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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第7章:できそこないの王子─後編─

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126話:シェイラータ(2)

 シェイラは、はじめヴィクトルが嘘くさくてきらいでたまらなかった。


 やさしくておだやかで、誠実。物語の絵に描いたような王子さま。なんの苦労も不幸も知らずに育ち、地位を約束された王子さま。この魔法の溢れる大陸で、圧倒的な血統まで持ち、言葉を選ばなければ、はじめからすべてを得ている人。

 王族の責務だからと、箱庭の{導線}を走っていることがわからずにいる人。斎王国の言葉を借りれば、井の中の蛙。


 そんなヴィクトルが、シェイラはきらいでたまらなかった。


 たぶんきっと、ヴィクトルも内心ではシェイラのことが気に入らなかっただろう。それをおくびにも出さないことがまた、シェイラの嫌悪を募らせた。


 一度、水の魔法を見せてくれた時だけは、楽しくてきれいで、こんな魔法を自分も使えるようになるのかと、魔法学園に入れる日が心待ちになったけれど、それ以外は会ってもうれしくもなんともない日々がつづいた。


 学園に入学してみれば、授業はつまらなかった。だから、黙々と一人で図書を読み漁りながら学びを深めた。


 シェイラが試験でどんどん満点を出せば、周囲は天才だ天才だと褒めそやし、飛び級を許可した。実践の試験はまったくうまくいかなかったが、〈導脈〉が育ちきっていないのだろうと判断されて、適当な合格をもらった。もう少し年齢を重ねてもつづくようなら医術師か医療魔導師に診せようと言われた。実践が上手くいかなくても、座学ができるのであれば、研究を奨励する大学府に行けると、どんどん飛び級を許可してもらった。



 そうした生活を送っているある時、学園に〈雲虹〉が出た。



 シェイラはその頃には、母や仲間が死んだ時、なぜ〈雲虹〉の群れに襲われたのか理由がわかっていた。あの事態を招いたのは自分なのに、母を目の前で喰われた体験を思い出し、恐慌に陥った。


 たまたま学園を視察に来ていたヴィクトルと、彼の護衛官がいなければ、シェイラも学園の他の子どもや教師も犠牲になっていただろうと思う。


 騒ぎが収まったあとも、シェイラの恐慌は収まらなかった。ただ悲しくてつらくて喚いて、そんなシェイラを、ヴィクトルは辛抱強く、ほんとうに辛抱強く、ずっと一緒にいて過ごしてくれたのだ。



「……もう、だれも、ラータって呼びません」



 シェイラはつい、そんな台詞を漏らした。

 ラータ、と母が呼ぶ声は、絶命する最後の声だった。


「母さんは……いないから、もう、ラータって呼ばれないんです。わたしのせいで……わたしが母さんを殺したから……だから……」



「……私が、」



 あの時の、ヴィクトルの滲むような声をシェイラは忘れられない。



「——私が、呼ぶ」



 そう言ってくれた彼の顔を、シェイラは、ちゃんとはじめて見た。

 金の髪の、驚くほどきれいな紅い瞳だった。珍しい赤い月を見ている気分だった。



「君を……ラータと呼ぶ」

「…………」

「だって、私と君は……いずれ家族になる」


「…………うん」



「だから、私が——ラータと呼ぶ」



 そうして、ヴィクトルはほんとうに、ラータと呼んでくれるようになった。


 彼を好きになったのはそれがきっかけではなかった。

 けれど、そのできごとをきっかけに、シェイラはヴィクトルという人間を、もっとちゃんと知っていこうと思えるようになった。



 年齢を重ねるにつれ、ヴィクトルという人を知っていくにつれて、シェイラは彼に惹かれていった。ヴィクトルも、捻くれてばかりいたシェイラのことを、好いてくれているのだとわかった。


 言葉を交わさなくても、たしかに、互いを想い合っていた。


 だが、時を同じくするようにシェイラは〈導脈欠損症〉と診断された。自分が〈導脈〉を用いる魔法を使うことができないのだということがわかった。


 一度、それで婚約破棄の話が浮上したものの、大貴族のロゼイユ家の血統であることや、ヴィクトルの猛烈な反対によって、掻き消えた。


 問題ない。彼はそう言った。

 けれど、シェイラのなかで、それは恐ろしい欠陥であるように思えた。

 なにかあれば、ヴィクトルとのつながりをなくしてしまうかもしれない。もし、自分よりふさわしい人間がいたら、彼とのつながりを絶たれてしまうかもしれない。


 そしてなにより恐れたのは……



「あの人の隣で、一緒に戦うことができない、ということでした」



 イディオンは聞きながら、顎に手をやる。なにかシェイラの話について、考えているようだった。


「トールもまた、イディさんと同じく、王族の責務を負います。蟲との戦いに出向きます。だから、わたしは彼と一緒に戦いたかった。彼を危ない目に合わせたくなかったんです。なのに、わたしは彼と戦場に立つための〈導脈〉を必要とする魔法が使えませんでした」


「……うん」


「だから、わたしは……」


「呪法に手を出した」


 シェイラは肯く。



〜*〜



 シェイラの恐怖を後押ししたのは、ヴィクトルが聖剣使いに選ばれたことだった。


 選ばれる瞬間を、シェイラは見た。


 それはたまたま、シェイラとヴィクトルが、聖堂教会の地下に見学に行った日のできごとだった。



 聖王家と聖堂教会によって管理される遺物——聖剣。



 一度目の聖女とともに現れた聖剣は、過去二度、主を選んでいる。

 最後に聖剣が主を選んだのは六百年も前のことであった。六百年も生きるのは、ヴェッセンダリアにいる一部の老師、あるいは精霊女王エレンシアのみ。


 もはや、過去の遺物でしかない聖剣は、地下堂にて石座に鎮座する代物でしかなかった。


 だが、ヴィクトルが聖剣の前に立った瞬間、六百年沈黙を貫いていた聖剣は、すさまじい魔力を帯びた風とともに、石座より剣身を抜き、ヴィクトルの手に収まったのだ。


 あの時の衝撃、騒ぎ。見る見るうちに自分たちの状況が変わっていく日々は、どうしようもない運命という大きな渦に巻き込まれる、ちっぽけな魚になったようであった。


 そうして間もなくして、聖剣を触媒とした聖女召喚の儀が行われた。


 

 ——異世界より、聖女ヒバリが召喚されたのであった。



 過去の聖剣使いは常に聖王家から選ばれ、召喚された聖女とともに厄禍を払ってきた。

 払い終えたのち、ふたりは祝福を受けて婚姻し、現在の王家の血筋に連なっている。それが、聖剣使いと聖女であった。



 シェイラは隣に立てない。



 それだけではない。シェイラはヴィクトルのなんの役にも立てない。たとえ、婚姻が叶わなかったとしても、そもそも魔法が使えなければ、同じ戦場に立つことさえできない。


 聖女は前線に立たなくても、その福音を受けた聖なる力で霧や呪いを払い、痛みを和らげ癒やす力を持っている。ヴィクトルが怪我をしても、聖女がいれば癒やしてくれる。


 〈導脈欠損症〉であるシェイラは、これから起きることが予見される〈霧の厄禍(やくか)〉では、ヴィクトルのことを守るのになんの役にも立たない。


 どうしようもない絶望と苦しみが、地から張った根を伸ばし、シェイラに絡みつくようであった。切っても切っても、逃れようとしても、それは蔦となってシェイラを捉えてしまって、もうどこにも逃れようがなかった。



 その苦しみを、一番理解してくれたのが、同じく〈導脈欠損症〉であった第一の師リマスであった。

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