14話:王都ガルバーンの輝き
縹色の少年イディ登場回。
カラン、コロン、シャラン——……
銀鈴のような、硝子の縁をなでるような澄んだ音がいくつも冴え渡る。
ガルバーンの都には、人々のざわめきのあいだを囁くように、清澄な音がよく聞こえる。魔導具店や魔法雑貨が多いからだろうか。真鍮や隕鉄などの打楽器や、竪琴などの弦楽器の奏でる音も入り込んでいるかもしれない。
魔法王国は、音色だけでなく、色彩でも楽しませる。
夜空に七色を浮かべるオルトヴィア魔術の宵燈の灯り。
淡く光る斎王国の星砂のきらめき。
結晶魔術を宿す宝石や鉱石の虹や遊色の輝き。
曲線や唐草の趣向を凝らした吊り看板や、彩鉛玻璃の看板は、光を反射し透過させ、鮮やかに石畳を照らす。
その豊かな色合いのなかに渦紋を描くようにして、花台窓に咲く魔法植物のかぐわしく、奥ゆかしい香りが漂流する。
眠らない王都ガルバーンには、多様な感覚があふれかえっていた。
シェイラは、夜な夜なこの王都を練り歩く。
魔導書店、魔法薬の店や薬草そのものを売る店、文具や画材を扱う店、触媒店など、魔法に関するありとあらゆる店がそろっている。
目抜き通りには店があふれていたが、少し路地をいけば、専門的な職人工房も軒を連ねていた。
ヴェッセンダリアや、祖国オルリアにはないものが、ガルバーンにはところせましと並んでいる。どれだけ歩いても飽くことがなかった。
「お、これは珍しいですね」
シェイラは長外套をはためかせていた足を止めた。
露店をせり出す雑貨店だった。柱近くの棚のうえには、小瓶やなにかの留め具、装身具や翰筆など、分類関係なくぎゅうぎゅうに品々が並べられている。そのなかに、小さな砂時計があった。
手に取ると、雪白の光をちらつかせる砂が舞うようにしていた。
「〈霧砂〉ですね。なかなか珍しいです」
ひっくり返してみれば、よく知られる砂のようにさらさらと落ちるのではなく、重力にあらがいながら、ふわふわと降り落ちていく。砂というよりは粉のようだ。
〈霧砂〉は珍しい。霧が深い時に地面に降り積もるか、〈蟲〉を倒した時に出るものが〈霧砂〉だ。けれど、その形状から吹き飛びやすく、集めにくい。
このような硝子に留められるほどの量を確保するには、苦労したにちがいない。
砂時計の用途は不明だったが、その舞い落ちる様子は、シェイラの関心をくすぐる。なにか新しい魔法や魔術を使うための、媒体や触媒にできるかもしれない。
むう、と唸りながら眺めていると、ふいに強い視線を感じた。覚えのある視線の感覚だった。
振り向く。
そうしてそこに、以前会った縹色の少年を認めた。
「こんばんは」
にっこりとシェイラは笑う。
急に振り向かれると思わなかったのか、縹色がびくっとした。少年の眉間にしわが寄る。怪訝な目をされた。警戒するような色を帯びる。
「このあいだ、お会いましたね。わたしになにかご用ですか……?」
今日は揚げ麦粉焼を持っていない。手に取っているのは砂時計だ。
ならば、この少年はシェイラを訝しんでいるのだろう。
前回がはじめてのはずだけれど、どうやらこの少年に疎まれることが自分にはあるらしい。
少年は口を引き結んでいた。
シェイラはしずかに待ってみる。そうして、ややもしないうちに口火が切られた。
「——……おまえ」
少年特有の音質だった。歌唱魔術のような、詠嘆とする余韻があった。
「におう。霧と同じ……腐臭がする。……くさい」
シェイラは、青金石の目を見開く。
自分の、異端の魔導の気配を捉えられたと思った。ユベーヌの呪いを孕んだ〈魔導呪法〉のにおい、あるいは〈脈〉のにおいを勘づかれたような気がして、背骨に水が滴るような心地がした。
だがすぐに、驚きが凪いでいく。感情を俯瞰する術を修養しているシェイラにとって、小石が湖面に投げられた程度だった。
一笑する。
「そうですか。それは申しわけないです。帰りに香料でも買っておきます」
感覚の鋭い、あるいは敏感な少年なのだろう。
シェイラはどちらかというと、少年が放った「くさい」という言葉のほうが気になった。
子どもに言われて大人が傷つく言葉集に入るにちがいない。いや、子どもじゃなくても、真正面から言われたら傷つく。
シェイラとて、十八歳。世間でいうところの、うら若き年頃の娘。直球な言葉には傷つくものだ。
ばばあ、は言われてみたかったが、くさい、は言われたくない。噛みしめるほど、ぐさぐさと突き刺さるようであった。
とほほ、という気持ちになってくる。
一方で少年のほうは、シェイラの適当な返答に眉間のしわが深くなった。せっかく指摘してやったのに、と言わんばかりの表情だ。
「——言いたいことはわかりましたので、わたしはこれで失礼しますね」
砂時計の勘定をすませて店を出ると、少年は、まだいた。眉間のしわが寄ったままだ。
「あんまり夜更かししちゃだめですよ」
くさい、と言われたとしてもシェイラは子どもが好きだし、世話焼きだ。そんな一言をかけて、踵を返す。
牙を向くような強い視線が背中に刺さったが、シェイラは振り向かなかった。
きっとまた会うだろう。
今日もまた年齢にしては遅い時間に出歩いている。イディと言ったか。きっとなにか特殊な事情がある子だ。くさいと言われたとしても、シェイラがこの王国に滞在しているあいだは、会う可能性がある。
振り向かなくても、また会えるだろうと思えた。
向こうはシェイラのにおいが気になるようだったし、シェイラもまた、イディの気配が気になった。
——〈導脈〉の輝きが視えなかった。
そういう特殊な事情があれば、シェイラとは縁がある気がした。




