174話:モルリオールの工房街
ひと通り、学院内の様子や授業を見たのち、シェイラとイディオンは、フェノアから夕餉に誘われて、待ち合わせることになった。
フェノアは、授業が終わったあとも、残って歌劇の指導をしなければいけないということだったので、一旦別れてからもう一度集まる約束をする。玉櫛亭という旧市街にあるお店で、七時に待ち合わせをし、学院をあとにした。
少し、時間ができてしまった。
「どうする?」
イディオンから尋ねられて、シェイラは篠懸の並木道を歩きながら、唸った。
「調べたいことは山ほどありますが、少し中途半端なんですよね。時間的にも……」
「一旦、宿に戻る?」
体を休めるか、という提案だった。
たしかに、そういう手もある。
だが、シェイラは首を振った。
「よければ、イディさんだけ戻っていてください。わたしは、ちょっと寄りたいところがあるので」
「どこ?」
「その……旧市街にあるお店をいくつか。自鳴琴の工房街があるんです。そこで、ちょっと魔導具とか小物入れを見たいなと思いまして……」
少しだけ、シェイラの声は小さくなる。
シェイラの趣味だ。魔導具が売っていそうな店を見て回って、気に入りのものを発掘する。見て回るのも、隠れるようにしてある素晴らしい魔導具を見つけるのも、好きだった。
(そういえば……)
昔、イディオンと知り合ったばかりの魔法雑貨店で見つけた霧砂の砂時計があった。あれも気に入りで、ヴェッセンダリアにあるシェイラの研究室に飾ってある。このあいだ、片付けをしてしまったけれど、書見台の隅に隠すようにして飾ってあった。
(懐かしいです)
そんなことを、思い出す。
「ぼくも行くよ」
シェイラが歩みを進めていると、イディオンが後ろから言った。
びっくりして、振り返る。
「え、イディさんもお店に行くんですか?」
「ああ」
「でも、その……わたし、長いですよ? 同じ場所にけっこう長くいたりしますよ?」
「想像つく」
イディオンは、くくっと笑った。
「あなたは、じっくり見て検分したい人だ」
「……そうですけれども」
なんだか覗き見られたような気分になる。
「……あの、飽きたら、帰っていいですからね?」
「うん」
「わたしに付き合いすぎなくていいですからね?」
「うん」
「……途中で文句言わないでくださいよ?」
事前に、シェイラは予防線を張っておく。
イディオンは言葉を聞き終えてから、少し目を瞠って、それからやわらかく笑んだ。
「言わないよ」
やさしい柳弦の音が奏でられる。
「言うわけない」
はっきり言われると、シェイラは首筋に痒みを感じた。右手でふれると、かけてある青銀石に手があたる。いつものように握り込むと、痒みは落ち着いていった。
モルリオールの旧市街には、古くからの時計工房や自鳴琴工房が軒を寄せ合っている。自鳴琴はもとは、時計工房の職人が作り上げたのだという。
「魔導師テッペンスによって作られた魔術歯車は、海を渡ってここから南にある港街シャルタに辿り着き、エレ川を遡ってモルリオールにもたらされたのだそうです。昔から細工を得意としていたモルリオールは、魔術歯車による自動時計を発明し、さらに自鳴琴につながったのだとか」
「じゃあ、あの新市街の時計は、この街の歴史そのものを表しているのか」
シェイラの滔々とした語りを聞き終えたイディオンは、気がついたようにそう言う。
「はい。でも、あれは公館ができた時に街の宣伝で作った新しいもので、古くからのものは──」
シェイラは言いながら、旧市街の中央広場のほうに早足で進む。
「こちらの組み鐘時計なんですよ」
シェイラが言い終えると、見計らったように、組み鐘が四時の音を鳴らす。陽が西に傾きはじめているなかで、通りには帰宅する魔法学園の子たちや、勤めを終えた大人が行き来していた。
ここに住まうものたちは親しんだ音なのだろう。気にするものはいなかったが、シェイラは青銅の音に耳を澄ませる。
「あたたかな音だな」
隣でイディオンが感想を漏らす。
「時計塔の音はもっと高く響いていたが、ここの鐘は、ぬくもりのある音がする」
シェイラも同じような心地を得ていた。
ともに感じられていると思うと、微笑が浮かぶ。
「行きましょう」
シェイラは背中を向けると、目についた店から巡りはじめた。イディオンは、文句ひとつ言わず、シェイラの後ろを付いてくる。
いくつか回ったうちのひとつが、懐中時計店だった。ねじ巻き式のふつうのものもあれば、{保護}や金属面{洗浄}が付されたもの、{導線}が敷かれた{自動}時計があった。
棚自体に{保護}魔法のかかった陳列棚には、さらに希少な効果のかかった時計もあった。
「こちらは{透明}時計です」
店員からは、そう説明を受けた。
「どうやって、使うんです?」
硝子のなかを覗きながら、シェイラは尋ねる。
「残り時間式となっていまして、上部を一度押すと、押した人間を一時間{透明}にすることができます」
「へえ、面白いですね」
「時計盤が残り時間を示していて、十二のところに戻ってくると、{透明}が解ける仕組みです」
「すごいですね。どういう仕組みなんでしょう?」
「これがわからずでして……祖先が作ったものなのですが、どんな{導線}を引いて、歯車を組んだのかわからないのです」
「それなのに、売り物として出してしまっていいんですか?」
「このような値段なので、だれも買おうとしません。……それに、ご先祖がなぜこれを作ろうと思ったのかわからず……、使い道……ないですよね?」
あるとしたら、泥棒か、悪戯好きな学園の子どもだろう。
シェイラは、店員に肯く。
「そうですね」
「なので、まあ、こうやって話のネタとして置いているようなものです。仕組みが解明できたら、他のものにも使えそうなものですが、わからないので、ずっとこのままですね」
いつか売れたり、解明できたりすればいいのですが、と店員は笑った。
シェイラは一瞬買おうかどうか真剣に悩んだが、やめておいた。蓋の装飾がちょっと好みじゃなかった。楽しい思い出として記憶しておく。
なにも買わなくても、店員は快く店を送り出してくれた。
シェイラが次はどの店に入ろうか悩んでいるうちに、ずっと黙っていたイディオンがぽつりとつぶやく。
「あの時計、たぶん解明できると思う」




