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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第8章:長じた王子

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152話:誰そ彼時

第二部連載開始に当たって、本日は三度目の更新となります。

 ──ヴィクトルは、またたきもせず、シェイラを見ていた。表情もなく、ただふたつの紅玉だけがシェイラを射抜く。


(……トール)


 シェイラはヴィクトルの疲労を認めた。下まぶたに窪んだ影を見つける。


(眠れていないのですか……)


 なにか、あったのであろうか。


 数年前、たまたまガルバーンで再会した頃より、容貌は大人の男としての風合いが増した気がする。

 こんな場であるのに、シェイラは自分の顔に朱が昇るのを感じる。

 けれど、その風合いは峻険なアールヴ大山脈のようであった。山の端をなぞったような線が増えている。


 シェイラは心配になって、視線をずらした。遠目だからこそ、ヴィクトルの全身が目に入る。ヴィクトルの左手首を見た。


 ひゅっと、呼吸が止まる。


 シェイラのあげた腕環(バングル)は、その手首になかった。あるのはべつの、赤と茶の組紐だった。

 それからやっと、もうひとつの視線に気づく。


 栗色の瞳。黒い長い髪。シェイラと同様にこの数年で伸ばしたのだろうか。


 聖女ヒバリ。


 彼女が、シェイラを見ていた。その目は驚くほどなにも映っていなかった。気づいた瞬間、睨み返される覚悟があったのに、栗色の目は、色のない硝子玉のようだった。


 間もなくして視線は外される。

 シェイラも外すと、何気なく視界に入ったヒバリの右手首に、ヴィクトルと同じ組紐を見かけた。


(もう随分と……前のことですものね)


 変化を見つけてしまうと、自分だけが置いていかれる感覚を、所在なく抱えているようだった。

 シェイラは、ぎゅっと胸元の石を握る。



(大丈夫です)



 ──わたしには、もう確固たる軸がある。


 今更、過去のできごとを嘆く必要などない。



 シェイラは顔を上げる。壇上の、オモノン老師の話に頭を切り替えた。


 老師からの話が終わり、大講堂を出ると、各国の代表は皆陰った表情で、黙り込むものが多かった。モルベンド獣国の氏族長などは意に介さず、足早に歩廊をあとにしたが、皆足取りが重く、それぞれの滞在先として用意された館へと帰っていく。


 シェイラとガザンは知っている話だったので、なんら大きな影響は受けていなかった。


「今日の夕餉はどうしましょうか」


 ガザンなどは明るくそんなことを話す始末で、どんよりとした歩廊にいささか場ちがいな話題だった。

 シェイラもまた、いつものように返す。


「わたしは、外で餅でも炙っていますので、師匠はどうぞお一人でどこか行ってきてください」


「ええー、シェイラ、ここはヤギ乳の乾酪(チーズ)で有名よ? 乾酪を葡萄酒と一緒にあたためて、そのなかに野菜を入れて食べるのがおいしいの」


「遠慮しておきます」


 そもそも、ガザンやシェイラはアベルの国より招かれているから、どこぞの店に入って食事するわけではなかったが、場ちがいな会話に、各国の大使や代表者たちは散っていく。


 ヴェッセンダリアの魔導師どもは変人。


 首を振りながら去っていくものがいるなかで、シェイラの横を、ヴィクトルたちオルリア聖王国の代表団たちが通りすぎていく。

 束の間、紅い眼光と視線が合った……気がした。けれど、すぐにそれは外されて、紅の外套を翩翻(へんぽん)とさせた聖剣使いは、聖女や枢機卿たちとともにその場を去っていった。


 振り払ったはずのものがもたげるように俯く。

 そんな折に、シェイラの耳に、存外に明るい爽やかな声が届いた。



「──シェイラータ導師!」



 ぱっと顔を上げれば、シェイラはその姿を認めた。振り返る。


 ガルバディア王国王太子ムディアン。


 シェイラより、頭ひとつ分くらい突き抜けただろうか。以前会った時よりも背丈が伸びて、少しだけ見上げるようになる。


「ムディアン殿下」


 シェイラは、喜色を浮かべた。

 ガルバディアを去ってから三年。その年月を感じさせる成長した姿に、シェイラは素直な喜びを感じる。当時はまだ十三であったはずだ。十六にもなれば、シェイラより背が高いのは肯ける。これから先、もう少し伸びるかもしれない。



「お久しうございます、導師」


「こちらこそ、お久しぶりでございます、殿下。まさかお会いできるとは思っていませんでした」


「私もですよ! ヴェッセンダリアからは、オモノン老師と、ガザン老師が参ずるとしか聞いておらず」



 ムディアンから差し出された手に、シェイラも両手を返して、握手をする。


 このムディアン王太子はとても人好きのする王子で、シェイラは三年前、イディオンと弟である彼の仲が良好になってからは話すことがよくあった。

 懐かしいという感情が漏れ出す。


「各国との会談もあるので、無理を言って、わたしも同行させていただいたのです。ぜひ殿下ともお話させていただきたいことがあります」


「そうでしたか! それはなんと喜ばしい。偶然にしてはできすぎているくらいですよ!

 ──ですよね? 兄上」



 ムディアンが相好を崩しながら、ちらっと後ろを見やる。


(兄上?)


 シェイラは首をかしげて、ムディアンが向いた後ろをひょっこりと覗く。


 そして、シェイラは縹色の双眸とかち合った。黄昏から、すっとムディアンの後ろからやってきた姿。視線が上向く。

 見覚えがあった。けれど、シェイラが知っているより、ずっと高い。頭ひとつ分どころか、ひとつ半はあるのではないか。それくらい、シェイラと背格好の差があった。


 まさか、と言葉を失う。



「──久しぶり、シェイラ」



 成長したイディオンが、低くなった柳弦(リュート)の音を鳴らしながら、昔と変わらないやさしい笑みを浮かべていた。


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