177話:スヴェリという男
「──あの子、シェイラに似ているね」
黙っていたイディオンが外に出ると、そう言った。込み上げる笑いをこらえているような顔をしている。
「……似ていますか?」
シェイラは怪訝に眉をひそめる。
「うん」
「どういうところが?」
「好きなことになると、多弁になるところとか」
「え」
「距離感をわきまえないところとか」
「……そ、そうですか?」
「すごい似ている」
イディオンは、なにかを思い出したように顎に手をやる。
「……ちょっと、イディさん、言い方が失礼ですよ」
「いや、なんか面白くて」
「全然面白くないですよ」
「ぼくは面白い」
「ひとりで楽しまないでください」
「だってさ、」
イディオンは笑いながら、シェイラを見る。
「そういうところに救われたんだ」
見上げる縹色のなかには、やさしいものが浮かんでいた。
「……そうですか」
シェイラは、視線を下げた。首筋に、また、むず痒さを感じる。
「──お、イディ! やっと発見!」
向かい側から軽い声音が聞こえた。痒みを一気に吹き飛ばすような軽快さに、シェイラは驚いて顔を上げる。
いつだか見た、頭から緑の顔料をかぶったような男がいた。長い髪を太い三つ編みにしている。呑気に手を振りながら歩いてくる。
「あいつ……っ」
隣のイディオンが、似合わぬ悪態をついた。
「いやあ、さがしたさがした! シェイラお嬢さんといるだろうからって軸をずらしたら、ちょっとずれすぎちまってさ。ふらふらしちゃったわ。おかげできれいな女の子にいっぱい声をかけられるんのなんの」
「こっそり来いって言っただろ!」
声を荒げたイディオンに、シェイラは目を丸くして見上げる。
「だから、こっそり来ようとしたらそうなったんだって」
「どう見たってちがうだろ。絶対にわざとだ」
「だって、俺、{転移}は得意だが、{遠見}はできねえよ。わざとじゃないって」
「この時間に来たらどうなるか、おまえなら想像つくだろ。おれがひとりでいる時間にしろって散々言ったぞ!」
シェイラは、呆気にとられた。
緑髪の男の名を思い出そうとしていたら、ふたりのやり取りがはじまった。親しみのある間柄なのはすぐにわかるが、イディオンの知らない一面を見ている。
「べつにいいじゃんか。こそこそするほうがおかしいだろ。ほら、お嬢さんだって、困った顔をしてるぞ」
海藻のような髪の男がそう言うと、イディオンがはっとしたようにシェイラを見た。すかさず、いつもの空気に戻る。
「ごめん」
「あ、いえ、えーっと……」
ふたりにしてあげたほうがいいだろうか。ここから分かれるのもひとつだ。間もなく七時の鐘がなる。フェノアとの待ち合わせの時間が近い。
「どうも、お嬢さん。ご無沙汰してます。俺のこと、覚えてますか?」
そんなことを思っていると、気安い声がかかった。緑髪の男が、飄々と尋ねてくる。
もうお嬢さんなどと言われる歳ではないので、顔を隠したくなった。
「あ、はい。覚えています。前に一度、ガルバーンでお会いした……」
──スヴェリ。思い出した。スヴェリヤスだ。
イディオンの、城下にいる友人。夜遊び仲間。実は女王から命じられて、イディオンを見守っていた男。
「スヴェリヤスさん……?」
「おお! 名前覚えてくれてたんですね。俺、言いましたっけ?」
「いえ、イディさんから聞きました」
「そうですか! 気兼ねなくスヴェリって呼んでください! 長すぎるんで」
「では、スヴェリさんと。わたしのことも、シェイラと呼んでください。お嬢さんは……やめてください」
その呼び方は、こそばゆい。シェイラは、もう二十二なのだ。
男──スヴェリは、なんだか懐っこい大型犬のようだった。イディオンも、犬のような空気感があるが、どちらかというと小型犬。このスヴェリは大型犬の空気を感じる。
「うわあ、うれしいですね。シェイラ……さんと直接お会いできるのはうれしいです」
「直接?」
「そりゃあ、イディから、いろいろ聞きましたからね」
「はい?」
「……用件をさっさとすませて、さっさと帰れ」
シェイラが首をかしげていると、イディオンがいつにない低音でスヴェリを威嚇した。
小型犬からの鋭い眼光に、スヴェリのほうは大型犬の泰然さを存分に発揮した。
「おいおい、それはねえだろ。お前がこうやって出歩けるのは俺のおかげってことを忘れんな」
「黙ってろ。いらんことをべらべら喋るな!」
「いや、俺は感謝されこそすれ、厄介払いされるゆえんはないぞ?」
「そもそも、おまえがおれのことを騙していたことを棚上げにするな」
「んな、昔のこといつまでもグチグチ言うな。そんなみみっちいことを言ってると、シェイラさんに嫌われるぞ?」
スヴェリがそう言うと、イディオンはびくっとした。
見えない垂れ下がった耳が、しょんぼりとシェイラを見る。叱られた小型犬が飼い主の顔色を窺うようで、シェイラは思わず吹き出す。
声をあげて笑うと、イディオンが顔をしかめて、スヴェリはげらげらと笑う。
そのまま、フェノアとの食事に合流することになった。




