151話:星都大陸会議
「さすがに、あんまりですよ……」
シェイラは、見渡す限り延々と続く石段を見て、絶望を口にする。
星ノ国アベルの星都は、山稜の麓に城下街があった。
各国からの転移魔法陣のある城塔はそこにあって、シェイラとガザンはまずそこに着いた。それからが問題だった。
「じゃあ、あなたはがんばってこの山を登攀なさいね」
「はい?」
言ってメイベ・ガザンは、{転移}を指で描く。そのまま、城下から、大陸会議の会場である山頂の館に行こうとしている気が満々だった。光の粉に包まれる。
「{転移}は禁止よ。山を登って、体を慣らしなさい。この麓の街から、城の中枢までいきなり{転移}すると、高山病になるわ。わたくしは魔法を施すけど、あなたはゆっくりと体を慣らしなさいね」
「え、師匠、わたしには{修復}が働いているので、高山病にはなりませ──」
「先に行って待っているわね」
メイベ・ガザンはいい笑顔を浮かべると、{転移}の光に包まれた。
「えっ、これ、登るんですか……」
石段は果てしない。石段があるならまだいいのだろう。このアベルの山稜は、星詠みたちの修練場でもある。もっと険しい道もあるはずだ。
「……今日中に着けるでしょうか」
会議がはじまってしまうのではないだろうか。
シェイラは深々と溜息をつくと、足に{強化}{疾速}を描いてアベル山稜に足を踏み入れた。
城下街から、大占卜師のいる星ノ館へ辿り着くのには、半日かかった。魔法を使ったから時間としては短い。
平常であれば、数日を要して登攀する道のりだ。途中途中で、石積の宿泊場や店が立ち並ぶ村のような場所があった。そういった場所で寝泊まりしながら、星詠みの館を目指すのだという。
星詠みたちから占ってもらおうと、星都への道のりは常に人がごった返している。けれど、この一週間は大陸会議開催によって、星都に暮らす者や、リャマなどの駄獣、歩荷のみが行き来を許されていた。人は少ない。
山に挟まれた天然の要害となっているのが、星都アベルの全貌だ。地上から三竜身。森林限界を迎えた高地にあるアベル城──通称、星ノ館は、石で築造されていた。
春風が冷たい。
「──準師シェイラータさまでございますね」
シェイラが城門をぼうっと見上げていると、声がかかった。
灰色の長外套に額飾り。星詠みにちがいない。
「ガザン老師よりお聞きしております。ご案内いたします」
陽はすでに午後に傾いている。会議は中天よりはじまっているはずだ。
シェイラは肯くと、あとにつづいた。いくつか階段をのぼり、山肌にできた周歩廊を進む。
円形の迫持を進んだのち案内されたのは、歌劇場のような大講堂だった。入口から中央に向かって勾配が下がっている。上部には見たことのない大きさの渾天儀が、音を立てずにいくつもの環を回していた。
星詠みにつづいて、シェイラがそっと横の通用口から入り込めば、ちょうど中央円台に、大占卜師が登場するさなかであった。背筋の伸びた、厳かな姿が横目に入る。
こっそりと薄暗いなかを進む。
右寄り後方の個室席に座するガザンの背中を見つけた。
「あら、はやかったわね」
シェイラが隣に来ると、ガザンはにっこりと囁いた。
「ひどいですよ、師匠。言い逃げ卑怯です」
小声で抗議をする。ガザンの横には、腕を組んで瞑目しながら話を聞く、男の姿があった。六十ほどの男。細かく波打つ白髪が肩まである。髭も同じくらいたくわえられていた。ガザンとともに、ヴェッセンダリアから招待された老師のひとりだ。
「でも、おかげで星の道を通ることができたでしょう? いい経験じゃない」
「そうですが、行きでなく帰りでも──」
「──告げる、告げる」
シェイラの反駁をかき消すように、{拡声}するしゃがれ声が、石堂全体に響いた。大占卜師の声であった。朗々とした音だ。
「──月の輪、十八たび巡る刻」
月の輪、十八たび巡る刻
霧の厄禍
地を覆わん
災いに備えよ
聖剣を掲げ
福音を寿げ
されど忘るるな──
魔女の集いを
子らの声を
賤しめらるる者の声を
聞かずば光は滅び
抑止の力は失われん
血に沈む師と子
十二の力
竜を呼ぶ
朧の竜を
誰か留め
誰か切り拓かん
希うはただひとつ
真なる願い
竜堕つる刻
黎明の世を迎えん
ごんっ、という太い月ヤナギの杖が、円台を鳴らした。重い音となって、石堂に反響する。
「──吾よりは、以上にございます。仔細は、オモノン老師にお任せいたします」
数秒の間ののち、大占卜師はのんびりと言った。急に歳を取ってしまったかのように、背筋が丸くなる。お付きの星詠みたちがすかさず壇上から下りる姿を手伝った。
自然、つなぎを任された老師に視線が集まる。
メイベ・ガザンの隣──瞑目していたオモノン老師がまぶたを開いた。青紫の眼光が睥睨するように立ち上がる。
「失礼する」
短く断りを告げると、男は{転移}の光をまとって、シェイラたちの隣から中央円台へと姿を移した。青紫の冷光が散る。
シェイラがその光を見ていると、こちらに一度集まった視線が流れるように円台へと戻っていった。そのなかで、紅い双眸が留められていることに気がつく。
はっとして、シェイラはその瞳を見つめ返した。




