139話:〈蒼鷹〉
シェイラは飛翔しながら、考える。
あの〈蒼鷹〉とやり合う。
二年前、シェイラは死なないようにするしかなかった。何人も導師が命が落としたなかで、生き残ったのは幸いだった。群れていたことで準師でもかなわず、最終的に老師数名によって駆逐された。
そのなかには、メイベ・ガザンもいた。
あの時、シェイラは思ったのだ。十二老師という名は伊達ではなく、権威や権力だけではない。その魔導の力もすさまじい、と。
老師たちにかかれば、〈蒼鷹〉はまるで玩具のようであった。シェイラたちが瀕死だったものをあっさりとすべて骨付き肉のようにしてしまった。
恐ろしい人たちだ。あの域に、どんなに時間があったとしても、シェイラは達せる気がしない。
(今回はどこまでいけますかね)
一体、だ。なら、シェイラに勝算はある。
(まずは小手調べ)
シェイラは、周囲にいくつか魔法円を浮かべた。そこから錬成したものを放つ。
鋭く尖った白銀結晶。
旋回する〈蒼鷹〉に向けていくつも放出する。
結晶は当たった瞬間、そばから弾け飛んでいった。
(次……)
炎の矢。氷と石の礫。風の刃。
それらはすべて、弾き飛ばされていく。
(やはり)
あの強靭な羽が厄介だ。鋼鉄の硬さを持つ。〈雲虹〉の比ではない。
あれを貫くものでないと、倒せない。
(あるいは……)
熱を持ったもの。
シェイラは指先に、熱を凝集する。
火炎の力。それを一挙に集め、管状にして放つ。
頭を狙う。時宜を見る。そして、指先を向けた。
(当たった……!)
頭ではなかった。肩、と言っていいのだろうか。そこに炎の管が当たる。しゅうっと煙霧が上がる。
瞬間、ぎろっ、と〈蒼鷹〉に睨まれた。
旋回がやむ。頭上のシェイラに、視線が定まった。
(来る)
わずかもしなういちに、腰の翅をシェイラは解いた。{疾速}と、再度の翅を、足首の腱に描く。
即時に浮遊していた場所を蹴るようにした。{疾速}のはやさをまとった足が、宙を高速に移動する。
判断は正しかった。
怒った〈蒼鷹〉が、シェイラがいた場所をねらって、猛速に翼をはためかせていた。風の煽りを受ける。
追ってくる。
シェイラが疾速で飛ぶのに合わせて、〈蒼鷹〉が追ってくる。
シェイラは、〈蒼鷹〉を迎え撃つ。いくつも指から熱の管を放つ。
ばさっと振り払うような動きが見えた。
そうして、蒼い羽が跳んでくる。真っ向から。風をまとった羽がいくつも、シェイラの体を突き刺す。
「……ぐっ」
体中を小刀で真正面から刺されたみたいだった。それが何本も、シェイラの体に突き刺さっていた。
たえているうちに、シェイラの耳には、美しく澄んだ歌声と、その歌に合わせて朗々と語られる、大叙事詩が響いて聞こえてきた。
——フェノアと、ラムルだ。
{拡声}された歌声には、{増強}の力そのもの。詩には、{増強}をさらに増強する、修辞する勝利が謳われていた。
体中の〈脈〉が、光を帯びるのではないかというくらい活性化するのがわかった。
ふたりの魔導の力であった。
その力を、手の平全体に、熱を凝集させ、そして放つ。
光と炎が〈蒼鷹〉にぶつかる。鋼鉄の羽に当たる。
「っ……!」
声にならない声で叫んだ。熱が羽を溶かす。{脈}が震えていた。力を出す。出し切る。出して、限界まで焼き尽くす。臨界点まで。燃やす。もう少し。溶けていく。溶かす……!
やりきれる、感触があった。
刹那、シェイラは自分の身に起きたことがわからなかった。
おそらく、背後だ。上空から駆け抜けるようにして、鋭い滑空があった。その刃のようなものが、シェイラの背から足までを鋭く薙いでいった。
「な……っ、に……」
魔法を維持できず、シェイラは落下する。落下しながら、シェイラは上空を旋回する、二体を見た。交互にぐるぐると。
負傷を負わせた一体と、無傷がもう一体。
——〈蒼鷹〉が、二体。
(もう一体、いたのですか……)
壁に激突した時よりも、背中から噴き出した痛みよりも、衝撃が走る。
(今やっと、一体倒せるか、倒せないか……)
フェノアたちの助力を受けて、だ。歌声は止んでいる。
シェイラはこのまま落下する未来が視えた。
ゆっくり、ゆっくりと、時間がすぎる。ゆっくり、ゆっくりと落ちていく。
遠くにイディオンの叫ぶ声が聞こえた気がした。
いくつも重ねた約束が思い出される。一緒にいることを約束した。魔法を使う理由を一緒に考えようと約束した。都を守ることを誓った。そして、無事に戻ってくる、と。
(だめです。このままでは……)
約束を守れなくなってしまう。彼の好きな、王都の輝きも守れなくなってしまう。
そう思うと、残る〈脈〉の力を感じ取ることができた。
まだ、力は残っている。
なら、やれる。二体、やれる。
サルオンの忠告が浮かんだ。
『下手にその呪法を行使するな。一日の限界値を突破すると{修復}が追いつかん』
知らない。一度破った。あの魔女騎士たちとの交戦、鉱脈水の時。なら二度、破っても変わらない。
すうっと頭が定まった。足にさきほどと同じ翅を描く。
落下から戻る。旋回する二体の中央を突き抜けるように、{疾速}を加速させ、空に躍り出た。
〈脈〉を活性化させる。最大限。
みし、と軋む音がした。
かまわない。
シェイラは出し惜しみしない。ただ、臨界を越えて、銀の魔力を出し切る。ユベーヌの線上文字が、心ノ臓から這い出して、茨のように体中をめぐる。引っかき傷の文字が、シェイラの内部を針の痛みで引っ掻き回す。{修復}の追いつかない痛み。
かまわない。
描く。魔導を描く。
シェイラは、詠唱する。
「——其は、鋼鉄を貫くもの」
其は、逃さないもの。
峨々たる大地に眠り、
赫灼たる星の怒りで鍛えられし熱。
時に鋭く、
時に燦爛と掲げられし、
栄光と臨死を煌めかせる黒橡の尖端。
其は——
「——千の槍なり!」
呪文を結べば、四方八方に漆黒の槍。二体を、逃さない。
またたきの間に、数多の槍は、二体を刺し穿ち、貫いた。
槍の交叉音のみが響いて、逃げ場を失った二体の〈蒼鷹〉を、捕縛するように千本が貫通する。
断末の叫びを上げることなく、二体は、ぼろっぼろっ、と羽が抜けていく。抜けた羽が、そばから霧散していく。
まもなくして、二体は、霧にかき消えていった。千本の槍も、銀の粒子となって消えていく。
「……やり、ました」
視界が、ふらっとした。
体中から出血している。内部では、線上文字の針が暴れ回る。
痛みがひどすぎて、なにも感じられなかった。
ただ落ちないようにだけ、翅を維持し、ふらふらと今にも燃え尽きそうなまま、王城へと戻る。
そこに三つ目の声がした。
上空。
霧の渦の穴から、もう一体の〈蒼鷹〉が現れる。
こちらに下りてくる。
シェイラは愕然を通り越した声が出た。
「さすがに、無理ですよ……」
ほんとうに、なにが起こっているのだろう。
もうシェイラはぼろぼろだ。限界だ。意識をそもそも保てない。
ふらっ、と体が傾いだ。翅も維持できない。
傾いだまま、そのまま、落下する。
落下するはずだった。
「——よく、がんばったわね」
ふっとシェイラの体を受け止める、年老いたやわらかな声があった。
顔を上げる。失いそうになった意識の限界で、まぶたを開けた。
「お疲れさま。ゆっくり、休みなさい。あとはわたくしたちに任せなさい」
——老師メイベ・ガザン。
緋色の目が、あたたかくシェイラを受け止めていた。しわのある目元が、とても懐かしかった。
「し、しょ……う」
「——死に損ないめ」
奥に、男の背があった。黒眼鏡。草のような頭。医療魔導師の長外套がはためく。
——老師サルオン・ブルック。
(ふたりが来たのであれば……)
安心だ。
シェイラは、そこで意識が途切れた。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。
現在、TALES連載最新話と、完結までの執筆に追われており、なろうのほうは都度手動更新となっています(1日2話更新できない日があるかもしれません)。
あと10話ほどで第1部完結となりますが、どうぞよろしくお願いいたします。第1部完結後は、一度連載休止期間を設けたいと思っています。
引き続き、「魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち(まほまど)」をよろしくお願いします。




