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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第9章:ついてくる少女─前編─

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166話:新たな出立

 鐘の音が聞こえる。蟲を報せる鐘でなく、夜明けの鐘。花ツバメやメジロなど、小鳥たちの鳴く声が、やさしくシェイラの耳に語りかける。


 今日も朝が来たよ、と。


 ぱちっ、と目が覚めた。


 シェイラは寝起きがいい。昨晩のうちに借り受けていた(たらい)を小卓から取ると、共用空間の廊下に出た。すぐ近くに銅の蛇口がある。酸化した緑が斑だった。

 捻ると、{始点}が押されて{導線}が辿られる。喞筒(ポンプ)まで辿り着いた{導線}の光は、下から水を突き上げる。じゃーっ、と盥に水が張る。溜まったら、部屋に引き返した。

 顔を洗って、手ぬぐいで拭くと、さっぱりとして気持ちがよい。


「……くさいです」


 指先の銅くささだけ拭えなかった。


 致し方ないと思いながら、シェイラは格子窓を上げ、濃緑の鎧戸を両開く。昇ってきたばかりの朝陽が、部屋のなかに射し込むのと一緒に、すうっと涼やかな春風も舞い込んでくる。

 薄色の髪をゆらゆらと揺らす心地よさを感じながら、シェイラは窓から、上半身を出した。くるりと内側に体を向けると、まぐさを掴んだ。ぐっと指先に{強化}を込めて、下半身も出せば、ぶらんと体が宙に浮く。


 下を向けば、湾曲する川があった。


(落ちたら冷たそうですね)


 青緑のエレ川だ。水源は、星都の山脈から流れてくる雪解け水。この街まで下れば、そのつめたさはもう残っていないかもしれないが、春はまだ寒い。川も同じだろう。


 シェイラは落ちないように翅を描いた。髪と同じ、淡紫(うすむらさき)の翅は、魔導の光も孕んで、銀光を鱗粉のように散らす。


 この街は、瓦葺きの赤屋根だ。翅を解いて、棟に腰かける。白漆喰の壁と赤屋根で統一感の取れた街並み。公館のある時計塔と鐘楼、それから旧市街にある高等学院のみが緑青(ろくしょう)屋根で、差し色になっている。

 美しい景観だった。



 ──自鳴琴(オルゴール)の街モルリオール。



 そこが今、シェイラのいる場所だった。

 うっとりと、朝焼けに輝く赤屋根を眺める。



「──シェイラ?」


「へ?」



 急な呼び声に、シェイラはびっくりして、平衡感覚を崩した。安定していたはずの尻がすべって屋根瓦に落ちる。そのまま、滑り台となって、エレ川に……落ちるはずもなく、すぐに強い力でシェイラの腕がつかまった。あっという間にもとの場所に戻される。


「なにやっているの」

「す、すみません」


 イディさん、と言うと、シェイラの顔をイディオンが呆れたように見下ろしていた。髪が下ろされている。新鮮でもあり、馴染みのある髪型であった。

 不思議な気持ちで、しげしげと見つめる。



「……どうかしたのか?」


 怪訝に眉をひそめられて、シェイラはあわあわと手を振った。少しだけ距離をおく。


「すみません、どうもまだ、慣れないもので」

「なにが慣れないんだ?」

「なんというか、その……イディさんの存在に」


 イディオンがいるということに、シェイラがまったく慣れていなかった。

 それも、そのはずだった。



 ──イディオンが、シェイラの調査を手伝うことになった。



 すぐに同行、というわけにはいかなかった。


 星都大陸会議が閉幕したのち、シェイラもイディオンもそれぞれ帰国してから二週間、旅のための準備期間を設けることになった。


 シェイラはこの三年のあいだ、研究のためにガザンと各国を歩くことも多かったから、たいした準備は要らなかったが、イディオンはそうも言っていられない。

 なにせ一国の王子だ。やることなすこと多くあるであろう。そう思っての二週間だった。


 ところが、イディオンは、わずか数日のうちに準備を済ませて、塔ノ都にやって来た。それも身一つで。


 シェイラは、またもやぽかんとさせられる羽目になった。自分の研究室をのんびりと片づけている時に、イディオンの来訪を受けて、シェイラは書架から落下した。埃と魔導書まみれになった。危うく火炎の魔術が発動して、髪の毛がちりちりになるところだったし、凶暴な魔導書に足を食いちぎられるところだった。

 どちらも鎮めながら、シェイラは振り返る。


「はやくないですか?!」


「特に問題なかったから。母上もふたつ返事で許可してくれたし」


 美貌の女王の顔が思い浮かんだ。イディオンに世界を学んでほしいと言っていた。たしかに、あの女王なら哄笑しながら、すぐに了承しそうだ。


 邪魔するね、とイディオンはシェイラの研究室に入る。順繰りに見て、まず一言、つぶやく。


「ちょっと汚くない?」

「そう思うわよね!」


 ガザンがちょうど来ていたものだから、そのあとは、シェイラの自室兼研究室に対して、非難の嵐だった。


「わたしのは整然とした汚さです。フェノアとかと一緒にしないでください」

「とりあえず置いてあるだけだろう」

「分類がされてなくて、なにがどこに置いてあるのかわからないじゃない」


「わたしの頭のなかではわかっているから、いいんです!」

「足の踏み場もないじゃないか」

「ほら見なさい。イディオン王子だって──」


 そうふたりに言われて、シェイラは致し方なく、余裕のできた時間で、自室を片づけさせられる羽目になった。図書はヴェッセンダス分類法に沿って分けられ、魔導具も種別ごとにしまわれた。紙札だけ貼られるのは阻止した。

 雑然とした感じが居心地よかったのに、終われば塔ノ都の自室は、きれい好きなガザンの研究室のようになってしまった。


「帰ってきた時に、気持ちがいいわよ」


 逆に、ほっとできない気がする。

 ガザンの言葉に内心で溜息をつきながら、シェイラはイディオンと研究室をあとにした。


 目的地は、すでに決まっていた。



「──フィシェーユ(芸術の国)です」



 シェイラは、転移陣に向かいながら、イディオンに告げる。


「首都か?」

「いえ、ちがいます」


 転移陣への通廊では、長外套(ローブ)を着た人間とさまざまにすれちがう。ヴェッセンダリアを訪れる者は多い。


「じゃあ、どこ?」


「南部の街──モルリオールです。古くから自鳴琴(オルゴール)の手工業で有名で、昔ながらのフィシェーユの魔法が眠る街でもあります」


 楽しみです、とシェイラは言う。


 芸術魔術と呼ばれるフィシェーユの魔法は、美しくきらびやかで心躍るものが多い。日用品とは異なる華奢で繊細な魔導具がいっぱい生産されているのがフィシェーユという国だ。特に、モルリオールには、自鳴琴の鳴る緻密な細工箱が多く売られている。


「そこには、調査に関係するものがあるのか?」

「そうです」


 転移陣の列に並んだ。順番はすぐにやって来る。


「どんなもの?」

「学院で、おまじないが流行っていると聞いています」


「おまじない?」


 古い街であるモルリオールには、古代帝国時代や、貴族学院であった頃からの建物を受け継いだ高等魔術学院がある。その学院から聞こえ漏れる噂話であった。


「そうです。生徒たちのあいだで、妙なおまじないが流行っていると聞きました。それもこの一年で急速に流行りはじめたと」


「……まじないは、呪法や呪術に近いものだから、子どもたちが狙われる可能性がある?」


「はい」


 転移陣の順番は、次だ。


「その出どころを知るために、モルリオールに?」

「そうです」

「じゃあ、学院での調査ということか」

「はい。それだけでなく、街での調査も行いますが」

「わかった」


 イディオンがひとつ、肯く。



「──どちらへ向かわれますか?」



 転移陣の案内係は、シェイラとイディオンの肩留め徽章(フィブラ)を認めると、転移陣使用証を求めることはなかった。庶民であれば、信じられない値のする使用証を渡さなければ使えない。


「芸術の国フィシェーユ、南部のモルリオールへ」

「承知いたしました。座標を、モルリオール公館に定めます」


 ──よい学びを。


 そう言われると、シェイラとイディオンが踏んだ転移陣は、発動した。

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