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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第7章:できそこないの王子─後編─

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146話:イディオンの沈黙

 時は過ぎていった。


 シェイラの〈命脈〉のことがわかっても、ノザリアンナの月まで、というシェイラの仕事は変わらなかった。

 宵闇ノ日にはリヨン、火炎ノ日には、べつの学園、それから風ノ日にはユートのところに行き、休日が明ければ、イディオン、翌日にはセレリウスのもとを訪れるという日常は変わることなくつづいた。


 季節は本格的な冬に入り、分厚い長外套(ローブ)を羽織るものが増えた。手袋や襟巻きで寒さを凌ぎながら年を越え、季節は間もなくして忌月ノ休暇(いみづきのきゅうか)へと入ろうとしていた。


 シェイラは少しずつ少しずつ、自分がいなくなってもよいように準備をはじめて、教師たちとこれからのことを話し合うことや、必要に応じて子どもたちと言葉や交流を重ねた。


 寂しさを素直に表したのは、ユートだった。

 モーちゃんの魔法が切れる日を告げたとき、リヨンは泣いた。

 セレリウスは「あっそ」と、ただ一言それだけで、ターニャ師から「こういう時は、今までありがとうございましたって言うんだよ」と怒られた。


 関わった教師や教導師たちからは、出会った頃のよそよそしさや、警戒するような空気は嘘のようになくなり、それぞれらしく惜しんでくれた。


「あまりにもあっという間で、されど私にとって大きな一年でした」

 そう言ったのはキルシュ師。


「今度はふたりで、絶対に子どもたちを笑かしましょう」

 さっぱりしていたのは、オーズ師。


「あの……お手紙を書かせてください」

 涙を流したのはターニャ師だった。


 シェイラは、すべてがありがたく、この一年で得たあざやかさや彩りが、空っぽな自分の真っ白な画布に、顔料として軌跡を残すようだった。そうして、子どもたちと笑い合い、教師たちに別れを告げた。



 忌月ノ休暇に入ってすぐ、シェイラはイディオンと、寒さと静けさに沈む王都ガルバーンの城下に下りた。

 誘ったのは、シェイラからだった。


「触媒店に行きましょう」


 いつもの福音ノ日、魔法の練習を終え、一時間の瞑想をしたのち、そう誘った。


 シェイラの目には、イディオンの青銀の〈導脈〉を薄く捉えることができていた。

 呼吸や、体の細部に意識を留めたり、体全体を観察するような瞑想をつづけているうちに、イディオンは自身の内受容の感覚を次第に感じられるようになった。滝壺に流れ落ちていく魔力の流れがわかると、そこからは、はやかった。すべてを防げるわけではないが、イディオン自身で魔力の流れを少しずつ制御できるようになっていった。


 それはシェイラにとっても、イディオンにとっても、ひとつの目標だった。ほっと息をつく。

 少しずつだが、表象する練習も行っている。より魔力の流れを円滑にするためには、触媒というのは必要なものだった。


 ガルバーンの都は、数ヶ月前に大規模な蟲の襲来を受けたものの、サルオン老師の助力もあったことから、すでに修繕は終わり、いつもの冬を取り戻していた。


 蟲の増える寒靄(かんあい)で、家々や店の軒下には{霧除け}の香炉が吊り下がり、薫衣草(ラベンダー)や白檀の香が、宵燈(ランプ)の明かりのあいだを、かがるようにたゆたっていた。

 銀縁をこするような清澄な鉄鈴は、魔除けの音を寒さに震えるように鳴らしていた。


 秋までの賑やかな都はなりを潜め、必要な品を求める人々のみが、敷石を踏みしめていた。皆、目線を下に、いそいそと足早に先を急ぐ。

 だれも、シェイラとイディオンのことを気にしていなかった。


「ぼくのを買うのか?」


「そうですね。よいのがあれば。もし見つからなかったら、当てをつけて、ラムル師に作成を依頼しようかと思っています。今後は彼がイディさんの師になりますからね」


 シェイラは言う。


「ああ……」


 イディオンはひとつ肯くと、黙ってしまった。


 シェイラは、足を進める。冷たい空気がふたりのあいだを通っていた。


 ドロワンズの触媒店。そう書かれた、杖の意匠の吊り看板を見ると、シェイラはイディオンと扉をくぐった。


 からんからんっ、と戸にかかっていた鈴がなる。冬の店内には人がおらず、店の奥から店主であるドロワンズも出てこなかった。

 シェイラはざっと見て、多くを占める杖売り場ではなく、雑貨屋のようにさまざまなものが置かれた隅に行く。


 そこで、片っ端からイディオンに握ってもらったり身につけてもらったりした。


「合う合わないなんて、どうやってわかるんだ?」


「〈導脈〉の流れが変わるんですよ。それを見ています」


 言いながら、シェイラは無造作にかかっていた手袋をひとつ手に取る。〈蚕蛾(かいこ)〉と呼ばれる蟲の絹からできている貴重なものだった。それを身に着けてもらう。


「お、これはよさそうですね」


 イディオンの青銀の流れが、さらさらとはやく動くのを見た。


「これにするのか?」


 イディオンが、白鑞(ピューター)編みでできた小銭入れを出そうとするので、シェイラは止めた。


「いえ、もう少し見てみましょう」


 それからシェイラは、いくつか手袋や類似のものを試させると、満足したように唸って、結局なにも買わなかった。最後まで店主は出てこなかった。


「買わないのか?」

「はい。だいたいあては付いたので。ラムル師に意匠案だけ伝えたいと思います」


 シェイラがにっこり笑っても、イディオンは出した小銭入れを握りしめるだけでなにも言わなかった。



 それからも、時間は着実に過ぎていった。



 シェイラは、忌月ノ休暇中、盛夏ノ休暇の時とは異なって学園や学院が休みでも、イディオンのもとを毎日訪れなかった。あえて、福音ノ日のみを訪れつづけ、後半はラムル師を伴うようにした。


 あとの時間は、黒檀と査問院から依頼されていた調査をつづけていたが、暗礁に乗りあげてからは(よう)として進まず、シェイラたちは、調査を断念せざるを得なかった。後味と気味の悪さだけが残った。


 帰国を前に、女王グシェアネスから、イディオンの魔法を成功させたことや命を助けたことなど、諸々の功績による褒美を聞かれた。さんざん悩んだ挙げ句、金子を願った。そして、受け取った翌日には、匿名で全部孤児院に寄付してしまうと、グシェアネスからもイディオンからも溜息をつかれた。


 季節は確実に変化していく。

 ユベーヌの月(にがつ)の厳冬を超えれば、ノザリアンナの月(さんがつ)になった。


 イディオンの〈導脈〉の流れも安定し、魔法の練習も、目の前にある小ぶりな硝子玉をそっくり作り上げることに成功した。上々だった。


「こうやって修行をしていけば、確実にいろいろなことができるようになりますよ。楽しみですね」


 シェイラの喜びに対し、イディオンは薄く笑うだけだった。


 そういうことが多くなりながらも、日々は過ぎていく。別れの時が、近づいていた。


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