134話:補佐としての成果
夕方からは、先んじて声をかけていたラムル師が合流した。
シェイラが呼んだからであった。イディオンにもラムル師が来ることは午前のうちから話していたので、応接の間で三人での会合になる。
「——なるほどな。よくやったではないか」
先日の成功や午前の瞑想のことをまとめてシェイラが伝え、報告書としてまとめたものに目を通すと、ラムルはふんぞり返りながらそう言った。
イディオンの表情に一瞬いらだちのようなものが浮かんだが、シェイラは黙殺した。
ラムルがこういう人間なのは、だれかがどうすることでもない。
人は変えられない。変えられるとするのであれば自分で、変わった自分に、相手がよい反応を示してくれるのであれば、上々。変わらないことのほうが多いのだ。
イディオンから、声をかけられれば、先日のように態度をあらためる可能性はあったが、今はそれをしなくても十分会話が成立する。
無駄な圧はかけずにいたかった。
「ありがとうございます。これでも、ラムル師の補佐ですから」
「そうだったな」
「ええ、はいそうです」
「黒檀への報告は私からするが、よいか?」
「はい、どうぞ」
シェイラ、と呼んで咎めたのはイディオンであった。気に入りの場所に座るイディオンの目は、手柄を横取りされるぞ、と言っていた。
シェイラはそれに対して無言で首を振る。
ラムルがそうしようとそうしまいとシェイラは気にしないし、たとえラムルがそうしたとしても、黒檀は事実を知るだろう。
どっちにしろ、なんの問題もなかった。それに……
「事実、わたしは補佐でした」
シェイラはそう言った。
ラムルからは怪訝な片眼鏡を、イディオンからは正気を疑うという目を向けられる。
「わたしがイディさんの魔法に気がついたのは、ラムル師の発言があったからです」
「ほう?」
「覚えていらっしゃいませんか?」
シェイラは、近衛のゼイドや侍女のテニアがいた時だ、と話す。
「多感覚法と同じように、頭をべつの発想でひっくり返せ、とおっしゃったではありませんか」
「……たしかに言ったな」
「ですから、わたしはその指示に従って、発想をひっくり返したにすぎません。きちんと、ラムル師の補佐ができたとは思いませんか?」
「…………」
「ラムル師がお命じになったとおりです。黒檀には、ご自身の指示内容も報告されてくださいね」
「ふんっ。当たり前に決まっておろうっ!」
ラムルは突然鼻息を荒くすると、不機嫌になったように足を組み、腕を組んで、横を向いた。
シェイラは苦笑いしつつ、大事なところは伝える。
「わたしは、期限つきです。ですから、わたしがいなくなったあとは、ラムル師と殿下できちんと話し合いながら、魔法の鍛錬をしてくださいね」
「わかっているわっ」
「心象風景が暴発しても大変ですから」
「知っているっ!」
腹立たしさの限界に至ったらしく、ラムルは立ち上がると、応接間をあとにしてしまった。
呆気に取られつつ、シェイラとイディオンは目を合わせて笑う。
「ラムルらしい」
「そうですね」
「関わり方を変えたのか?」
イディオンが察しはやく、そう問う。
「そうですね。仲よくするというよりは、向こうが求めるものに合わせてみただけです」
「補佐と言っていた話か?」
「そうです」
「シェイラはうまいな」
イディオンは、参ったよと言う。
「人の扱い方がうまい」
「そうでしょうか?」
「ああ。ぼくは転がされてばかりだ」
それは少し自覚があるし、なんならわざとだ。少しだけ申しわけなくなる。
「年上の余裕というやつですよ」
シェイラがはぐらかして言えば、イディオンはなぜかそっちのほうがむっとした。
「ふたつしか変わらない」
「ふたつでも、わたしのほうが年上です」
「今に見ていろ。〈導脈〉の制御ができるようになったら、絶対にあなたより背が伸びる。抜いてやる」
たしかにそうかもしれないが、シェイラはいやだった。
えー、と声をあげる。
「イディさんはそのままでいてくださいよ」
「なぜ」
「だって、そのままのほうがかわいいですよ」
「かわいいって言うな」
「では、愛らしい?」
「やめろ」
イディオンは噴飯ものらしく、座面に膝を立てて窓のほうを向いてしまった。
あらまあ、とシェイラは思いつつ、窓際のイディオンは絵になるから、そのまま放っておいた。
切り抜かれたイディオンの影越しに、王都に陽が傾くさまを眺める。
(さすがにそろそろ秋霞がやってきますね)
夕陽に雁の群れが飛んでいた。
そういう季節だった。
(どうか、だれも……)
——犠牲になりませんように。
シェイラは心のなかでそっと祈った。




