133話:瞑想の意味
「なにをするの?」
「イディさんには、瞑想をお教えします」
「瞑想?」
はい、とシェイラは首を縦に振る。
「メイベ・ガザン老師より直伝された瞑想法です。わたしも〈魔導呪法〉を制御するために必要だったので、身につけました」
「制御が必要だった? なぜ?」
シェイラは、束の間、まばたきを止めた。数秒ほど、制止していたかもしれない。息を吐いて、それから悠然と笑む。
「これまで〈導脈〉を持っていなかったので、突然〈脈〉が根づいたことで、制御が難しかったからです」
イディオンが、じっとシェイラを見た。縹色はあまりにもきれいで純粋だった。
シェイラの瑠璃と、交錯する。
「……そうか、わかった」
ふっと逸らされると、イディオンは興味を失ったように、話を戻した。
「それでどうやればいい? なにができるようになればいい?」
食い気味に問いを立てられる。
イディオンは結果を焦っているように見られて、数週間前のシェイラと立場が逆になったようであった。
シェイラは、ガザンのような朗笑を浮かべる。
「なにも」
「え?」
「なにも求めません。ただ、瞑想をつづけること。やること。求めるとすれば、それだけです」
「どういうことだ……?」
イディオンが不可解だと疑問符を浮かべる。
「瞑想とは、それをやること、繰り返すこと、そして丁寧にひとつずつ味わうことが大事です」
シェイラは立ち上がって、いつかメイベ・ガザンがそうしたように語った。
「今、この瞬間の体験に意識を向ける。評価をせず、とらわれず、ただそれを観る、それが瞑想で、つづけることが一番大事です」
「……ごめん、シェイラ、ちょっとよくわからない」
イディオンは、いつかのシェイラと同じ反応をした。
くすくすっと笑う。
「ですよね」
「シェイラ、笑っていないで」
「わたしも、最初よくわからなくて」
「わからなかったのに、同じ説明をしたの?」
イディオンが不満そうに尋ねる。
シェイラは首を振る。
「意味があるから、同じ説明をしました」
「どういうこと……?」
イディオンは疑問符を多く浮かべる。
「そういうことなのか、とある時、師の言っている意味がわかったから、同じ説明をしました。イディさんなら、きっとそのうち、わかるようになりますよ」
「はあ」
「まずは、やりましょうか」
やってみてわかることがある、と言うと、シェイラはもう一度椅子に腰かけた。
そうして、シェイラは渋々としたイディオンとともに、基本となる呼吸を意識した瞑想を行う。
十五分を終えると、イディオンは少しだけ、げんなりしていた。顔に退屈であったと書いてあって、シェイラは面白くなる。
「これのなにが意味あるのか、さすがに説明してほしい」
「そうですね。説明をしましょう。ただ、大事なのは——」
「つづけること。なにも求めないこと。そうだね?」
シェイラが言おうとしたことはわかっていたらしい。
イディオンがそれもわかっているならば、十分だった。シェイラは説明する。
「徐々にひとつずつ練習をしていきますが、これを二週間、一ヶ月とつづけていくと、とても感覚が鋭くなっていきます」
「ほんとうに……?」
信じがたいとイディオンの目は言う。
「もちろん、人による誤差はあります。けれど、だんだんと敏感にいろいろなものを感じられるようになります。風の音、葉が落ちる音、肌をなでる涼やかな感覚、光のあざやかな色加減……そういうふうに」
「なるほど?」
「そして、それは外部の感覚だけではありません。呼吸を意識しながら、同時に内部の感覚——内受容の感覚や皮膚の下の感覚と言われるものも細かに感じられていくようになります。そうすると……」
「〈導脈〉も感じられる?」
「そういうことです」
シェイラが肯定すれば、イディオンは顎に手を当てて考え感じはじめた。
黙考を待っていると、まとめられて問われた。
「この瞑想自体で、制御ができるようになるわけではない。そういう理解で合っているか?」
洞察に、シェイラは舌を巻いた。
(ほんとうに理解のはやい方です)
シェイラは肯く。
「おっしゃるとおりです」
「これを日々行い、鍛錬を重ねることで、感覚が身について、いざ魔法を使おうとする時に役立つ。そういうことか?」
「ご名答です」
言うことは、なにひとつなかった。
感覚は、日々養っていくものだった。五感だけでなく、体の内部の感覚を養うのであれば、瞑想が一番適している。そういう話だった。
「ガザン師は、瞑想の魔導師と言われる老師ですが、」
シェイラは雑談として、イディオンに語る。
「魔導師としては、{拡張}という身体魔術で魔導師になりました」
「{拡張}って、人の気配とか、近くの蟲の気配を感じ取るやつか?」
「そうです。あの魔術を作ったのがガザン師です」
「それはなんというか、大事ではあるが……」
地味だな、とイディオンは言い切らなかった。
知った時、シェイラも同じことを思ったのだ。それで、魔導師になれるのか、と。
「ガザン師の場合は、その{拡張}の範囲が常人とは並外れているので」
「どれくらいだ?」
「そこそこの魔術師や、瞑想の鍛錬をしていない魔導師であれば、{拡張}できるのはせいぜいこの部屋くらいです」
「うん」
「ガザン師は、このガルバーンから離宮までは余裕で{拡張}できます」
「えっ」
シェイラの言葉に、イディオンが目を丸くする。
「隣街くらいまでもふつうにできますし、がんばればもっとかと」
「……なるほど、老師だな」
「ですです」
イディオンは、果てのない気持ちになっているようであった。今日はじめたばかりの人間からすれば、それはそうだろう。
「ちなみに、」
イディオンは前のめりに尋ねる。
「シェイラはどれくらいできるんだ?」
「わたしはそうですね。この王城を中心軸にすると、すっぽり都を覆うくらいは余裕でできますよ」
「余裕で……」
「ある程度、{拡張}も変幻自在ですから、狭めるところは狭めて、もっと知りたいところは細く伸ばしていくというか、そういうこともできます」
「そうか……」
イディオンは遠い目をした。
「先は長いな」
「そうですね」
「まずは、〈導脈〉を感じられるようになるところだな」
「はい、そうです。それくらいであれば、きちんと毎日つづけていれば、二ヶ月くらいで可能になると思いますよ」
シェイラが簡単そうに言うと、イディオンからは溜息が漏れた。
「二ヶ月か……」
「すぐですよ、すぐ。まだわたしもいますし、ちゃんと感じられるようになれば、制御もできるようになりますから。一緒にがんばりましょう!」
「……わかった」
イディオンは項垂れそうになったが、表情は明るかった。
先週の魔法ができた時のような喜びではなかったけれど、先の道筋が見えたようなすっきりとした顔をしていた。




