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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第7章:できそこないの王子─後編─

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138話:王子の使命

 {拡張}した感覚と反射で動く体がなければ、きっとシェイラは攻撃を直に受けていた。シェイラの横をなにかが通り抜けていった。


 煽りを受けて吹き飛ばされるほどのもの。

 シェイラの小さな身体を、紙切れのように城壁に突き飛ばす、《《なにか》》。


「……うっ、ぁ」


 背中が痛い。咄嗟の反射と受け身。長外套(ローブ)。それで助かった。

 シェイラが当たって壁面が崩れた城壁が物語る。


(今、なにが……)


 顔を上げる。シェイラの横を突き抜けていったなにか。



「あれは……」



 ——〈蒼鷹(あおたか)〉だ。



 現世に見られる蟲の最凶の一。蒼羽の鮮やかな鷹。

 それが一体、飛翔、旋空している。{防護}障壁に守られた城下の獲物を狙うように。


「なぜあんなものが……」


 ぶつかった衝撃で、シェイラの頭が動かない。次々と湧いてくる蟲たち。呪了師(じゅりょうし)。{霧喚び}の陣。そういうものをつなぎ合わせて考えなければいけないのに、痛みでうまく思考が働かなかった。



「——シェイラ!」



 イディオンだった。

 頂上城壁にぶつかり落ちたシェイラのもとに、蒼白な少年がやってくる。


「イディさん……」


 大丈夫だと言ったのに、みっともない姿だった。


「シェイラっ、無事か?」

「無事です。すみません。〈雲虹〉は片づけました」

「急ぎ薬水瓶(ポーション)を……」


「シェイラ!」


 今度はフェノアだった。シェイラに駆け寄ってくる。後ろにラムルも付いてくる。


「あなたが突き飛ばされるのを見たわ。戦闘に長けたシェイラを突き飛ばすなんて、信じらんない。〈蒼鷹〉よ。——見たことあって?」


「ございません。基本的に戦闘には参加しませので」


 フェノアが後ろに尋ねれば、魔導師歴九十年のラムルが首を振る。


「ふつうはありませんよ……」


 シェイラは痛みを感じながら、立ち上がる。


「わたしも見るのは、二年ぶりです」

「シェイラ、無理したらだめだ」


 よろっとするシェイラにイディオンが駆け寄る。


「あなた、見たことがあるの?」

「ヴェッセンダリアに出たんですよ。二年前に。少し戦ったことがあります。当時は歯が立ちませんでした。群れだったのもありますが……」


 シェイラは言いながら、未だ旋回する〈蒼鷹〉を見る。


「あれはまずいです。滑空する前になんとかしなければ……」


 滑空すれば、今張られている{防護}障壁は確実に破壊される。そうすると、〈蒼鷹〉だけでなく、まだ駆逐しきれてない他の蟲たちまで都を襲う。止めなければいけない。


「黒檀は……?」

「首都魔法学園のほうに向かった蟲を追ったわ」


 ユートやキルシュのいるところだ。


(それは対処してもらわねば)


 黒檀の使役する魔鳥がいれば、あるいは、と思ったが、致し方ない。


「では、わたしがやるしかないですね」


 他の魔導師たちや討伐隊の面々は、べつの蟲を駆逐している。

 シェイラがやらねばならないだろう。



「だめだ、シェイラ!」



 イディオンのいつにない切迫した声が響いた。

 シェイラがさきほど壁にぶつかったせいだろう。恐怖がありありと表情に出ている。


「大丈夫ですよ、イディさん」

「信じていないのではない! あれは危険だ! だれもが知っている!」


 シェイラが安心させるように笑んだが、悲鳴を上げるようだった。篠突(しのづ)く雨に柳弦(リュート)の音が甲高く鳴る。


「一度、戦ったことがあるので大丈夫です。二年前はだめでしたが、二年前より戦闘経験を積んでいますし、魔導の力も強いです。なんとかなりますよ」


「だが!」


「だれかが、やらねばなりません。あのままにはできません。そして、今王都に残っているもので、まともにあれとやり合えるのはわたししかいないです」


「それでも……」


「イディさんは、むしろ、女王陛下に救援を。おそらくあちらは戦力過多です。わたしが倒せたらいいですが、倒せない場合、足止めにしかなりません。倒せる方を連れて来ていただきませんと」


「もう出したよ……」


 イディオンの音はどんどん弱々しくなっていく。


「そうですか。立派ですばやいご判断です。さすがです。すごいです」

「シェイラ……」


 なおも抵抗するイディオンに、シェイラは、膝をついて目線を合わせる。雨溜に膝が濡れていく。



「——イディさん、この美しい都を守るのでしょう?」



 蛍モミの枝で聞いたイディオンの願い。魔法を得たかった理由。


「今それをできるのが、わたしです。そして、あなたは王子です。今は非常事態。王子であれば、魔導師のわたしに命じられる」


 シェイラは問う。ほんとうか。その願いは、真に求めるものか。

 なら、どうするべきか。



「どうかお命じに」



 雨が刺す。無数の細かな針となって。きっと、やさしい少年の心を痛めている。


 時間がなかった。そろそろ、旋回が終わる。

 シェイラが雨粒を呑むようにしていると、イディオンの顔が上がった。



「——魔導師シェイラータ」



 イディオンの縹色の瞳は、揺らめいていた。


「はい」


「そなたに、女王代理として第一王子イディオン・ガルバディアの名において、〈蒼鷹〉の撃退を命ずる。

 ——シェイラ……王都を、この美しい街を、守って」



 いらえのまにまに、互いの瞳の青が交わるようであった。

 行き合って、雨音に沈んでいく。



「——……承知いたしました、イディオン殿下」



 シェイラは、最高礼で受けた。

 そのまま、フェノアとラムルに視線を向ける。


「すみませんが、わたしの魔導の支援をお願いいたします」


 ふたりが肯くのを確認すると、背を向ける。翅を広げる。宙に浮かぶ。



「シェイラ、無事に戻ってくることを約束して!」



 イディオンが叫ぶ。シェイラはくるっと後ろを振り向くと肯く。



「はい、約束します」



 シェイラは、いつもと同じ笑みを浮かべると、〈蒼鷹〉のいるほうに翅を羽ばたいた。



〜*〜



「——特に大きなことは起きなかったね」



 ヒバリの言葉に、ヴィクトルは肯いた。聖剣を使ったあとの残光が消えていく。


「そうだな。いつもどおりどころか、今回は女王陛下がいたから、楽だったくらいだ」


 ヴィクトルは、穿(うが)たれ、焼き払われた、セゾン丘陵の大地を見た。

 信じられない力である。ほとんど一瞬にして、〈蜈蚣(ごこう)〉や〈姑悪(もず)〉の群れを屠ってしまった。一切の隙もなく、一匹の取り残しもなかった。


「——なんだ? (わたし)を褒めているのか?」


 にやり、と銀髪の女王が美貌に老獪な笑みを浮かべた。酷薄すぎる笑みに、ヴィクトルは背筋に冷たいものを感じる。


「女王がいらっしゃれば、〈霧の厄禍〉も恐るるに及びません」


「よいよい。褒められるのは悪い気持ちにはならないからな」


 グシェアネスはそう言うと、得意そうに胸を反らす。そうすると、見た目通りの年齢に見えるものだから、痛快な人であると思えた。

 絶対女王はその名に信頼が乗せられるからこそ、呼ばれる。民から慕われる証左にちがいなかった。


「じゃあ、あたし、{浄化}に行ってくるね。きちんと霧払いしないと」


 ヴィクトルがグシェアネスと話していると、ヒバリが明るくからっと言った。

 ガズール枢機卿に連れられて、丘を下っていく。


 ヒバリの背中を見送るとともに、駆け上がってくる者がいた。ガルバディアの伝令兵だ。顔面に焦燥と蒼白を同時に浮かべている。



「——女王陛下、申し上げます!」


「よい、話せ」



 跪いた伝令に、グシェアネスが許可を出す。


「イディオン殿下より、〝王都に蟲の襲来あり。霧たち込めて暗中となり、救援求む〟とのこと」


「なにっ?」


 伝令の言葉に、女王が血相を変えた。隣で聞いていたヴィクトルもまた顔色を変える。


「どんな状況だ?」

「とにかく次から次へと蟲が。はじめは〈浮塵子(うんか)〉のみでしたが、だんだんと凶暴なものも出はじめ、私が出る頃には〈雲虹〉まで」


「——〈雲虹〉だと?」


 ヴィクトルは声をあげた。王都にはシェイラがいる。〈雲虹〉はシェイラの母を喰った蟲だ。彼女が〈雲虹〉を見れば、どうなるのか知れない。


 知らず、足が動いていた。

 {転移}を発動させる。



「——殿下!」



 消える前に、ロゼイユ公の声が聞こえた。女王が急ぎ他に命じる声も。


 ヴィクトルの耳には、残響となるだけだった。


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