。
だが、犠牲と代償を奉れば奉るほど、ノザリアンナ呪術というものは力を増す。可能性は、零とは言えなかった。
「資金を集めて、大規模な術に必要な準備を整える。呪いを撒いて、供物となる人間を見つける。そして、竜を呼ぶ。これが、目的じゃないか?」
イディオンの熱くなる仮説の論弁に、シェイラは逆に冷静になっていく。
引くようにして、その意見を見定める。
「呪いを撒くことと、供物となる人間を見つけること。これの因果関係がわかりません」
呪いを撒かなくても、供物となる人間は見つけられる。
シェイラはその理由を尋ねた。
「いや、あるよ」
イディオンは付加する。
「竜を呼ぶほどの術式。なら、ただの人間の力じゃ、意味がない。呼ぶほどの力が足りない。行使するための条件があるはずだ。特に呪術に関連するなら大いにあり得る」
たとえば、というイディオンの言葉に、シェイラは思い至る。かぶせるように口にする。
「〝人を呪いたいほど恨んでいる子どもの〈導脈〉〟とか……?」
アノンの姿が、思い浮かんでいた。
あの理由のわからなかった残酷に殺された姿。あれが意味あるということなのだろうか。
「そういうことだ」
イディオンは首肯する。
「そうして、力を集めて、供物を捧げ、竜を呼ぶ。その目的が一緒なら、魔女の騎士たちのなかに魔術師がいるのもおかしくはない。目的が相克しない」
シェイラは、息を呑む。
「竜を呼ぶ。──それが、彼らの目的ではないか」
イディオンは、確信めいたように、そう締めくくった。




