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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第7章:できそこないの王子─後編─

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131話:不気味な男


「なぜ、こんなことを……」



 牢に捕えられたシェイラは、呆然とした様子だった。見つけた時に、血溜まりに沈んでいたものを持て余しているようだった。


 青金の瞳が、ヴィクトルを見る。


「トール……」

「そこまでして……」


 吐き気がした。止まらなかった。



「君は、リマス師を殺してまで、魔法を得たかったのか……っ!」



 シェイラの青金の瞳が見開かれる。


「君は、そんなに魔法が大事か!」


 ヴィクトルは、格子を掴む。


「真の魔法は、手間暇に宿るのではなかったか……」


 そうだ。

 自分たちは、そういう時を重ねてきた。


 しずかに、石柱となって連なっていくはずだった。


「——私は、」


 力が入る。


「……ありのままの、君でよかったんだ」


「…………」


「たとえ、魔法が使えなかったとしても」



 ありのままの君さえいてくれれば、よかった。



 岩漿(がんしょう)が冷たくなって、かたまってしまったような、沈黙があった。

 雫がひとつ落ちるように、シェイラの言葉が響く。



「——トールには……わかりません」



 その目は、ヴィクトルを見ていなかった。


「このサージェシアで……聖王家の血を継いで、強大な〈導脈〉を持つあなたには……魔法が使えないわたしの……〈導脈〉の力を持たないわたしの気持ちなんか……わかりません」


 一滴で穿つような、痛みだった。



「……君が、言うのか」



 ヴィクトルは言う。


 ——そんなことはない。知っている。


 彼女が言葉だけの人間ではないこと、ずっと時間をかけて関係を築いてきたからこそ、彼女の言葉の裏に隠されている気持ちがあることは、わかっていた。

 わかっているのに、愚かな自分が言うのだ。



「——君はまた、私を{導線}を歩むだけの人間だと言うのか」



 伴にいてくれるのではなかったか。

 隣を走ってくれるのではなかったか。


「…………はい」


 シェイラは、格子の外を見ながら肯いた。

 揚雲雀(あげひばり)が、飛んでいた。


「……そうか」


 はっ、とヴィクトルは、鼻で笑った。


 わかっているのに、まだ十六の自分はそんな態度しか取れなかった。

 身を翻す。外套が舞う。聖剣使いの意匠が施された外套が。


(それでも私は……)


 ——隣に。


 だが、世は無情だった。


 {終点}は、シェイラの父——ベイドル・ロゼイユから告げられた言葉だった。



「——私はあの子をロゼイユ家より廃します」



 ヴィクトルはなにを言われているのわからなかった。

 その場には、父王もいた。


「この度の罪は重く、呪術を用いたことで、シェイラータは教会から破門になりました」

「…………」

「破門となった娘を、当家には置けません」

「致し方あるまい」


 ロゼイユ公に父が同意する。


「ゆえに殿下、」


 公は、無情に告げる。


「——娘との婚約を破棄してください」


「……できない」


 ヴィクトルは震えながら言う。

 それはできない。それだけはだめだ。

 つながりがなくなったら、もう、彼女に隣にいてもらう理由がなくなってしまう。


「……今回の件は事故だ。それだけで彼女との婚約をなくすなど外聞が……」


 適当な言い訳をでっち上げる。だが、父が許さなかった。


「問題ないだろう、ヴィクトル」


「……父上」


「聖女がいる」


 聖女。

 ヴィクトルが召喚した女。

 あの、ただ甘やかされてきただけであろう娘。


「むしろ、いい機会だ。ロゼイユ公もこう言っている。ならば、シェイラータとは婚約を破棄し、聖女と婚約を結び直せばいい」

「それが合理的ですな」

「なんら問題ない」


 なにが、問題ない?


「破棄されてください。娘に、直接あなたからお告げを」


 ロゼイユ公は冷淡に言う。


「あの娘も、そのほうが諦められる」


 諦められるものか。

 諦めることなど——できない。きっと、彼女だってそうだ。そうにちがいない。そこに試す気持ちがなかったと言ったら嘘になる。



「——ロゼイユ公が息女シェイラータ。そなたとの婚約を今時分より破棄する」



 告げた言葉に、シェイラは顔色ひとつ変えなかった。


「謹んで、拝受いたします」


 ただ一言、ヴィクトルを一瞥すると、そう言った。


「……拒否もしないのか」


 ヴィクトルはつぶやくように言う。



「——だって、もとから……責務ですよね?」



 シェイラの声は、ヴィクトルの芯を凍らすように、冷たく響いた。



 そうして、ヴィクトルの{導線}は{終点}を迎えた。



 そうだ。あの時から、ずっと止まったままなのだ。

 ずっと、ヴィクトルは、止まったまま。


 止まったままであれば、どうしようもなく折れ曲がっていたとしても、これ以上、彼女と離れることはないであろう。

 だから、ヴィクトルは止まったまま、無私の仮面を貼りつけることになった。



「——……では、聖女さまへもお声がけを。お言葉には出されませんが、今回の件でご不安を募らせているはずです」



 過去へと旅立っていたヴィクトルは、常なることなので、はっとすることもなかった。

 ロゼイユ公に肯く。あの無情な宣告をさせた男に。


「いや、すでに話した」

「なんと話されたのです? まさか、気にすることはない、などと役にも立たない妄言でも吐かれたのはございますまい?」


 この男のヴィクトルへの印象はそうなのだろう。苦笑が漏れる。


「ちがう」

「ではなんと?」


 ヴィクトルの問いに、さきほどヒバリと交わした会話を思い出した。

 露台から見える、少し先の七色の都を目にしながらの話だった。



「……すまない、ヒバリ」



 ヴィクトルは詫びた。言いわけをせずに。

 ヒバリは驚いて目を丸くした。


「え、謝られると逆にやましいことしたのって思っちゃうよ」

「……やましいことはしてない」

「えー、あやしー」

「不安にさせただろうから……」

「それだけで? ますます、あやしい」

「……ほんとうだ」


 ヴィクトルがこれ以上なにを言えばいいのかわからずに眉根を寄せていると、ヒバリはなぜかけらけらと笑いはじめた。


「なぜ笑う」


 誠意を見せたつもりのヴィクトルとしては、複雑な心境だった。


「ごめんごめん。ヴィックがあまりにも真面目だから」

「ヒバリを不安にさせたのは事実だろうから」

「そうだね……正直、不安にはなったかな。シェイラさん、久しぶりに会ったら、前よりかわいくなってたしね」

「…………」

「あー、やっぱりそういうところは否定しないんだ!」


 もうっ、とヒバリは腕を組む。



「でも残念!」



 ヒバリは、仕返しだと言わんばかりに言い放つ。


「シェイラさん、絶対あの子に狙われてると思う!」


「あの子?」

「なんとか王子!」

「イディオン王子……?」

「そうそう、その子」


 ヒバリは、自信満々に断言する。


「ほら、あたし、あの子の{治癒}をしたでしょう? ロゼイユ公とか、ガズール枢機卿がシェイラさんのこと悪く言っていた時、すんごい顔してたもん。体もぷるぷる震えてたし、まちがいないよ」


「そうか……?」

「女の勘だから、まちがいないよ!」


 前に言っていた話か。

 だが、


(それはない)


 なにせ、ヴィクトルは、イディオン本人から、そんなのではない、とはっきりと聞いている。本人から聞いたのでまちがいないだろう。

 それよりも、


(王子に、ありのままでいい、と言ったのは……)


 彼女であったのか。


 イディオンが恩を受けたと言っていた師は、シェイラだったのだ。

 それはなんと、痛烈な皮肉だろう。


 ヴィクトルは思い浮かんだ感情を無私で覆いながら、ヒバリに答える。


「……よくわからないな」


「そうやって、胡座をかいていると横からぱっと掠め取られちゃうよ?」



 ——それも、ない。



 ヴィクトルは虚ろな奥底で、不気味に笑う自分がいるのがわかった。


 彼女が、ヴィクトル以外の他のだれかに心を傾けることはない。

 あの長外套(ローブ)が、その証左であった。


「——私には君がいるのに?」


 そんなことをのたまうほど、余裕があった。

 自分のおぞましさに、ヴィクトルは吐き気を覚える。


「ええええええーっ」


 ヒバリが顔を真っ赤にして仰け反った。後ろ手に露台にぶつかり、体の平衡を崩す。ヴィクトルはすかさずヒバリの腰を取った。薄布越しの肌を、平坦に感じる。


「ヴィック……最近なんかレベルアップしてる?」

「説明してくれ」

「いや、なんというか、あたしに対してご褒美言葉が増えたなって」

「当然だろう。婚約者だ」


 言いながら、ヴィクトルはなにも感じない自分がいた。不気味な己は影を潜め、代わりに無私を貼り付けたヴィクトルが、ヒバリに都合のよい言葉を言う。


「……はあ。もう合格ですよ。今日のことはなかったことにしてあげる」


 ヒバリはヴィクトルの手から逃れると、背を向けて欄干に肘をついた。


「そういうこともあるよね。あたしもあるもん。偶然ってやつ」

「ああ。すまない」


 ヴィクトルはヒバリの横に立つ。

 深まる秋の冷たさを感じながら、ヴィクトルは己の虚ろを覗いていた。





 ロゼイユ公は特になにも言わなかった。


 簡潔にヴィクトルがヒバリとのやり取りを説明すれば、顔色も変えずに、深夜の離宮を下がっていく。


 いつだか、腹の読めない不気味な男だと思った覚えがある。

 だが、ヴィクトルは最近、べつのことを思う。



「私のほうか……」


 ——腹の読めない不気味な男は。



 つぶやくと、虚ろさが夜闇に深まるようであった。


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