170話:学院長と祭典
「これはこれは! ヴェッセンダリアより遥々、ようこそお越しくださいました!」
その男は、いかにも気障な出で立ちで、両手はもみ手のしすぎで、表面のしわがなくなっているのではないかと思った。着ているものだけは趣味がいい。
ロウェイン、という名の老齢な男が、学院長を務めていた。
「……どうも、はじめまして。シェイラータと申します。どうぞ、シェイラと。このたびは、受け入れをありがとうございます」
「シェイラ師でございますね! そちらの方は?」
薄い金髪のロウェインは、シェイラから視線を移した。上から下までイディオンを吟味して、問いかける。
(あ、打ち合わせるのを忘れてました)
イディオンをどう紹介しよう。まさか王子さまです、とは言えない。
「──イディオンだ。適当に呼んでいただいてかまわない」
短い名乗りだった。
イディオンは言うと、あとはシェイラに全部任せたと言わんばかりに腕を組んで黙る。それ以上を聞かせない圧があった。
(おお……!)
王族が持っている無言圧だ。久しぶりに見た気がする。
(わたしに合わせてくださるということですね)
諸々察して、イディオンが振る舞ってくれたのだとわかって、シェイラは内心で感謝する。
一方のロウェイン学院長は、イディオンの態度を見ても、しわの入った気障な顔に笑みを貼り付けたままだった。保身に余念がなさそうなこの男はすぐに理解を示して、シェイラに媚びを売る態度を戻す。
「イディオン師は、シェイラ師の助手ということでございますか!」
導師と準師が連れ立って歩いていれば、一般的にはそういう理解になるらしい。
シェイラは、なるほど、と胸の裡で手を打つ。
(助手という説明が一番わかりやすくていいですね)
かつては、導師と教え子という関係であった。けれど、今はちがう。なんとなく、シェイラはそう説明したくなかった。
(イディさんは、もう立派な魔導師ですから)
教え子、と括ってしまいたくなかった。
「──はい、そうです。わたしと一緒に今回こちらの学院で、よき才を見つけられればと思っております」
「なるほどなるほど!」
ロウェインは、愛想のいい笑みを浮かべる。
「それで、我がモルリオール学院で、優秀な生徒を発掘したいと?」
「はい。はやいうちから、学院の子どもたちをヴェッセンダリアで見出すことができたら、うれしく思っています」
今回、シェイラの名目は、調査ではない。起きるか起きないかの事件について魔導師が探っているとなると、いらぬ誤解や詮索を生むことになる。どこにいるとも知れない〈気高き魔女の騎士団〉に警戒されて、雲隠れされてしまっても困る。
ヴェッセンダリアの導師が、魔導の才ある子を探しているという体裁で入るほうが、自然な形で入り込むことができる。導師や準師が、自分の魔法を継ぐ見習いとなる子どもや、助手とする子を見つけることはよくあることであったから、受け止める側の違和感を刺激しない。
自分の管轄する学院で、ヴェッセンダリアからの抜擢があったとあれば、学院長の地位にあるものは諸手を挙げて喜ぶ。
ロウェインもまた、だらしない笑みを浮かべていた。
「そうでございますか! では、ぜひとも、ゆるりと学院を見て回られてくださいませ。教師たちにも通達しておきますゆえ」
「ありがとうございます」
シェイラがほほ笑めば、ロウェインはわかりやすいほど、ほくほく顔だった。
「滞在は、どれほどを予定されているのでしょう?」
「きちんと才ある子がいるか確認をしたいので、可能な限りは。長くて盛夏ノ休暇まで滞在させていただけますと、うれしいです」
「なんと!」
ロウェイン学院長は、舞台に上がっているのではないかというくらい、大胆な喜びをあらわにした。
(そういえば、ここはフィシェーユでした……)
もしかしたら、ロウェインは舞台劇の俳優なのかもしれない。
「ちょうどよいですちょうどよいです! フィシェーユの月までご滞在されるのであれば、花の祭典が開かれますので、子どもたちの才を見届けていただくためには絶好でございます!」
「花の祭典?」
きょとんとするシェイラに、後ろで話を聞いていたフェノアが口を挟んだ。
「シェイラ、知らないの? 知っているから、この時期にやって来たのだと思っていたわ」
フェノアが呆れたように言う。
「はい?」
「──芸術の国フィシェーユの、年に一度のお祭りだよ」
黙っていたイディオンが解説する。
「魔導師フィシェーユの列席順七番目の月を祝って、フィシェーユ全土で開かれるんだ。花の祭典と言うが、フィシェーユの魔法をはじめとした芸術魔術の披露場だ。たしか、各都市で一番になった演目は、盛夏ノ休暇中に花の都で開かれる建国祭で、三王から観てもらえるんじゃなかったかな」
「まさしく!」
劇場よろしく興奮したロウェイン学院長が叫ぶ。
「我が学院も、モルリオールの競演で一位を狙っております。学環編成を新たにしてすぐ、各学環ではすでに演目を取り決め、日夜稽古に励む日々にございます!」
「わたしも毎日酷使されているわ」
げんなりした声のフェノアが合いの手を入れる。
「今年からは、こうして外部講師のフェノア導師もいらっしゃるうえに、これまで数々の優勝を導いてきた筆頭教導師が、我が学院に異動をしてきたのです!」
ああ、と咽び泣くように学院長は語る。
「こうしてシェイラ師も来てくださるのであれば、これぞ、まさにサージェストの導きに他なりません! 今年こそ、市民団体に勝ち、我が学院が優勝杯を手にする時がやって来たのです!」
学院長室には、よく声が響いた。{拡声}しなくてもこれだけ声が響くのは、さすがだと思えた。
「……なるほど、よくわかりました。とにかく、がんばっている子どもたちの姿を見るのにちょうどいい機会ということですね」
「そうですとも!」
「──早速、見に行ってみる?」
これ以上、学院長に話させておくと、一人芝居でもはじめそうな勢いだったからか、フェノアが錫鉢の音を響かせる。
シェイラは肯く。
「はい、まだ初日ですが、どんな様子か知りたいです」
「では、私が──」
「ちょうど、わたしも空き時間だったから、わたしが案内するわね」
ロウェイン学院長を制してフェノアが莞爾と笑う。
シェイラは心得たように笑みを浮かべた。
「では、よろしくお願いします、フェノア」




