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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第10章:ついてくる少女─後編─

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189話:旧市街へ

「ご機嫌だね」


 夕方の鐘がなる頃、イディオンの気配を辿りながら、構内をぶらぶらしていると、すぐに見つかった。

 イディオンのほうは、たいそう機嫌が悪そうだった。眉間にしわを寄せて、シェイラを見下ろしている。


「イディさんは、ご機嫌ななめですね?」

「シェイラが置いていったからだろう」

「だって、慣れているとおっしゃいましたし、二手に別れたほうが情報は得られやすいでしょうから」

「情報は得られたけどさ……」


「じゃあ、早速整理しましょう?」


 シェイラが屈託なく笑えば、イディオンは溜息をつく。


「わかったよ」


 シェイラとイディオンは、風琴亭へと戻る坂道を登る。西陽を暑く感じるが、風の通りはいい。


「ぼくは、女の子たちのあいだで流行っているおまじないのことを聞いたよ」

「フェノアが言っていたお店でしたか?」

「ああ、そうだった」


 シェイラは話しやすいように{浮遊}する。

 すでに、フェノアからは旧市街にある雑貨店の名前を聞いていた。女子に人気のある小物雑貨に加えて、おまじないの雑貨も扱っているのだという。


「実際に見せてもらったよ。その子が持っていたのは振り子(ペンデュラム)だったけど、時計盤に似た陣を魔法紙に書いて揺らすと、一日の運がいい方向を教えてくれるらしい」


「なるほどなるほど」


「あとは、組紐だな。これはけっこう流行っているらしい。手首や足首に付けられて、色も種類があって、いつ切れるかわくわく感もあるから、女の子たちに人気だとか。男たちのあいだでも流行りはじめているって聞いたよ」


 聞いて、額の裏に、ヴィクトルの左手首がかすめた。赤と茶色。

 一瞬浮かびあがってきたものを払拭するように、シェイラは内心で首を振る。


「それから?」

「最初はそんな話ばかりだったけれど、気になることを聞いた」

「気になること?」


「その店には、裏商売があるって」


 シェイラが宙で止まると、イディオンと視線が合う。


「店員と、ある決まったやり取りをすると、表では扱っていない品を見せてくれるらしい」

「呪具ですか?」

「それっぽかった。不気味な人形があったって聞いたよ」

「……その話してくれた子は呪具を?」

「いや、買ってはいないらしい。興味本位で見せてもらったけれど、あまりにも不気味だったからこわくなったって」


「そのやり取りの方法は聞いてきましたか?」


 シェイラの気持ちは、帰る道と反対に傾いていた。浮かぶ足は止まったまま、尋ねる。


「もちろん」


 イディオンは、にやっと笑う。


「行ってみる?」


 同じ気持ちらしい。シェイラも笑みを合わせる。


「行ってみましょう」


 シェイラとイディオンは、踵を返して、のぼってきた坂道をくだりはじめた。







 旧市街は、黄昏色に漆喰壁を染めていた。赤い屋根と馴染むように階調が美しい。


 けれど、路地裏はどこか薄気味悪かった。物乞いや、宿なしの者はいなかったけれど、練り歩く人はどこか陰を落として、夜闇と黄昏の隙間を目指しているように見えるのは、気のせいだろうか。

 長裙衣(ワンピース)裂け目(スリット)から、じっとりとした風が入り込んでくるようだった。なんとなく、リマス師に襲われた時のねばつきを思い出す。


「こっちだ」


 イディオンが隣にいてくれるのはありがたかった。

 雪白の長外套(ローブ)と、半量結われた銀髪が揺れるたびに、魔を払ってくれる気がする。浄化された風は、雪原のにおいを孕んで、シェイラに辿り着く。澄んだ香り。それから……


(針葉樹のにおい)


 蛍モミか翡翠スギか。それとも北部に連なるトウヒの木々だろうか。


(三年前は、こんなにおいはしませんでしたが)


 昔と異なって、〈導脈〉の制御がうまくいくようになったから、魔力香がもれているのかもしれなかった。ほっとするような、心地のよい香りだった。



「ここだ」



 ──フェーリのきらきら魔法雑貨店。


 どうにも胡散臭い釣り看板が掲げられている。

 きらきらとはなんだろう、とシェイラは見上げながら思った。視線を下ろして、隣のイディオンにたしかめる。


「{希薄}はかけられますか?」

「問題ない」


 イディオンは、すみやかに闇の魔術を展開する。詠唱はもちろんない。

 シェイラは慣れつつあるも、いささか呆気に取られながら、呪文を紡いで自分にも{希薄}をかけた。詠唱を破棄するシェイラでさえも、闇の魔術を行使する際は、基本的に呪文を用いる。破棄しても問題ないのは、馴染みきった{防護}くらいのものだろう。


(規格外の魔導です)


 〈表象魔導〉というものは。


 シェイラはそれが、ちょっと誇らしかった。


 そうっと、店のなかに入る。戸に木製の鳴風鈴(めいふうりん)がかかっていたが、音は鳴らなかった。店全体は夕闇に沈んでいるようで、静かだった。看板の言葉とは裏腹に、夕方の山襞に潜む闇を抱え込んでいる気がする。

 店主と思しき老婆は、揺り椅子に腰かけ、アベル織りの膝かけとともに揺れながら、目を閉じている。夕寝に誘われているようだった。


 {希薄}をかけているシェイラとイディオンには、気づかない。


 そのまま、奥へと進む。

 薫衣草(ラベンダー)の香りのなかに、沈香(じんこう)白檀(びゃくだん)を感じる。その香りの袂を探るように、進んでいく。

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