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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第9章:ついてくる少女─前編─

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175話:〈表象魔導〉

「はい?」


 突然どうしたのだろう。

 シェイラが横を見ると、イディオンはなんのてらいもなくつづける。


「わかるんだよ。見ると、だいたい」

「わかる、ですか?」


 ああ、とイディオンは肯定する。


「どうやってできているのか、構造が把握できる。こうやって作ったからこんな形になったんだろう。そう、わかるんだ」


 この王子さまは、なにを言っているのだろう。


 シェイラが眉をひそめていると、イディオンが、ほら思い出して、と話す。


「ぼくの魔法は、逆算の魔法だって話をしていたよね?」

「ええ……」

「そういうことなんだ、つまり」


(どういうことなんですか、つまり)


 なぞなぞでも出されている気分になりながら、シェイラはイディオンを見上げる。


「表象する魔法。表象に必要なものが逆算できる。逆算できるものは表象できるんだ、ぼくの魔法は」

「……なるほど」


 シェイラは、耳飾りをちりんと弾いて、理解に至った。


 もともとイディオンは、想像の力や、視覚的な表象の力が高い。一度見たものは忘れない。頭に鮮明に思い浮かぶ。そういうものだ。

 鮮明に浮かび上がり、表象できれば、頭のなかで逆算がはじまって細部への理解に至る。


 そういうことなのだろう、とわかった。


「では、あの時計も表象して再現できるということですか? どうやって作るかも」


「うん、まちがいなく」


 イディオンは断言する。

 自信のあるその様子に、シェイラはぽうっと宵燈(ランプ)が灯るように感じた。


「すごいですね」


 また笑みが浮かぶ。


「さすがです、イディさん」


 シェイラの教え子は、ほんとうに立派な魔導師だ。

 それはとても誇らしい。ついつい、にやにやとしてしまう。


 言われたイディオンは、秀眉を寄せてから当然のように返す。


「あなたが向き合ってくれたからだ」

「はい、そうですね」

「あなたはほんとうにすごい人だ」

「もっと褒めてくれてもいいですよ?」

「今生きている魔導師のなかで、一番すごい」

「それは過分かもですが、受け取っておきます」

「ほんとうに」


 イディオンは至極真面目だった。


「到底、もらったものを返しきれない」


 律儀だな、とシェイラは思う。真面目で律儀、そして努力家の王子さまだ。だから、この三年で、ほんとうに魔導師になってしまった。


(そんなことは、いいのに)


 もう十分、イディオンからは返してもらっている。当時だけで、十分もらっていたのだ。

 イディオンのやさしさに、シェイラはとても救われていた。返すなんて律儀なことしなくてもいいくらいに、傷ついたシェイラの心を、少年のイディオンは癒してくれた。

 あまつさえ、魔導師になった姿まで見せてくれて、それだけで十分だった。


(でも……)


 置いてきぼりにされてしまう、と思っていた自分の首がもたげる。奥底で感じていた冷たく吹く風を感じる。


(……まだ、こうやって話していたいです)


 イディオンが返しきれていないと言うのであれば、シェイラはこの立場に甘んじていたかった。



「──もう少し聞きたいんですが」



 シェイラは、腹の奥で感じたものに蓋をするように、話題を戻す。


「今のを聞く限り、イディさんの表象魔導は、思い浮かべられるものであれば、なんでも完璧に再現できるということですよね?」


 シェイラは、イディオンの魔法の最初しか知らない。助走を手伝ったようなものだ。

 一緒に過ごして戦闘もするのであれば、知っておかなければいけない。


「そうではないよ」


 イディオンは、すぐに否定した。


「完璧というのは、案外難しい」

「どういうことです?」


 意味はわかるが、イディオンの魔法で言うと、どういうことなのだろう。


「たとえばだが……」


 イディオンは言いながら、左手の平に短剣を作った。一瞬のことだった。


(はやい)


 式や呪文を組み立てる時間がないからだろう。その分が短縮されて、出力の速度が並ではない。〈導脈〉の動きも尋常ではない。ほんとうに、どんな鍛錬を積んできたのだろう。


「これは、()()()()()()()短剣として{表象}した」

「はい」


 言って、シェイラに短剣が渡される。なんの変哲もない短剣のように見えたが、握れば魔力を帯びているのがわかる。


「もうひとつ」


 そう言ってイディオンは、今度は人の顔の大きさくらいある植物紙を作り上げた。光沢のある真っ白な紙だ。


「これは、()()()()()()()()()()()()()紙として{表象}した」


 イディオンは言ってから、その紙を自分の胸元に盾のように構えた。

 シェイラは、見てすぐに、ひらめくものがあった。正しさを証明するために、短剣を構える。


「切りつけていいですか?」

「うん」


 一切のためらいなく、短剣を振り下ろした。受けるイディオンも、眉ひとつ動かなかった。

 短剣と紙がぶつかった、その瞬間、ふたつのものがぱあっと青銀の残光を散らして、消えていった。


「こういうことだよ」

「理解です」


 イディオンの見本に、シェイラは大きく肯いた。

 わかった内容をまとめる。


「イディさんの魔法は再現力が高い分、矛盾が発生すると魔法が無効化してしまう。そういうことですね?」

「合っているよ」

「細部まで逆算できていないと、だめってことですね?」

「そのとおりだ」


 イディオンは説明する。


「シェイラが言ったとおり、ぼくの魔法は綻びを一切許さない。逆算型だから、証明できなかったら散ってしまう。これは道理でしかない」

「はい」


 そもそも規格外の魔法だ。それくらいの障りがなければ、イディオンはただの無双魔導師になってしまう。



「──だから、ラムルと対策を考えたんだ」



 にやっとイディオンが笑った。


 シェイラは、小首をかしげる。ちりん、と瑠璃の耳飾りが揺れた。


「対策?」

()()()()()()()()

「あえて……?」


 イディオンは不敵な笑みを浮かべる。グシェアネス女王の血統を思わせる笑みだった。


「〈ゆえある裂け目〉と、ラムルは言っている」


 イディオンは言いながら、もう一度、短剣と紙を作り上げた。今度も短剣を渡される。


「もう一度、これを切ってみて」

「はい」


 シェイラは迷いなく、再度紙に短剣を向けた。瞬間、きんっ、と鋼鉄に当たったような感覚を腕に感じて、そのまま短剣が弾け飛ぶ。


「これは……」


 シェイラは路地の隅に転がった短剣を見つめる。


「最後にもう一度やってみて」


 イディオンは持っている紙をくしゃっとした。くしゃくしゃの紙を構える。

 シェイラは短剣を拾うと、なにが起こるのか予想がついた。今度は、いささかためらいながら紙に刃を向ける。

 しゃーっとなめらかな音を立てて、紙が切れていった。あまりにもの切れ味に、ぞっとする。


「なるほどですね」


 シェイラは短剣を戻す。受け取ったイディオンは、短剣も紙も、魔力の粉にして消した。


「わかった?」


 イディオンが、楽しそうに尋ねる。


「わかりました」


 シェイラもその楽しそうな様子に、笑みが浮かんだ。


「聞いてもいい?」


「〈ゆえある裂け目〉……つまり、意図的に綻びを作ることで、綻びも制御する。そうして、矛盾を発生させない。そういうことですね?」


「正解」


 イディオンがまた、唇に不敵を描いた。


「この短剣でしたら、〝なんでも切れる短剣。ただし、なにをしても切れない紙にはかなわない。折れたり曲がったりしている場合は除く〟そんなところでしょうか?」


「ご名答」


 イディオンは、情報を付加する。


「正確には、紙のほうにも〈ゆえある裂け目〉がある。〝なにをしても切れない紙。ただし、折れたり曲がったりするとただの紙に戻る〟そのほうが、単純で制御しやすい。あまり条件がありすぎると、それはそれで矛盾を孕むからね」


 なるほど、とシェイラは唸った。

 唸るしかない。天晴だ。なにひとつ、言うことはない。


「やっぱりすごいですね、イディさんは」

「褒めてくれる?」

「褒めますとも」

「もっと褒めてくれてもいいよ?」


 イディオンが、調子に乗った声を出す。さっきのシェイラと逆だった。また笑いが込み上げてくる。

 シェイラは{浮遊}して、イディオンと高さを合わせた。しっかりと褒める。


「はい、三年間がんばりましたね。すごいすごい!」


「……うん」


 イディオンが少しだけ照れたように目線を逸らした。昔のように俯いたりはしなかったけれど、喜んでくれているのがわかって、シェイラは着地したあとも、ぷかぷか{浮遊}しているようだった。またひとつ、成長を知れた気がする。


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