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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第7章:できそこないの王子─後編─

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129話:もうひとつの約束

 シェイラは、今度はにっこりと笑った。立ち上がる。



「どうでしたか?」



 首をかしげて見せれば、イディオンはやっと凍りついた呪縛から解放されように視線を動かした。

 シェイラはイディオンが言葉を継ぐ前に、にこにこと屈託なく笑う。


「代償はそんな感じですよ。あまり人に聞かせられない話です。だから、場所は選ばせてもらいました」


「シェイラ……」


「わたしが魔法を得たかった理由は、トールの隣に立ちたかったからでした。けれど、最後にあがいたせいでしょうね。結局得たかった理由や立場そのものを失ってしまいました」


「……それはちがうよ」


「いいえ、ちがいありません。空っぽです、空っぽ。もうなんの理由も持ち合わせてないのに、未だ魔法の研究をつづけていて、魔法が使えない魔導師のわたしは、空っぽな存在です。ほんとうに愚かです、我ながら」


 シェイラは無遠慮に、王子の寝室を歩き回る。月明かりの届かない奥のほうへ進む。


「お願いだからそんなに卑下しないで」


 イディオンの柳弦(リュート)はやさしく(こいねが)う。


 こんな話を聞いてもやさしいままなのか、とシェイラは微笑する。


「ですが、」


 心根の澄んだ少年を安心させるように言い添える。


「このあいだ、イディさんとやった魔法の実験は、久しぶりに楽しかったです。心から、とても楽しいと、久しぶりに思いました」


「……ぼくもだよ」


 イディオンの眉根は、子犬のように下がる。

 かわいいなあ、とシェイラはこっそり思う。


「だから、ノザリアンナの月までは、お伴させてください。一緒に楽しく、魔法が使えるようになりましょう?」


 シェイラは寝台のほうに戻って、イディオンの背丈に合わせるように屈む。



「ああ……、約束だ」

「約束です」


「シェイラ」



 定番になってきたやり取りに、イディオンは言葉を挟む。



「ぼくの隣にいて」



 それは、慰めのようであった。

 ヴィクトルの隣を失った、魔法を求める理由を失ったシェイラへの、イディオンの慰めの言葉に聞こえた。



「はい。いいですよ」


 シェイラは付き合う。

 やさしい少年の、慰めの言葉に。


「一緒にいて」

「もちろんですよ」



 少し前の再現のように返す。

 そのあと言われることも、返す言葉も決まっている。それが、自分とイディオンの距離感だ。

 シェイラが思っていると、やはりイディオンの言葉はつづいた。



「ずっと……は、いられないんだろう?」



 だが、少し異なる。確認のようで、逆になんだか申しわけなくなってしまった。



「はい」



 シェイラが謝罪の気持ちを込めながら肯くと、イディオンのほうは縹色の瞳のなかに青銀の強い魔力を載せたように、シェイラの視線を捉えた。


「じゃあ、もし……」


 イディオンは最適な言葉を探すようにする。



「ぼくが、きちんと魔法を身につけて、あなたの隣に堂々と立てるようになったら、ずっと一緒にいてもいい?」



 シェイラは問われた内容に、目をぱちぱちとさせた。



 はて、と瑠璃の耳飾りを弾く。


 懇願するようにシェイラを見る縹色の双眼を覗きながら、考えてみる。


 なにか今、自分は押し売り商法のような罠に引っかかりそうになっていないだろうか。

 はじめに叶えることの難しい要求を出し、相手に拒否をさせる。そして申しわけなくなっているところに、段階を下げた目的の要求を提示し、相手に許諾させる。


 それだ。


 シェイラは心ノ理学を収めている。その手には乗らない。

 にやっとしそうになるのを心のなかに留めておきつつ、シェイラは少年の心を悪戯に弄ぶことにした。


「どうしましょうかねー」

「えっ」


 ことのほか悩んでいる素振りをして、顎に一本、人差し指をやってみる。上目に考えているようなふりもした。


「それでもいいんですが、ずっと、ですよね?」

「う、うん……」

「ずっと、ですからねー」

「うん……」

「易々と許してよいものか……」

「じゃあ、どうしたら、許してくれる……?」


 イディオンにもし子犬の耳があったら、垂れていたことだろう。

 シェイラは、またもやかわいいな、と思いながら、悪女の笑みを浮かべた。



「魔導師になったら、いいですよ」


「え」



 げっ、とも聞こえた。無理な要求を突きつけた自覚はある。


 なにせ、魔導師とは並大抵でなれるものではない。シェイラが〈魔導呪法〉で魔導師になれたのはあまりにもこれまでの魔法と毛色がちがいすぎたからにすぎない。

 魔導師とは、新しい魔術系統の発見や構築、魔導へと至る系統の整理、あるいは強い魔力とすさまじい戦果がなければ、叙されないものなのだ。



「わたしと同じ、魔導師になったらいいですよ。ずっと、を許可して差し上げます」


「……それ、ほんとう?」



 絶望かと思いきや、そうではなかった。確認だった。上目にかわいい目が尋ねてくる。


「ほんとうです」

「ほんとうに、ほんとう?」

「はい、嘘はつきません。なんなら、契約でも交わしますか?」


 魔法紙を用いた契約魔法は、履行するまで破れない魔法だ。死んでも破れない魔法だ。死んだら破りようがないが。



「いや、いい」



 イディオンはしっかりと首を振った。



「あなたは嘘をつかない人だ」

「ありがとうございます」


「じゃあ、約束だ、シェイラ」

「はい、約束です」



 シェイラがしっかりと肯けば、イディオンはないはずの尻尾を振るような、にかっとうれしそうな笑みを浮かべた。



 この夜、ひとつの約束が果たされた。



 そして、もうひとつの、ふたりにとって大事な約束が結ばれた長夜となった。

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