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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第7章:できそこないの王子─後編─

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127話:シェイラータ(3)

 すでにシェイラは、十二でリマスのもとに弟子入りしていた。


 父にもヴィクトルにも、苦しみを吐くことができず、どんどん追いつめられていくシェイラを見かねたリマスが、シェイラに声をかけたのだ。シェイラの精神は限界寸前で、その声を救いのように感じてしまった。



「かわいそうに」



 シェイラの心境を聞いたリマスは、第一声にそう言った。


 リマスは、赤い長い髪をまとめあげた、どこか中性的な空気のある男で、不思議な声の持ち主だった。心にそっと語りかけるようなそんな声をしていた。


 かわいそう、という言葉には違和感があった。けれど、その声を聞くうちにそうなのだと思ってしまうような不思議な声だった。目は虹彩を塗りつぶしたような漆黒で、その目を見ながら話をしていると、吸い込まれてしまうような奇妙な感覚があった。



「かわいそうに」



 リマス師は、もう一度シェイラに繰り返した。


「君の努力を僕はよく知っている」

「先生……」


「それなのに、だれも理解をしてくれないのだね。あまつさえ、君の婚約者であるヴィクトル王太子は聖剣に夢中だ」


 夢中、なのであろうか。


「きっとそのうち、運命の相手である聖女にも心を移してしまう」


 聖剣を掲げるヴィクトルと、ヒバリの並ぶ姿を想像する。まるで、相思鳥のようだ。


「そうして、おびただしい〈導脈〉の輝きをもって、厄を払うのだろう」


 シェイラはその横にはいない。


「ほんとうにかわいそうなシェイラ。これだけ心を砕いて、一心に殿下を案じているというのに。それを知ってもらい、認めてもらえすらできない。ただ、隣にいたいという願いだけなのに」


「わたしは、そう……」



 ——ただ、彼とずっと隣にいたいだけなのだ。



 一緒に戦って、一緒に蟲を倒したい。傷を負っていたら癒やしたい。できなくても、もし彼が死ぬことがあったら、隣で一緒に死ねればいい。結ばれなくてもいい。


 ほんとうにただ、隣にいたいだけだった。

 あの腕環(バングル)を渡した時から、ずっと。



「——僕なら、その願いを叶えてあげられるよ」



 だから、その囁きは、あまりにも蠱惑的に聞こえた。シェイラの願いを吸って、花を開く毒々しさを帯びていたにもかかわらず、追いつめられていたシェイラは、師に誘われるままに、呪法の研究へとどっぷりと浸かっていくことになった。


 リマス師もまた〈導脈〉の魔法が使えない悩みから、それを、呪法の力を以て可能にしようとする研究をひそかに行っていた。



「——この世のなかは不条理だと思わないかい」



 シェイラはその研究を手伝うようになっていた。

 リマスの研究所で、その会話はなされた。


「サージェストはあらゆる魔法・魔術・魔導があふれる世界を願い、大陸を束ね、栄華を誇ったが、彼が死ねばそれまでだった。弟子たちは血と力で争い合い、栄華を誇る美しい帝国は瓦解した。そうして、蟲が現れるようになれば、〈導脈〉の力を持つ魔法だけが持て囃されるようになった。蟲を殲滅し、生活を助け便利にする魔法というのは、役に立つものだからね」


 それはそうなのだろう。


 元素魔術は圧倒的な力を持つし、魔獣を従える使役魔術もまた蟲に対抗しうる。医療魔術は戦場で役立つ。生活を便利にする自動化魔術をはじめとした生活魔術は、蟲に怯える生活のなかでも、生活を豊かにする。それら、魔法魔術はすべて、〈導脈〉の魔力をもとにするものであった。


「君の知る〈ユベーヌ呪法〉や、僕が使う〈ノザリアンナ呪術〉は、〈導脈〉を持たないけど、手間が必要になるものだろう? 便利さもなく、一瞬で葬り去るような圧倒的な力はない、ものぐさだ。おまけに、人を呪い殺したりする力だけはすさまじいから、表舞台から消えて当然だ」


 シェイラは、石床にユベーヌ線上文字を刻みながら、リマス師の話を聞きつづける。


「でもさ……」


 がりっ、がりっ、とシェイラが石床を(たがね)で削る音が響く。


「呪いも呪術も消えたりしないんだ。なぜだと思う?」


 シェイラは顔を上げた。昔、似た問いを母から受けた。


「……わかりません」


 シェイラは未だ、その答えを持たなかった。一方で、リマスはたしかな答えを持っているようだった。


 がんっ、と木杭が打ち込まれる音がした。



「輝かしい力があるせいだよ」



 力のこもった声だった。その時は、心に入り込む不思議な響き方はしておらず、研究所の室内にのみ木霊する声だった。


「光は、影を生むんだ。必ず。よく言うだろう? 光と影って」


「……はい」


 たしかによく聞く、使い古された表現だ。


「そうして強すぎる光は、影を床に焼きつけてしまうんだ。それが呪いというものだよ。闇よりも深く忍び込むのではなく、闇よりも強く焼きつくものだ」


「…………」


「学園や学院で、〈導脈〉を持たないものを〈穢民(サジェノス)〉と蔑み、紙札を貼る行為はそのはじまりの行為だよ」


 シェイラは、それでやっとリマス師の言いたいことを理解した。


 リマスもまた、シェイラとは種別の異なる鬱屈を持て余しているのだ。〈穢民〉と言われるのはよくあることだ。シェイラも言われた。それで仲間外れにされた。いやな記憶だ。でも、シェイラにはヴィクトルがいたから、たえられた。


 けれど、リマスにはそれが焼きついているのだろう。こびりついているのだろう。そうして、蔑まれ、〈導脈〉がなくてかわいそう、と言われてきたのだろう。


 リマスはよく、シェイラにも、実験に使う怪我を負ってしまった虫や動物たちにも〝かわいそう〟と言う。

 リマスの言う〝かわいそう〟は、きっと自分自身のことで、かつての自分への手向けの言葉なのだ。


 シェイラは、そう理解した。



(先生もまた、かわいそうな人、なのですね……)



 この時、シェイラはもっと深く考えるべきであった。かわいそうとやさしさから同情や共感を持つのではなく、リマスの抱えた〝かわいそう〟は焼きついた鬱屈を抱え込み、どうしようもなく歪んで呪いと呪詛を抱え込んだ代物であることを、理解するべきであった。



 そして、シェイラが十五を迎えた春。


 あのできごとが、起きたのであった。


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