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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第1章:落ち着きのない子

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17話:キルシュの笑み

「——申しわけないです、シェイラ師。しばらく私も悩んでしまいまして……ご提案いただいたことを試すのに時間がかかってしまいました」



 子どもたちが帰ったあと、教室に残っていたシェイラに、キルシュは開口一番にそう言った。



「あ、いえ、そんな! むしろ、その、ありがとうございます!」



 ちょこっと自信をなくしていた、というか反省しつつも悲しんでいたシェイラは、キルシュに言われて、とても恐縮してしまった。

 ぺこぺこと頭を下げまくる。


 キルシュが丸底の瓶に入ったお茶を茶器に移してから、シェイラに渡す。シェイラは受け取りながらまたもや恐縮してしまって、キルシュの気持ちに応じようと、すぐに茶を口にした。

 熱くなく、ちょうどよくあたたかい茶が、ぽかぽかと沁み渡る。



「悩ませてしまって申しわけなかったです」



 ぽかぽかとした腹からは、シェイラの気持ちが、するっと出てきた。

 悩ませるような伝え方をしたシェイラがよくなかった。一流の導師や、師であるガザンであれば、きっと悩ませるような言い方はしないであろう。



「いえ……シェイラ師のおっしゃることはとてもよく理解できました。理解しながら、どうしても私自身の葛藤があってしまって……それで、どうしてもその場になると実施できなかったのです」



 キルシュは言いながら窓のほうを眺めた。(なまり)の枠にはまった()り硝子の先を見ているような目だった。



「……そんな私の葛藤をかき消してくれたのは、他でもないユートだったのですよ」

「ユートさん?」



 シェイラはきょとんとする。


「はい。先々週のことです。ちょうどこの頃合いくらいに教室の片づけを行っていた私のところに……帰ったはずでしたが、やってきて、照れくさそうに話してくれたのです」


 キルシュは思い出して、ふふっと笑っていた。いい笑顔だった。


「先生、このあいだはありがとうって。あの時、『穢民(サジェノス)』って言ってきた友だちを叱ってくれてありがとうって言いにきてくれたのです」

「ああー」


 シェイラは得心する。

 〈蜈蚣(ごこう)〉の出たあの日のことだ。



「そう言われたら、迷いが嘘のように消えてしまいました。げんきんなものですね。ユートから言われたら、私の教育は正しかった……正しかったけれど、まだまだ工夫できることはあると思えました。この子に必要なことをしてあげたい。そのためなら多少、規律をゆるめるのもありだと思えてしまって……シェイラ師からご提案いただいたことをやってみようと思えました。他の子への関わりもなんとかなるだろうと、不安な気持ちが払拭されてしまいました」


「キルシュ先生……」



 シェイラは、うるっときてしまった。


 ユートはなんといい子なのだろう。なんと素直な子なのだろう。

 その素直さを受け取って、試してみようと思えたキルシュもなんて素敵な教師なのだろう。


 シェイラはあくまでやり方を伝えただけだ。実施するしないはキルシュの意志によるところがある。もちろん、実施してもらえるよう伝え方を工夫するのはシェイラの役割だ。

 そんななかでやってみようと思ってくれたことや、そのきっかけを作ってくれたユートに、言いようのない感慨を覚えた。

 涙腺が刺激される。



「ちょうど先週の風ノ日は、祝日でおやすみでしたでしょう? ユートがありがとうと言ってくれた次の日から実施して……今日で二週が終わる形になりますが、お手伝いは今日初めてやってみました。休憩は導入してすぐに、私もユートも効果を感じて続けていることです。ユートのいらだちも少なくなりましたし、ユートがいらだたなくなることで、私も叱ることが減り、結果的に学環(がっかん)も静かに保たれているように思います」


「それは良かったです……! よい循環がまわっているのですね。……他の子は、気にしていませんか?」



 キルシュが気にしていたことだ。他の子も同じように休憩したいと言いはじめたらどうするか、不安を感じていた部分だ。



「……すみません、そこは少し日和ってしまいました。私とユートのこっそりのお約束や、やり取りという体でやっています。(いぶか)しむ子もいますが、今のところ他の子から大きな意見は出てないので……なにも起きず不満がたまらないようであれば、このままこっそりやろうと思います」



 キルシュは苦笑しながら答えた。不安があるのに大々的にやるのは難しいだろう。

 シェイラはキルシュの思考や決定に納得し、それでよいと思えた。


 結果、ユートとキルシュが楽になり、キルシュが大事にしたいことが守れるのであれば、どんな手立てでもいいのだ。あくまでこのあいだのシェイラは、例を示したにすぎないのだから。



「わかりました。そうしていきましょう。もし、他の子が気にするようであれば、わたしもキルシュ師と一緒に考えさせてください」


「はい、ありがとうございます」



 ほっこりとする空気が流れる。

 青葉の薫るあたたかな陽差しが、(ほこり)っぽい教室さえも安寧(あんねい)の場所に変えていくようだった。



「——ただ、シェイラ師」



 茶を一口(すす)ってから、キルシュが口調をあらためて言った。

 シェイラも、のんびりとした空気を片付けて、キルシュに目を合わせる。



「休憩やおつかいは続けていこうと思いますが……とはいえ、ユートのその……鈍い感覚をどうにかこうにかできるものではない、と正直思っています。このまま続けて、彼の鈍い感覚というのはどうにかなるものなのですか……? それともどうにもならないものですか? このままでは魔法も……」



 制御が難しいままでしょうか、というキルシュの疑問は最もだった。


 そしてそれは、シェイラが前回、話すことをやめた三つ目に関連する事柄でもある。

 シェイラはそんなふうにユートのことを思いやるキルシュに、微笑んだ。



「ありがとうございます。それはまさに、わたしも話そうと思っていたことです」



 一拍置く。それから、にやりと唇に弧を描いた。



「——今日は、そのお話をしましょう」


 

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