表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第8章:長じた王子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

165/167

165話:約束の成就(2)

 ぽつりとつぶやかれる。


 シェイラは慌てて、鋸壁(きょへき)から下りた。着地して、イディオンの視界に入るようにする。


「ご、ごめんなさい。わたし、なにを忘れたんでしょうか。ほんとうに、わからずで……」


 前髪でイディオンの表情が見えなかった。昔みたいに、泣かせてしまっただろうか。泣くことがないようにおまじないをかけたのに、シェイラが泣かせてしまうなんて、そんなことあるだろうか。


「……魔導師になったら、って言った」


 シェイラが慌てふためいているうちに、イディオンがまたつぶやいた。

 不貞腐れているような言い方で、よく聞こえなかった。


「すみません、もう一回言ってください。よく聞こえなかったです」


 シェイラはもう一歩踏み込む。覗き込む。

 そうすると、イディオンの目と合った。上からだからだろうか。縹色に胸の底まで覗き込まれるようだった。


「魔導師になったら、いいって言っていたよね?」

「魔導師になったら……」


 たしかにイディオンは昨日、魔導師になった。シェイラが叙任した。


「最後にも確認した。必ず行くから、待っていてほしい、と」


(最後……)


 その言葉で、シェイラのなかに縹色が入り込んで、強く思い出されるやり取りがあった。守れないと思っていた。そう思っていたから、記憶の奥底に沈めていたやり取り。



『じゃあ、もし……、ぼくが、きちんと魔法を身につけて、あなたの隣に堂々と立てるようになったら、ずっと一緒にいてもいい?』


『魔導師になったら、いいですよ』


 シェイラがそう、条件を出したのだ。


『わたしと同じ、魔導師になったらいいですよ。ずっと、を許可して差し上げます』


『……それ、ほんとう?』

『ほんとうです』

『ほんとうに、ほんとう?』

『はい、嘘はつきません』



 思い出して、シェイラはぽかんとした。数日前の再会のように、イディオンを見上げる。


 その瞬間、イディオンが、やっと思い出してくれたか、と安心したように笑った。


「言ったよね?」


 シェイラは唖然としたまま、その確認を受ける。



「——魔導師になったら、ずっと隣にいてくれるって。隣にいていい、って」



 言った。たしかに、言った。約束した。


「嘘はつかないって、話していただろう?」


 奥底に響くような柳弦の音だった。

 シェイラは悟る。条件を付けて、手の平で転がしたつもりになっていたけれど、あの時、転がされていたのはシェイラのほうだったのだ。——数年後にわかる形で。


「なんで……」


 自分はあんな約束をしたのだろう。

 わかると、すうっと後ろ足を引きたくなった。


(そもそもあれは……)


 シェイラが導師という立場を越えて、イディオンと必要以上にわかり合ってしまわないための、誓いだった。そのあともう、互いに十分すぎるほど踏み入って、わかり合ってしまった。本来なら意味のない約束だったのに、それでも約束をしたのは、なぜだったのか。


 シェイラの自問は、イディオンには問われたように聞こえたらしい。

 訊いていないことを答えられる。



「——あなたにもらったものを返すために」



 イディオンは自分の両手を見た。そのまま、手甲を握りしめるように、両手ともに拳を作る。


「残り二年……それがシェイラの寿命なら、それまでにもらったものを返したい」


 その答えを聞いて、シェイラは頭のなかが明瞭になった。


 そういうことか、とどこかでほっとする。

 少し、笑みが浮かんだ。イディオンらしい。シェイラの手伝いを買って出てくれたのも、そういうことなのだ。


 恩を、感じてくれているのだ。


 魔法が使えるきっかけとなったシェイラに、恩を返したいのだろう。

 それはやさしくて思いやりのあるイディオンらしさで、大いに納得できることだった。引こうとしていた後ろ足が踏み留まる。


 致し方ない。


 そう、自分を納得させる。もう、約束もしてしまったのだから、反故にすることはできない。


「……わかりましたよ」


 シェイラは、溜息をついてイディオンを見上げる。むず痒いものがあった。高山の春風が頬に当たると、やけに冷たく感じた。


「仕方……ありませんね」


 シェイラは笑う。


「約束だから、許して差し上げます」


 ずっと、を。

 残り二年を。


「一緒にいてくださる……ということなんですね?」


「そうだよ」


 イディオンが肯く。

 眩しそうにシェイラを見る。見下ろされているのに、たしかに、自分を慕ってくれている顔だった。昔と、変わらなかった。


「そうしたら……」


 シェイラはぺこりと頭を下げる。



「——お願いします。わたしと一緒に、これからいてください。調査を手伝ってください。それから……」



 胸の奥に、舞う光景があった。あの日の、あたたかな気持ちがあふれる。



「ありがとう……ございます」


「——ああ」



 イディオンの返事は短かったけれど、そこに、少年の頃の約束を果たしに来た青年の、たしかな気持ちを感じられた。



 置いてきぼりにされてしまうと思っていた。



 みんなが変わってしまって、自分だけが取り残されてしまうのだ、と。自分はそうして、朽ちていくのだと思っていた。


 だが、変わることもありながらも、ひとりではないのだと気づく。



 ——シェイラの隣には、イディオンがいてくれる。



 それは、二年という残りの月日を、春光のぬくもりであたためてくれるような、やさしい約束の成就だった。





(第8章:長じた王子——了——)



【8章登場人物】

グシェアネス ※再掲

 ガルバディアの絶対女王。


エヴェリヤン ※再掲

 ガルバディア女王の王配。


ムディアン ※再掲

 ガルバディアの王太子。第二王子。


ティアラン ※再掲

 ガルバディアの王女。一番年下。


オモノン老師

 ヴェッセンダリアの十二老師の一人。〈魔導霧〉研究の魔導師。600歳越え。


大占卜師

 星ノ国アベルの首長。齢200を超える。星詠みの結果、詠にして各国に周知する。


典医長

 マイスリー医術国の医療魔術師でおり、医術国の首長である〈藍王〉。かつてイディオンを診断した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ