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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第8章:長じた王子

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161話:三年の成果

 イディオンは少し不機嫌そうにしていたが、考えているうちになにかべつのことに思い至ったらしい。急にはっとして、真剣な目でシェイラを見た。


「ひとつ聞きたい」


「はい、なんですか?」


 シェイラは楽しい気分のまま浮かびつづけていたので、ふわりとしながらイディオンを見る。



「──その成果と、あなたの寿命が二年になったのは関係しているのか?」



 シェイラは青金色の双眸を見開いた。


(なぜ……)


 なぜ、それをイディオンが知っている。


 二年になってしまったのは、シェイラとガザン、それからサルオンしか知らないことのはずだ。


(……まさか)


 ガザンだ。


 シェイラはすぐに理解に至る。

 イディオンになんて説明すればよいのか迷った。だが、真剣な縹色は、シェイラの真実を問うていた。


 致し方ない。


「……半分関係します。でも、もう半分は──」



 返事をしている時、ふっと、風に漂うあまい香りがシェイラの鼻腔をついた。



 肌が、粟立つ。経験で得た感覚が、シェイラの体を瞬時に動かした。

 突風が、吹きつける。同時に、霧のいやなあまいにおいがたちこめる。


(春霞の影響でしょうか)


 {防護}を描く。近隣の家々に張ると、もう一度はやい突風が、シェイラとイディオンのあいだを抜けるように過ぎ去っていく。


「イディさんっ!」


 このはやさ。風。まちがいなく、〈姑悪(もず)〉だ。

 シェイラは数年前の記憶が思い浮かんで、咄嗟に叫んだ。

 また怪我をしてしまう。〈蟲〉にやられてしまう。

 そういう恐怖からだった。



「──問題ない」



 シェイラが叫ぶよりも、はやかったかもしれない。

 抜けていった風に微動だにせず、イディオンは上空に抜けていった影を一瞥する。



「ぼくの射程だ」



 刹那のうちに起きたできごとを、シェイラはすべて視認できなかった。


 もう一度、影が──〈姑悪〉がシェイラたちのほうに下りてくる。そこまでは見た。

 だが、つづくイディオンの反応をうまく捉えられなかった。


 円環、だろうか。魔法円を外周に圧縮したような小さな円環。

 それが、イディオンの頭頂部近くに一瞬で現れて、閃光を放った。一筋の線のような、青銀の閃光。矢のようなはやさ。


 光が、〈姑悪〉を撃ち抜いていた。一瞬で雲散する。

 シェイラのなかで驚愕が広がって、イディオンの横顔を見やる。


「いつかのお返しだよ」


 ぼそっと、イディオンはつぶやく。


「まだいる」


 イディオンが上空へと飛び立った。特に{浮遊}なども描いていないのに、ひらりと長外套の裾をはためかせながら飛ぶ。


 そこで、遅ればせながら、蟲の襲来を告げる鐘が轟いた。

 騒ぎになる坂道街に{防護}を張ったまま、シェイラは翅を開いて、イディオンのあとを追う。


 山の頂きより上ではじまっていたのは、一方的な駆除のようであった。

 イディオンの周囲にいくつも浮かんだ円環が、そのたびごとに青銀の閃光を放って、〈姑悪〉の群れを片っ端から撃ち抜いていく。


 シェイラは呆気に取られて、なにもできなかった。する必要もなかった。


 まもなくして、群れが壊滅する。


「イディさん……」


「どう? ぼくは強くなっただろう?」


 言葉を失って、イディオンの名を呼べば、爽快な笑みが返ってきた。弟のムディアンにも、母女王にも似た笑みだった。


(強くなったもなにも……)


 シェイラはなにを言えばいいのかわからず、翅で浮いたままになる。

 一瞬のうちに聞きたいことが山程できてしまった。脱力のようなものを覚えつつ、シェイラはその成長に小躍りしたくなった。


 自分の見る目はまちがいではなかった、と。


 別れ際に言ったように、イディオンの姿が、シェイラの自尊心を満たしてくれるようだった。


 純粋な喜悦。


 だから、シェイラは、残り遠くに{拡張}した感覚で蟲の気配を捉えながら、今度はシェイラの力を見せつけてやろうと思った。


 この三年で成長したのはあなただけではない。


 イディオンに、不敵な笑みを向ける。呪文をつぶやく。連関した指輪にはじまり、シェイラの足元に陣が浮かび上がる。



 ──{召喚}。



 種の名を、呼ぶ。



「──{アバンダス(銀の狼)}」



 その獣が出てくる大きさの魔法陣が縦に描かれた瞬間、突き破るようにして大型の狼が出てきた。


 魔獣の一種。黎明のたてがみを持つ、天駆ける銀狼。

 オルリア召喚魔術と、モルベンドの使役魔術の組み合わせ技。新しくシェイラが括り付けた魔法。


 アバンダスは、シャドゥーラの森に住まう一二を争う、凶悪な獣。その魔性を叩き折り、使役した。シェイラに(くみ)する魔獣。


 遠くに視認できるようになった、もうひとつの〈姑悪〉の群れを、アバンダスは喰い荒らしにいった。花紺青の足跡が空に浮かぶ。

 遠目にもあっという間に、銀狼の牙に霧の喀血を見せる〈姑悪〉らが見える。


 シェイラが悠然とそれを見終えて、{召喚}が解除されると、隣にイディオンがやって来た。

 苦笑が浮かんでいる。


「あなたも、たいがいだ」


 それが、シェイラとイディオンの、初の共闘だった。

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