18話:魔力制御のための力加減
翌週の〈風ノ日〉。授業が終わったあとの集合場所が、中庭だった。
「それで、おれは、なにすればいいのだ?」
野太い声が直球に尋ねる。
体術のマヌル師は、いつもの道着姿だった。がっしりとした体つきで上背もあるマヌル師は、背の低いシェイラからすると、かなり圧迫感がある。
シェイラは幾分たじろぎながら答えた。
「はい、マヌル師には、ユートの訓練に付き合っていただきたくてお呼びしました」
「訓練?」
マヌル師がキルシュ師に視線をやって確認する。キルシュが肯けば、マヌルの視線が戻ってきた。
「ほうほーう。どんな訓練だ?」
「いつもの体術と同じです。基本となる格技の組み手にお付き合いいただきたいのです。それから前後でちょっとした運動を」
「ちょっとした運動?」
「はい、体幹や四肢をしっかりと動かすような運動です。あとで一覧をお渡ししますね」
手押し車や細蟹歩きなどが書かれている運動の一覧だ。
ひらりとルペドの植物紙をちらつかせると、マヌルが首を縦に振る。それから確認がある。
「組み手はほんとうにいつも通りでよいのか?」
「いつも通りでよいのですが、ゆっくりめに動いていただくこと、それから数字で反応を返してあげてください」
「数字で反応?」
マヌルが太い眉に怪訝を浮かべる。
「わかりやすいように、お見せしますね」
シェイラはこちらに走ってくるユートを認める。長外套を脱いで、襯衣と細袴の簡素な服装だった。
「楽しいことってなになにーっ?」
にこにこで走ってくるユートである。
シェイラはついつい笑みがこぼれつつ、ユートに返事をする。
「わたしと一緒に遊びましょう」
「どんな遊び?」
「組み手で、数字当て対決です!」
「数字当て対決?」
「はい。とにかくユートさん、まずは思いっきりわたしに拳をどうぞ。遠慮はいりません。さあどうぞ」
シェイラがそう言って構えれば、ユートが首をかしげながらもすぐに行動に出る。素早い力の入った拳が飛んできて、シェイラはそれを手の平で受け止めた。
「百です」
受け止めたものに対して、シェイラは言う。
「これが百の力です、ユートさん。次は五十でお願いします」
「五十?」
「今の力の半分だと思ってください」
ユートが眉をひそめながらも肯く。
そうして飛んできた次の拳はとても弱々しいものだった。五十の力にしては弱すぎる。
「う〜ん、おしい! 今のは十くらいです!」
それはおしいのか? と見守っていたキルシュとマヌルが表情で言っていたが、シェイラは子どもたちに対して「おしい」という言葉をよく使う。こちらの伝えたことに対して、まずは反応を示してくれたことを肯定的に返したかったし、「ちがう」と否定の言葉を返して気持ちを萎えさせたくなかった。
「十か〜」
「五十を無事当てられたら、ユートさんの勝ちです!」
「わかった!」
言って、拳が飛んでくる。今度はさっきより強い印象を受けて、八十、と伝える。三回目でちょうどよい力の拳が飛んでくると、シェイラは拍手した。
「すごい! 今のが五十です! ユートさんの勝ちですね!」
「よっしゃー!」
ぐっと拳を握るところが、素直だった。
シェイラはくるりと薄色の髪を翻して、マヌル師に向き直る。
「どうでしたか? 今のでわかりましたか?」
「理解! なるほどな! 力加減を数字と一緒に体で覚えさせるのだな!」
マヌル師が学びになったと言った様子で、膝を打つ。
シェイラはにこりと笑う。
「そうです。力加減が難しい子に教える時には、〝ちょっと〟とか〝もう少し〟などの曖昧な言葉よりも、数字で伝えてあげるほうが伝わりやすいんです。零や百をまずは伝えてから、次は五十、次は二十五、七十五などと刻んであげるとよいかと思います」
「ほうほう。なんならもっと刻めば、より加減の調整ができるようになるな」
「おっしゃる通りです!」
武闘派のマヌル師は、シェイラの意を汲み取ったようにまとめた。先週キルシュにもあらかじめ伝えておいたことで、伝わっているものもあったのかもしれない。
「——シェイラ師、この数字で力加減を伝えていくのは、魔法実践の授業でも有効ですよね?」
きっちりしたキルシュに確認される。
魔法を出力する時の力加減も数字で表すのは適切か。キルシュはそう尋ねているのであった。
もう少し体の力加減が身についてからでもよかったが、はやくやる分には問題ない。
シェイラは肯定する。
「はい。ぜひに。マヌル師との稽古に合わせていただけると、より体が覚えやすくなるかと思います」
「えっ、おれ、しごかれんの?」
聞いていたユートが三人の大人のあいだに、ひょっこり赤銅色の髪を出す。猫が顔を出したみたいだった。
「そうですよ〜。このあいだ、わたしが見せた超絶かっこいい技を使えるようにための、びしびし訓練です!」
「うえー。めんどくさいのやだ!」
「うっし、ユート、早速やるぞ!」
喚くユートが、マヌル師に引きずられるようにして、中庭の中央に連行される。
そうやって組み手がはじまると、ユートの表情はいいように変化していく兆しが見えるようであった。
「……これで、ほんとうにシェイラ師がおっしゃるような……〈導脈〉の感覚も感じられるようになっていくのでしょうか?」
キルシュが少しだけ不安を覚えたようにシェイラに問う。
先日話したのが、話題にしたい三つの感覚のうち最後の感覚——体の内部を感じ取る感覚についてだった。
シェイラはたたえた感情と一緒に黒い瞳を受け止める。
「いつまでに、というのは正直わかりません。やらないよりはましと言えます。けれど、段々と感じやすくなっていくと思います。自分の行動に対して言葉の反応がもらえることで、鈍いなかでも感じることはできるようになっていきますから」
「それが、〈導脈〉という内なる感覚を感じることにもつながっていく……?」
「はい、そうです。感覚をより細かく感じられるようになります。マヌル師に渡した運動なども通して、うまく統合されていけば、〈導脈〉をしっかりと感じて、制御もできるようになっていくはずです」




