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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第9章:ついてくる少女─前編─

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177話:スヴェリという男

「──あの子、シェイラに似ているね」


 黙っていたイディオンが外に出ると、そう言った。込み上げる笑いをこらえているような顔をしている。


「……似ていますか?」


 シェイラは怪訝に眉をひそめる。


「うん」

「どういうところが?」

「好きなことになると、多弁になるところとか」


「え」


「距離感をわきまえないところとか」

「……そ、そうですか?」

「すごい似ている」


 イディオンは、なにかを思い出したように顎に手をやる。


「……ちょっと、イディさん、言い方が失礼ですよ」

「いや、なんか面白くて」

「全然面白くないですよ」

「ぼくは面白い」

「ひとりで楽しまないでください」

「だってさ、」


 イディオンは笑いながら、シェイラを見る。


「そういうところに救われたんだ」


 見上げる縹色のなかには、やさしいものが浮かんでいた。


「……そうですか」


 シェイラは、視線を下げた。首筋に、また、むず痒さを感じる。



「──お、イディ! やっと発見!」



 向かい側から軽い声音が聞こえた。痒みを一気に吹き飛ばすような軽快さに、シェイラは驚いて顔を上げる。

 いつだか見た、頭から緑の顔料をかぶったような男がいた。長い髪を太い三つ編みにしている。呑気に手を振りながら歩いてくる。


「あいつ……っ」


 隣のイディオンが、似合わぬ悪態をついた。


「いやあ、さがしたさがした! シェイラお嬢さんといるだろうからって軸をずらしたら、ちょっとずれすぎちまってさ。ふらふらしちゃったわ。おかげできれいな女の子にいっぱい声をかけられるんのなんの」


「こっそり来いって言っただろ!」


 声を荒げたイディオンに、シェイラは目を丸くして見上げる。


「だから、こっそり来ようとしたらそうなったんだって」

「どう見たってちがうだろ。絶対にわざとだ」

「だって、俺、{転移}は得意だが、{遠見}はできねえよ。わざとじゃないって」

「この時間に来たらどうなるか、おまえなら想像つくだろ。おれがひとりでいる時間にしろって散々言ったぞ!」


 シェイラは、呆気にとられた。

 緑髪の男の名を思い出そうとしていたら、ふたりのやり取りがはじまった。親しみのある間柄なのはすぐにわかるが、イディオンの知らない一面を見ている。


「べつにいいじゃんか。こそこそするほうがおかしいだろ。ほら、お嬢さんだって、困った顔をしてるぞ」


 海藻のような髪の男がそう言うと、イディオンがはっとしたようにシェイラを見た。すかさず、いつもの空気に戻る。


「ごめん」

「あ、いえ、えーっと……」


 ふたりにしてあげたほうがいいだろうか。ここから分かれるのもひとつだ。間もなく七時の鐘がなる。フェノアとの待ち合わせの時間が近い。



「どうも、お嬢さん。ご無沙汰してます。俺のこと、覚えてますか?」



 そんなことを思っていると、気安い声がかかった。緑髪の男が、飄々と尋ねてくる。

 もうお嬢さんなどと言われる歳ではないので、顔を隠したくなった。


「あ、はい。覚えています。前に一度、ガルバーンでお会いした……」


 ──スヴェリ。思い出した。スヴェリヤスだ。


 イディオンの、城下にいる友人。夜遊び仲間。実は女王から命じられて、イディオンを見守っていた男。


「スヴェリヤスさん……?」


「おお! 名前覚えてくれてたんですね。俺、言いましたっけ?」

「いえ、イディさんから聞きました」


「そうですか! 気兼ねなくスヴェリって呼んでください! 長すぎるんで」

「では、スヴェリさんと。わたしのことも、シェイラと呼んでください。お嬢さんは……やめてください」


 その呼び方は、こそばゆい。シェイラは、もう二十二なのだ。

 男──スヴェリは、なんだか懐っこい大型犬のようだった。イディオンも、犬のような空気感があるが、どちらかというと小型犬。このスヴェリは大型犬の空気を感じる。


「うわあ、うれしいですね。シェイラ……さんと直接お会いできるのはうれしいです」

「直接?」

「そりゃあ、イディから、いろいろ聞きましたからね」

「はい?」


「……用件をさっさとすませて、さっさと帰れ」


 シェイラが首をかしげていると、イディオンがいつにない低音でスヴェリを威嚇した。

 小型犬からの鋭い眼光に、スヴェリのほうは大型犬の泰然さを存分に発揮した。


「おいおい、それはねえだろ。お前がこうやって出歩けるのは俺のおかげってことを忘れんな」


「黙ってろ。いらんことをべらべら喋るな!」


「いや、俺は感謝されこそすれ、厄介払いされるゆえんはないぞ?」


「そもそも、おまえがおれのことを騙していたことを棚上げにするな」


「んな、昔のこといつまでもグチグチ言うな。そんなみみっちいことを言ってると、シェイラさんに嫌われるぞ?」


 スヴェリがそう言うと、イディオンはびくっとした。

 見えない垂れ下がった耳が、しょんぼりとシェイラを見る。叱られた小型犬が飼い主の顔色を窺うようで、シェイラは思わず吹き出す。

 声をあげて笑うと、イディオンが顔をしかめて、スヴェリはげらげらと笑う。


 そのまま、フェノアとの食事に合流することになった。


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