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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第7章:できそこないの王子─後編─

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141話:秘密の話(1)

 イディオンは、シェイラの体をできるだけ安らげたくて、貴賓の利用する客室に案内した。簡易な応接間と寝室からなる部屋だ。


「どきやがれ」


 間もなくして、黒眼鏡の上背のある男が入ってきた。

 近くにいる近衛や侍女をまるで物のように押し倒しながら闖入(ちんにゅう)してくる。


「シェイラータはどこだ」


「向こうに寝かせてもらっているわ。よろしく頼むわね」

「あのクソ女がっ。被検体として使えなくなったらどうしてくれるんだ」


 舌打ちをして、信じられない悪態を尽きながら、男——サルオン・ブルックという名の老師は、シェイラの横たわる寝室に入っていく。

 不吉な言葉に、イディオンの落ち着いていた不安が蜷局(とぐろ)を巻く。


「大丈夫よ。サルオンは少し口が悪いだけなの。ちゃんと治療してくれるから安心して」

「……はい」


 イディオンは座った椅子の大きさを持て余しながら、返事をする。


 まだ鼻腔がむずむずした。啜ると、さっき泣いた余韻の味がする。

 最近は、涙を流してばかりだった。この数年、涙を見せたことなど一度もなかったというのに、シェイラにずかずかと無遠慮に踏み込まれてからというもの、泣いてばかりだった。


 不甲斐ない。


(あとからばれたら、また子ども扱いされる……)


 こんな姿をしていても、イディオンの精神は十六だ。その扱いは、イディオンの矜持を逆なでする。それだけはずっと、シェイラにやめてほしかった。

 同時に子どもだと思われているからこそ、今のイディオンとシェイラの距離があるとわかっていた。


「——さて、あなたたちはどうする? わたくしの話を聞く? 聞かない?」


 ガザン師は、なんとなく一緒についてきたと思しきフェノア師とラムル師の姿を捉えた。


「……いいえ。わたしは聞かないわ。シェイラの過去に関することでしょう? 恋の話ならともかく、そういうのは興味がないの」


「まあ、そうなの。きっと面白いわよ?」


「わたしは興味ないわ。……それに、わたしたちは魔導師。互いの過去に、互いの領域に、互いが魔導師になった理由に、必要以上に踏み込まない。それがわたしたち魔導師。老師も、その気持ちはわかるでしょう?」


「どうかしらね」


「……だから、わたしは聞かないわ。この事態で恐慌を起こしている人たちに子守唄でも歌いに行くわ」


「そう?」


 ガザン師は面白そうに目を細める。


「フェノア師の隣が、私めの立ち位置でございますのでっ」


 ラムル師は慌ててそう言うと、部屋をあとにしたフェノア師の後ろを追うように、出ていった。


 室内に、イディオンとヴィクトルが取り残される。


「では、やっぱりあなたたちが、こっそり秘密を伝える相手ね。楽しいわ。あとでシェイラったら怒るでしょうね」


 ガザン師は、うふふ、と笑って見せる。


 そうしていると、扉を叩く音がした。失礼する、と感情のない低い声が入室した。



 ——オルリア聖王国の大貴族、ロゼイユ公であった。



(シェイラの父親……)


 表情の読めない男で、イディオンはつかめない。


「——ヴィクトル殿下、あなたの行いはオルリア聖王太子としての振る舞いではない。聖女さまを蔑ろにしている」


「……ヒバリは?」


「ともに戻りましたが、ひどい霧のにおいに体調を崩されました。離宮にお連れしております」


「……そうか」


 突然はじまった会話であったが、ヴィクトルの返事をきっかけに沈黙が落ちる。


 明るく声を出したのは、ガザン師であった。


「ベイドル、あなたも久しぶりね。どう? せっかくだから、あなたもわたくしの話を聞いていかない? シェイラの話よ」


「……遠慮つかまつる」


「まあ、そんなことを言って。あなたが一番、シェイラの事情に精通しているじゃない。ほんとうは娘のことが心配で心配で仕方ないのに、大貴族の仮面をかぶって、父親としての言葉をかけられないのよね。シェイラってば、おかげで捻くれちゃっているわ。どうしてくれるの?」


「…………」


「だんまりさんね。仕方のない坊やだわ。

 ……まあ、あなたが教会を破門されたシェイラと、その時に判明した事情を知って、わたくしにシェイラの身を預けたのは正解だった。あなたの地位と立場からシェイラを守ることはできないものね。きらわれ役のたいした決断だわ。その事実はシェイラには伏せているけれども……」


 ガザン師は、そう言って唇に弧を描く。そうして、ヴィクトルを見た。


「この坊やには知っておいてもらったほうがよかったのではなくて?」


 その言葉に、ヴィクトルの目が見開かれる。ロゼイユ公に、ほんとうか、と問うていた。


「……失礼する」


 公は、一切表情を変えなかった。そのまま辞してしまう。


 ガザン老師は大袈裟に溜息をつく。


「不器用はいやよね。仮面をかぶってその不器用さを隠そうとするものだから、困ったものだわ。あとから取り返しがつかないというのにね」

「…………」


 ヴィクトルが、左手の腕環(バングル)のうえで、ぐっと右手に拳を作っていた。這い上がるものを抑えつけているように見えた。


「仕方ないわ。やっぱり、あなたたちだけにお話をしましょう。人払いをしてちょうだい」


 ガザンに望まれるままに、イディオンは付いてきたゼイドやテニアたちに下がるように伝えた。茶と、ガザン、それからイディオンと、ヴィクトルのみが残される。


 ガザン師は、秋陽と同じ茶に、砂糖をひとつ、ぽとん、と落として話しはじめた。


「すでに知っている話もあると思うわ。場合によっては、知らないこともあるかもしれない。シェイラは父親に似て、不器用なところがあるからね」


 イディオンは、ちらっと斜向(はすむ)かいのヴィクトルを見る。

 王太子は真っ直ぐにガザン師を見ていた。


「でも、知っておいたほうがよいでしょう」


 ガザンがはじめ語ったのは、イディオンの知っていることだった。


 なぜ、シェイラがガザンに弟子入りをすることになったのか、そのきっかけとなる、三年半前にオルリアでできたできごとであった。


 シェイラが、リマス師に殺されそうになったという話題になると、ヴィクトルが驚いたように立ち上がった。



「私は……聞いていない!」



「では、シェイラが語らなかったのでしょう。結果的に、シェイラが〈魔導呪法〉を得るにあたって、準師リマスが事故で犠牲になったのは事実。語る必要がないと判断をしたのでしょう」


「なぜ……言わなかった。そこまでして、魔法を……なぜ……」


 ヴィクトルは絶句したように、隣で治療を受けるシェイラの部屋のほうを見た。

 狩猟の時の余裕ある王太子の姿とは、似ても似つかない姿だった。


「なぜって……、それも知らないの? それもシェイラは、あなたに言わなかったの?」


「……知らない」


 はあ、とガザンは大きな嘆息をもらす。姿勢のよいガザンはそれまで背もたれを使っていなかったが、脱力したように一人がけの椅子にもたれた。


「不器用な子。ほんとうに不器用な子。……あなたは知っていて? イディオン王子」


「……先日、シェイラ本人から聞きました」


 イディオンは不快さに、襯衣(シャツ)の上から胸元のお守り(タリスマン)を握っだ。ラリシャ銀。シェイラからもらった、傷ついたお守り。

 その言葉に、ヴィクトルが顔を歪める。


「なぜ、私だけ……」


「これ、わたくしが話していいのかしら。イディオン王子、わたくしが話しても大丈夫だと思う? 知っておいたほうがいいけど、これまで言ってないってことは、シェイラは絶対に本人には言わないと思うの」


「少なくとも、ぼくからは言いたくありません」


 無邪気にガザン師から尋ねられて、イディオンは唾を吐くように言った。そのまま、押し黙る。


「……教えてください」


 困ったような顔をするガザン師に、ヴィクトルが乞う。

 知らなくてはならない、と言っていた。


「わたくしから聞いたのは、黙っておいてね? これはあとでシェイラに怒られちゃうから」

「……はい」


 確認を取ると、ガザンはためらいも澱みもなく告げた。



「——あなたのためよ、聖剣使いの坊や」



 ガザン師は、その時、真顔だった。


 ヴィクトルには残酷に響くであろうことをつづける。


「あなたのために、シェイラは魔法を使えるようになりたかった。聖剣使いとなって危ない戦場に立つ……いえ、聖剣使いになるその前から、シェイラはあなたの隣に立って一緒に戦うために、ずっと魔法を使えるようになりたかった。もし死ぬのであれば、あなたの隣で一緒に死にたかった。そのために、シェイラは呪術にまで手を伸ばして、魔法を求めた。そして、実現した」



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