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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第9章:ついてくる少女─前編─

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171話:筆頭教導師の学環方針

 モルリオール高等魔術学院は、学舎同士が横に連なり、回廊によってつながり合っていた。校門から、一番奥の学舎までは、歩いて十分近くかかるという。


「授業と授業のあいだで移動がある場合は、子どもたち大変そうよ。わたしも含め、大人は時間割がまとめられているからいいけど、学環によっては大忙し」


 回廊に、フェノアの声が反響する。窓部分は尖頭迫持(アーチ)を描いて、柱が一定間隔で並んでいた。欄干もなにもないから、急いで移動していると落下しそうだ。


「ほんとうに危ないところはちゃんと壁か手摺りがあるわよ」


 シェイラの視線を受けて、フェノアが補足する。


「そもそも、急がなくていいような構造にすればよかったのではないか?」


 訊いたのは、イディオンだった。

 シェイラが答える。


「モルリオールのこの学院は、歴史が古いんですよ。古いものは帝国時代のものもあると聞きます」

「大戦で破壊されなかったのか?」

「そうです。だから、だんだん増築されていって、歴史を刻む建築として、{保存}が大々的にされている学院のひとつなんです」


 モルリオールは古い、歴史のある街なのだ。


「建て直すこともできず、地形に沿って校舎を増築したら、横長構造になったということか」

「おそらくは」


 イディオンの確認に、シェイラは肯く。


「休み時間になると、子どもたちの{移動}は見ものだから楽しみにしてなさいな」


 フェノアは、そのあたりの歴史は興味なさそうだったが、楽しそうに美声を転がす。シェイラとイディオンは顔を合わせて首をかしげた。



「──噂の筆頭教導師の担当する学環は、ここよ」



 フェノアは、二年生の学舎で足を止めた。

 黄みがかって、くすんだ石造建築だった。随分と年季が入っている。野石(のいし)を積み上げた時に使った膠泥(モルタル)が、変色しているのかもしれない。入ってすぐの教室は、無骨な木製の扉が、黒鉄の留め具で固定されている。


「え、筆頭教導師が、学環を持っているんですか?」


 シェイラはびっくりする。


「教師が不足しているのよ」

「どうしてです?」


「いろいろ大変だからじゃない? 教えるだけじゃなくて、やることがいっぱいあるもの。でも、不足しているのは、特にこの二年くらいね」


「この二年……? なんかありましたっけ?」


「〈厄禍〉の訪れが予見されているからよ。厄災が来ても教導目録の抜けや遅れがないように、この二年は特別時程が組まれているから、現場の教師や教導師たちが大変でね。やめてしまう人も出てきているわけ。それに、最近は蟲も多く出るし」


 教師たちは大変よ、と言いながらフェノアは、扉を押す。

 突然、音が溢れ出すようだった。美しい唱声が、回廊に漏れ出る。


({遮音}の魔術)


 フィシェーユの魔法のひとつだ。教室全体に張り巡らされているのだろう。

 教室後方から入りこめば、段床形式になっていた。中央の壇上で、子どもたちが歌を披露している。



「──だめだ! そこは感情を込めるところだろう! やり直し!」



 小柄な男だった。逆勾配になっているから正確な背丈はわからないけれど、シェイラより頭半分高いくらいの小男だ。


「ウショー師よ」


 フェノアがささやく。


「もっと波のなかを流れるように! いいか、こうだ!」


 そうして聞こえてきた男──ウショー師の歌声は、体全体が共鳴胴となって、低く、豊かで、まるで大海原を航海しているような物語を孕んでいた。


「ウショー筆頭教導師。あのとおり、熱血漢なの。でも、すごくいい声してるでしょう?」


 シェイラは、こくんと肯く。

 この男に指導されるのであれば、だれもがあのように歌えるようになるのではないだろうかと説得力のある声をしていた。


「あれで、さらに踊りも上手いのよ」

「それはすごいですね」

「ただ、困りものでもあるのよねえ」


 ぽつりとフェノアがつぶやく。


「困りもの?」


「──全員壇上参加」


 シェイラが首をかしげると、フェノアが答える。


「ウショー師の学環方針よ」

「それは……」


 なかなか、難しいのではないだろうか。

 あれを見て、とフェノアは壇上の奥、隅のほうにいるひとりの少女をそれとなく指し示す。


「あの()……わかる? えくぼのある金糸雀(カナリア)みたいな髪の女の子」

「わかります」


 ふわふわと広がった濃い金髪の少女だった。萌黄色の瞳をしている。


「あの娘とか、心配よ」

「なんていう子ですか?」


「ヤルチェ。ヤルチェ・ラッカーラ。お父さんが、このモルリオールの自鳴琴(オルゴール)職人なのよ。お母さまは亡くなられているけれど、王立劇場で有名な舞手だったの」


「芸術魔術の血筋を感じられる方ですね」


「そう思うでしょう? ところが彼女ね──」


「──ヤルチェ! そこはちがうだろう!」


 ウショー師の震え上がるような低い声が響き渡った。

 シェイラたちのほうまで、しっかりと声音が伝わってくる。


「何回言えばわかるんだ!」


「……ごめんなさい」


「やる気がないのか! やる気がないなら、向こうに行って見学してろ! きちんと技を盗め!」


「すみません」


 平坦な声だった。ヤルチェという少女が、壇上から下りる。

 顔を伏せて、教室の隅へ行く。


「あー……」


 シェイラは、その一場面でフェノアの言いたいことを察した。


「……まあ、見てもらったとおりなのだけど、フィシェーユの魔法が使えないのよ、彼女」


「──使えない?」


 ずっと黙っていたイディオンが、口を挟んだ。

 どういうことだ、と目線でフェノアに問う。


「不器用なのかしらね。踊れないし、歌でも拍子を取るのが上手くない。そういう子って一定いるのだけれどね……今年は、ちょっと相性最悪かもしれないわ」


 ウショー師との相性が、とフェノアは暗黙に言った。

 玲瓏とした音が、シェイラの耳に遅く辿り着く。考えが回りはじめる。


(このフィシェーユで芸術魔術が使えない)


 ──不器用な少女。


 彼女の気持ちを考えると、シェイラは胸が詰まる。


(この学院では、おまじないが流行っています)


 ヤルチェという少女。おまじない。そして、二年前のアノンの事件。〈気高き魔女の騎士団〉の動向。

 ばらばらでありながらも、不思議とつながりあっているような気がするのは、なぜだろうか。


(ひとつずつ、調べていかねば)


 つながり合う線をさがしていかなければいけない。


 瑠璃の耳飾りを弾きながら、シェイラは思索にふける。

 その横顔を、イディオンは静かに見つめていた。

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