154話:イディオンの三年
「揃ったか」
女王グシェアネスの居室に着くと、応接間の寝椅子に横たわっていた母は上体を起こして、不敵に笑った。
イディオンで最後だったらしい。
すでに王太子である弟ムディアン、妹王女ティアラン、そして父たる王配エヴェリヤンが腰かけていた。
イディオンは、空いている一人がけの椅子に座る。
「──まもなく、星都で大陸会議が開かれる」
母はおもむろに口火を切った。
喚び出しを受けてから、その議題であろうと、イディオンは算段をつけていた。目顔で相槌を打つ。
「時宜だけにおそらく〈霧の厄禍〉のことに言及されるにちがいないが……余は各地の春霞を払いに行くから国を空けることはできない。ゆえに、今回、ムディアンに代理の権限を一任する」
「はい、母上」
ムディアンが軽快に返事をする。
十六になって、女王の跡継ぎとして芯の通ったものを感じるようになった。
以前であれば、ムディアンに対して、自分が得られたはずの鬱屈した妬みのようなものが、イディオンのなかで蜷局を巻くことがあった。ムディアンのほうも、後ろめたさのようなものを抱いているようだった。それが兄弟の関係を悪くしていた。
けれど、三年前に和解し、今は露ひとつも残っていない。
弟に任せておけば問題ない。
イディオンは、そう思っている。
「それで、同行を、イディオンに頼もうと思っているのだが、どうだろうか」
ふいに聞こえてきた提案に、イディオンは瞠目した。
母とムディアン、それから父を見る。
「……父上が同行されるのでは?」
政に長けている父が同行したほうがよいだろう。イディオンは暗に尋ねる。
「私は都をあずかる」
一言、言葉の少ない父が答えた。金の真っ直ぐな髪は、イディオンを含め子に継がれていなかったが、その輝きは国を照らすものがある。
「ティアは……?」
今度は視線をずらして、妹を見る。答えはわかりきっていたが、勝ち気な目はきらきらと輝いていた。
「あたくしは、今回お母さまに同行するのです」
ふふん、と鼻高に言ってみせるティアランには、ムディアン同様に母の強い力を継いだ自負が見て取れる。かわいい妹だった。
笑みを浮かべてから、母女王に視線を戻す。
「消去法で、私ですか」
「消去法なものか」
わかっていないな、と母は額に手を当てると首を振る。
「そんな捻くれたことを言っていると、シェイラータに怒られるぞ?」
それは、よろしくない。
イディオンは表情を変える。
「私を選んだと?」
「そうともさ。なあ、エヴェリヤン?」
「お前なら、立派に務めを果たせる」
母の笑顔に、短く父は言い切る。
「私も、兄上がいいです!」
弟が爽やかに歯を見せる。
妹からも明るい笑みを向けられて、イディオンは腹の底に広がるあたたかさを覚えた。
こんな時に、家族の安らぎというものを感じる。この安らぎをもたらしてくれた人のことも、思い出す。
「拝命いたします」
「うん、それでよい」
イディオンが謹んで頭を下げれば、母は豪快に肯いた。
それから、企み顔になる。
「いいことを教えてやろう」
にやっと女王は唇に弧を描く。
「今回の会議には、ヴェッセンダリアから、メイベも出席するらしい」
イディオンは顔をあげた。
「便りがあってね」
にやにや、と母は楽しそうな笑みをつづける。
「せっかくだからと、お前の魔導師叙任を、メイベが《《主催で》》やってくれるらしいぞ?」
「兄上、すごいではないですか! ヴェッセンダリアの老師から叙任されるなんてことめったにありませんよ」
「ムディ兄さまは、なにを言っているの? 兄上さまの魔法は、とんでもなく規格外の素晴らしいものなのだから、老師がやるなんて当たり前じゃない。めったにない、〈魔導〉で{登録}を受けたのですよ?」
当然です、とティアランは誇るように胸を張る。
「ありがとう」
イディオンはそんな弟と妹に声をかけた。素直にうれしい。
──魔導師として、ヴェッセンダリアから叙任されることが決まったのは、ユベーヌの月のことであった。
〈表象魔導〉──イディオンの魔法は、元素魔術から分岐する新しい魔導の系統として、ヴェッセンダスの智と書架の{登録}を受けた。同時に、イディオンの魔導師叙任が決まった。〈導師〉としてどこかの大学府への着任も許されるらしいが、今のところその予定はない。
(あの人に……)
一番はじめに報告をしたかった。なんと言ってくれるだろう。すぐに思いつく。
「すごいですね! イディさん、さすがです!」
すごいです、ともう一度繰り返してくれる気がする。わたしって褒め上手ですよね。そうやって謙遜する姿も思い浮かぶ。
(……シェイラ)
三年前の別れ際を思い出す。また五分咲きとも言えないサクラの木の下で別れたことを。
もう、イディオンと会うことはないと思っているであろう顔だった。
ぐっと、拳に力を込める。{伸縮}する手甲を感じる。
(問題ない)
──準備は、整った。
イディオンは顔をあげる。
「わかりました、母上。ムディアンとともに、アベルに参り、叙任を受けて参ります」
「ああ。これでお前も、魔導師の仲間入りだ」
先に魔導師となった母は笑う。
ムディアンとティアランもうれしそうに笑みを浮かべ、父エヴェリヤンのみが黙していて、表情がわからなかった。




