15話:めいもん一族のユート
ユートは、ガルバディア魔法王国のなかでも、ちょっと有名ですごい一族の出身だった。
エディウム家と聞けば、〝めいもん〟とか〝ゆいしょただしい〟とか言われる。元素魔術のはじまり、四属性を操る一族。
そう言う家に生まれたことが、ユートは一年生の頃からほこらしかった。
「おれの父上は、国王ちょくぞくのせいえい部隊を率いてるんだ!」
「母上は、エディウムじゃなくてもすごいんだ! 部隊で色んなやつを教えてるんだ!」
「姉上は、まだ学院在学だけど、すでにせいえい部隊のないていをもらってるんだ!」
そんなことを学環のやつらに言うと、「すげえ!」と言われたり、「ぼくだって!」と張り合われたりした。
だから、ユートは鼻が高かった。……二年生までは。
なんかおかしいかも、と思ったのは、三年生になってすぐの頃だった。
四番目の聖なるオルリアの月、ユートは三年生になった。待ちに待った三年生だった。
魔法学園の初等部一年生、二年生は、魔法をほとんどやらない。やってもちょっとお遊びでふれる程度だ。授業も体を動かしたり、遊戯みたいなのが多かったり、作ることが多かったりして、それはそれで楽しかったけれど、魔法はあまりやらなかった。
三年生からが本番。
ユートは楽しみでしようがなかった。
やらかしたのは、初回の授業からだった。風の魔法で古びた長椅子をいくつか吹き飛ばしてしまった。
すごっ! と盛り上がった声はあったけれど、キルシュ師からは厳しく注意された。怪我人が出なかったものの、家には連絡をしなければいけないと言われて、ひゅっとお腹の奥がつめたくなった。
屋敷に帰ると、{通信}を受けた父や母から怒られた。やさしい姉は、
「最初だからそういうこともあるわよ」
と言ってくれた。
だが、貴族の位までもらっているエディウム家に恥を塗ったかもしれない。そう思うと、ユートはものすごく気分が落ち込んだ。家のなかでのんびりしているうちに、その日はすぐに忘れことができたけれど、なんかおかしくなりはじめたのは、その日からだった。
三年生になって、座学が増えた。
かたくて、きしんで、ごつごつした椅子だった。尻が痛い。足がむずむずした。
いやだなあ、とユートは思った。この椅子に座って、ずっと話を聞いていると、覚えてない赤子の時を思い出すようだった。
キルシュ師のしずかな声も眠くなるようで、けれど、話の中身は面白かったから、聞こうとした。聞いているうちに、気づいたら椅子の上に膝立ちになったり、椅子をひっくり返したりして、怒られた。
(聞いてたのになあ)
そうやって主張したが、言うとまた怒られた。授業は座り方も大事らしい。
みんな、なんでこの椅子にふつうに座ってられるんだろ。
不思議で仕方がなかった。
ユートが一番たえがたかったのは、写本の時だった。
一年生や二年生の時も文字を書くのはなんかいやだなと感じていたけれど、時間が短かったから、なんとかやってこれた。
三年生からはちがう。平気で何十分も写本をやらされる。
これがユートは、信じられないほど苦痛だった。走るのが苦痛と言っているやつの気持ちがわかる。我慢できなくて唸り声をあげたくなった。実際に何度かあげたり、悪態をついたりしていると、またもや怒られた。
すごい疲れるんだと言っても、キルシュ師からは、
「それはみんな一緒です」
という言葉しか返ってこなかった。
ユートは、自分の気持ちを後ろに投げられたような気がして、いやな気分になった。
そういう経験は、はじめてだった。
それだけじゃなかった。屋敷に帰ると、両親からも怒られた。また怒られて、ユートは落ち込んだ。
父母を尊敬していたし、大きくなったら父母みたいになりたかった。そんな父母に、怒られた。文字を書いてると疲れるんだと言っても、言いわけするなとさらに叱られる。自分がなくなっちゃうのではないか、という気分になった。
泣き顔を見られたくなくて、部屋でぐすぐすと泣いていると、学院から帰ってきた姉だけがなぐさめてくれた。
でも、そんな姉でさえ、
「字書くとすげえ疲れる」
とぽろっと言うと、
「ただ、慣れてないだけよ!」
と明るく否定した。
もしかしたら、姉はユートのことを想って言ってくれたのかもしれない。
だけど、ユートは、泥につかるような気持ちになった。
自分の気持ちはだれにもわかってもらえない。
走って疲れるやつと同じくらい疲れるのに、なんでわかってもらえないんだろう。
思いはじめると、オルリアの月のあいだに、ユートはどんどんやさぐれていった。
今までは、すげえって言ってくれていた学環の友だちも、ユートが先生に怒られることや、魔法をうまく扱えないのを見るにつれて、どんどん離れていった。
気づけばユートは、屋敷から学園までひとりで登校するようになっていた。やさぐれた気持ちをどうすればいいのかわからず、いらいらして授業を抜け出す。一年生の時みたいに、虫をさがすことに夢中になった。
——そんな頃合いに、ユートは、ゴキブリ先生に出会った。
ゴキブリはすごい。皆いやがるし、悪い意味で使われることが多いけど、ユートはゴキブリはすげえやつだと思っている。なんというか生命力がすごい。集団性がすごい。あと、飛ぶ時がかっこいい。
ゴキブリ先生を最初に見た時、さあっ、と林のなかに降り立つさまが、まさにゴキブリのそれだった。あいつらは飛んでから止まる時が一番かっこいいのだ。
ついつい思ったことをそのままに、一方で恥ずかしさも相まって「ゴキブリばばあ」と伝えてから、しまった、と思った。
いつも思ったことをすぐに口に出してしまう。ユートはゴキブリをかっこいいと思っているが、一般的にはいやな言葉だ。
この先生にも怒られるかなと思っていると、なぜか「どうぞ」と許可を出された。
いいよ、と言われると、ユートは逆に一気に沸騰していた気持ちが静かになっていった。ちゃんと先生を見る。
この大人はなんだかちがう。
気取ってなくて、すごくかっこいい。
ユートは、一気にこのゴキブリ先生が好きになった。
〈風ノ日〉にやってくる先生は、ユートを決めつけなかった。いつもちゃんとユートに意見を聞いてくれるし、ユートの気持ちを大事にしてくれる。みんな信じてくれなかった写本の時の苦痛も、言ってないのにユートの気持ちを当ててくれた。
すごい先生だ。それもなんかすごい魔法も使っていた。この先生の言うことなら聞いてみてもいいかも、と久しぶりにそう思えた。小麦の束が、くくられた紐からぴろっと飛び出すようにしてやさぐれていた気持ちが、少しだけ引っ込んだ。
同じ時くらいからだろうか。
キルシュ師の厳しい視線も、少しだけやわらいだ。ユートは今まであんまり好きじゃなかったけれど、キルシュ師のことも少しだけ好きになった。
〈穢民〉と言ってきた友だちがいた。
ユートは言葉の意味をしっかりと理解しているわけではない。だが、よくない言葉で、人に使う場合は悪口だと知っている。その言葉は、使ってはいけないと、さんざん父母から教えられてきたからだ。
それを言われた。ずきっとお腹に刺さってくるようだった。
そんな時、キルシュ師がかばってくれた。お腹の痛みをなでてくれるみたいだった。
だから、ほんのちょびっとキルシュ師が好きになった。
厳しいし怖いけど、父上とか母上みたいに実はちゃんと優しい人なのかもしれない。
「人から〝おん〟を受けたら、かっこよくありがとうを言えるのがエディウムなんだ」
父上が言っていたことを思い出す。
照れくさいけど、先生にどこかで、ありがとうって言えるかっこいいところを見せたかった。




