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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第1章:落ち着きのない子

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19話:成長の兆し

 大魔導師サージェストと弟子たちが、魔法や魔術を扱う学年として三年生からにしているのは、〈導脈〉を感じられるようになるのが——身体学上は内受容の感覚と言われる——、その年頃になると判断したからだろう。


 ユートの場合、そもそも土台となる他の感覚の鈍さがあって、全般的な感覚が整理されていなかった。それゆえに、〈導脈〉もあまり感じることができない。

 魔力を感じようとして魔力過多になり、暴発につながっていることを、シェイラはキルシュに説明していた。



「急がば回れ、ということですね」



 キルシュ師がそうまとめる。



「その通りです。回っているあいだにどうしても起きそうなことについては、これまでのように関わってあげてください」



 休憩を取ったり、おつかいを頼んだりする未然の関わりのことだ。


 あれはきっと、しばらく必要だろう。半年から三年生のあいだ、感覚が整っていけば少しは落ち着くかもしれない。けれど、もしかしたら、学環編成が変わる来年以降も必要になってくる関わりかもしれなかった。

 それは、感覚を感じる訓練と同じくらい、いつまで必要になるのかわからない関わりだ。


 一方で、キルシュがユートの気持ちを受け止めるように関わりつづけてくれれば、もしかしたらやらなくてもいい関わりになるかもしれなかった。

 シェイラは、この学環ではじめてキルシュとユートのやり取りを見た時を思い出す。キルシュの拒否的な決めつけるような関わりを。


 ああいった関わりではなく、今のような関わりがつづいていくのであれば、ユートの落ち着きのない行動を助長している不安や自信のない気持ちは、やわらいでいくのではないかと思った。



   〜*〜



「——キルシュ! キルシュ師っ」



 マヌル師の興奮したような声が、教導館の石煉瓦に響いたのは、清夏(せいか)の陽射しが厳しい、昼餉ノ憩いの最中だった。

 キルシュが次の授業の準備をしていると、マヌル師が飛び込むようにやってきた。



「ちょっと来てくれ!」



 呼ばれたのは教導館を出た先、講堂横の中庭だった。この時間は子どもたちが走り回っていることが多い。周りを見ずに走っている低学年を注意しながら、キルシュは歩みを進める。

 目元に手をかざして陽を遮りながら中央に出る。

 そして、キルシュはそれを見た。



「——先生っ!」



 ユートと目があった。


 いつだったか、はじめて授業のなかでおつかいを頼んだ時のように、喜びを満面にたたえて、ユートがキルシュを見る。

 ユートの片手には、水が球体となって浮かんでいた。くるくると回るように、渾天儀(アーミラリ)が回転するように、水が夏の陽光を受けてきらきらと輝いている。


 水の元素魔術の初歩と呼ぶべき技。


 見本のような完璧な球体が、ユートの手にはあった。



「先生、やったよ!」



 ユートが褒めて欲しそうに、にっと笑う。猫が足元にすりよって甘えるような、キルシュのことをまるで慕うような笑みだった。


 キルシュはそれを認めて、胸骨に広がるものがあった。

 じん、と音がするようでもある。



「よく……やりましたね」



 目尻になにか浮かびそうになった。年齢を重ねたせいかもしれない。

 マヌル師と視線がぶつかって、野趣あふれた笑みを返されれば、キルシュは自分が教導師としての喜びを——教え子の成長を感じているのだと思った。



   〜*〜



 フィシェーユの第五の〈風ノ日〉が、盛夏ノ休暇(夏休み)に入る直前のシェイラとキルシュが話せる最後の日だった。


 〈魔導霧〉が出ることの少ない真夏の時期は、学園や学院なども休校になる。子どもたちや教師たちだけでなく、サージェシア全土が一番落ち着いている時期がこの夏の期間だった。


 その暑い最後の日に、シェイラはキルシュ師から、先日ユートが魔術ではじめて成功をおさめた話を聞いた。


 いつまでかかるかわからないという話をしたのが、二ヶ月くらい前だったことを記憶している。

 ならば、この二ヶ月で成功することができたのは、かなり上々の、いい例だ。

 ユートはもともと、ガルバディアの貴族の名門出身と聞いている。やはり素養があるのだろう。



「——とまあ、お話をしたのですが、そのあとすぐに水は爆発しまして。四方八方に飛び散って、近くにいる人間は全員濡れネズミになりましたけどね」



 キルシュが思い出し笑いをしながら、締めくくった。

 あまりにも想像がつく光景にシェイラも笑う。



「子どもってすごいですね」



 シェイラは、ユートの二ヶ月での成長を称える意味で言った。

 二ヶ月、というのは、大人にとってはあっという間だが、子どもからすると、新しいことをたくさん覚え、成長できてしまう期間である。


 子どもとはやっぱりいい。打てば響く年頃で、こちらが子どもたちに合った関わりをすれば、それだけ反応が返ってくるのが子どもだ。


 シェイラがぼうっと思っていると、キルシュが同調するような笑みを浮かべる。



「これもシェイラ師のおかげです」



 ふいにキルシュはそんなことを言った。シェイラはきょとんとする。



「なにがです?」



 シェイラが首をかしげると、キルシュはほがらかに言う。



「シェイラ師が、今なにができるか考えてくださったおかげです」

「えっ? ええ、でも当然ですよ。それが仕事でやってきたのですから」



 当たり前のことを褒められていることに、シェイラはこそばゆくなる。

 礼を言われるほどのことではない。

 シェイラが返すと、キルシュは優しい笑みを浮かべた。ぬくもりのある笑みだった。



「そうですね……たしかに、シェイラ師からすると、当然かもしれません。けれど、それは珍しい当然ですよ」

「珍しい……?」

「はい。今まで来た導師の方はそうではありませんでした。それに——」



 キルシュは一度言葉を区切った。視線を窓の先にやる。一拍あって、言葉がつづいた。



「……少し、昔話を聞いてくださいます? 私がまだ若かった頃の話です」



 キルシュは、()り硝子の曇った先、どこか遠くを見ているように語りはじめた。

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