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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子─中編─

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120話:あなたは、また

 イディオンは、意識の遠くで自分の呼び声を聞いた。


 痛い。頭だ。出血している。

 そして、腹もだ。今まさに食い込む痛みがある。腹のほうがまずい気がする。


 視界が霞む。


(血か……?)


 ちがう。風だ。

 すさまじい風が、視界を遮っている。目を開けられない。


(なにが……起きた)


 ヴィクトル王太子と話をしていた。そろそろ昼餉にしよう。そんな話があって気づいたら、突風がイディオンをさらっていったのだ。


 さらわれた時の衝撃で怪我をした。

 イディオンは今、鉤爪のようなもので体を掴まれている。爪が、腹に食い込んでいるのだ。

 吐きそうな圧迫感と苦しさ、同時に激痛で、口のなかに不快な液が込み上げてくる。


 鳥だ。鳥の化け物。


(〈蟲〉……どこから……)


 {霧除け}がされていたはずだ。狩猟祭に先立って。

 どこから、湧いてきたのだ。突然、現れた。霧とともに。


(……まずい)


 なんの〈蟲〉かわからない。

 だが、鳥型の〈蟲〉は凶暴性が高い。強さも虫を模したものより格段に上がる。


 このままではイディオンは助からない。殺される。


(暴れてみるか……)


 だめだ。高さがある。今度は落下死する。

 暴れた瞬間に鈎爪が腹を割くかもしれない。


 あらゆる可能性を浮かべて、イディオンは、ふっと息が漏れた。


(……終わりか)


 自嘲が浮かぶ。


(せっかく……)


 あの人が、イディオンの魔法を導いてくれたのに。これからだというのに。


 これからがきっと、楽しい時間になるはずだった。もっと楽しくて、心地よくて、おだやかで明るい時間になるはずだったのに。


 それでイディオンは、その時間で返せる分だけもらった恩を返したかった。残り時間では足りない。とても返せない。だから、少なくとも返せる分だけ返そうと、そう、思っていた。なのに。


(返せない……)


 このままでは、受けたものを返すことができない。

 そう思うと、抵抗が生まれた。


 身じろぐ。痛い。


 ——死んでたまるか。


 今までだらだらと数年、ただ都を見るだけで、向き合ってこなかった。生きているのに死んでいるようなものだった。それを、あの人が見つけてくれた。引っ張ってくれた。


 やっと、生を感じ取ったばかりなのに、死んでたまるものか。


 もう一度、体を動かす。

 激痛が走る。口のなかに胃液か血液が溜まって、みっともなく吐き出された。宙に散っていく。


(あー)


 声が出たら、悪態をついていた。

 まだ魔法はきちんと使えない。使えたら、きっとどうにかできたのに。このままでは、ただ虚しく抵抗して終わってしまう。


(どうすれば……)


 どうすれば、この化け物から逃れられる?



「——イディさん……っ!」



 疑問の答えは幻聴だった。


 驚愕が胸を突く。かろうじてまぶたを開いて、滲む視界に薄紫と青の色を見た。


 幻聴ではないと認めると、安心とうれしさが広がった。


(来て……くれたのか)


 まだはやいのに。今自分は痛くてたまらないのに、安心してしまう。大丈夫だ、と確信しているから。信頼できるから。信頼できる人だから。


(ああ……)



 ——あなたは、また、ぼくを助けてくれるのか。



 そう思うと、どうしようもなかった。






 シェイラは急旋回して、それを視認した。


 ——〈姑悪(もず)〉だ。


 蜂羽を持ち、早贄(はやにえ)を行う鳥を模した蟲。

 鉤爪が鋭く、獲物をさらって、それで贄を行う。


(最悪です)


 なんで、あんなのが沸いてきた。いったい、なにが起きている。

 シェイラはよくわからず、ただイディオンの体が鈎爪に引っかかっている。あのままではまずい。非常にまずい。


(考えるんですよ、シェイラータ)


 速度のはやい鳥だ。倒すことは簡単だが、イディオンがいる。どうやって捕まえる。どうやって助ける。

 シェイラは目まぐるしく考えて、そして思いつく。


(蟲は……)


 魔力に群がる性質がある。

 なら、性質を利用して、広範囲に展開させる。


 シェイラは、自分の〈脈〉を活性化させる。

 両手の指輪を触媒に、〈脈〉から紡いだ魔力の紐を編み上げる。


 網だ。光の、網。

 編み上げたものを放る。

 大きく、弧を描くように。〈姑悪(もず)〉が飛ぶ先に向かうように。

 〈姑悪(もず)〉が網の魔力に反応する。羽が引っかかる。網にかかる。


(このまま……っ)


 ぐいっと引っ張るようにした。信じられない力を体中を{強化}して引き絞る。

 〈姑悪(もず)〉が暴れる。


 暴れて、ふいに爪からイディオンの体が離れた。

 落下する。



「イディさんっ!!」


 ——{転移}。



 落下先にシェイラは瞬間に移った。

 受け止めるように両手を開く。重く、イディオンの体がシェイラに落ちてきた。

 ぐっと受けた衝撃をこらえて、勢いづいた落下を翅で和らげる。


「……シェ、イラ」


 イディオンの声に反応するより前に、やることはまだあった。


 怒り狂った〈姑悪(もず)〉が網をほどき、ギャアアアアアッ、と声をあげて、シェイラたちめがけて、急降下する。


「いい加減にしてくださいよ」


 シェイラは、ぼやく。


 左腕でイディオンの体を抱きとめながら、右手の人差し指を構える。

 狙う。怒り狂った鳥を。


「怒りたいのは、わたしのほうです」


 ギャアアアアッと、嘴が開いたのを狙った。


 炎の渦。

 螺旋を描いた渦が、〈姑悪(もず)〉の嘴から内部へ到達。炎

 そして、


 ——ギイアアアアアアアッ


 甲高い断末魔を下げると、破裂し霧散していった。


「腹が立ったので焼き鳥ですよ」


 まずそうですが、と言い捨てる。ふっとシェイラは、息をつく。それから両手で、イディオンを抱きしめた。


「すみません、痛く……ないですか?」


「シェイ、ラ……」


「ごめんなさい、痛いですよね。当たり前のこと聞いてすみません。応急処置ですが、薬水瓶(ポーション)があります。そのあと、すぐに医療魔術師のもとへ飛びます。わたしは傷を癒やす魔術をまだ使えなくて」


 森の入口に近い箇所だった。

 シェイラは一端、着陸する。


 イディオンの体を適当な場所に横たえる。

 腹部からの出血があるが、急所は外れていることを確認する。


(これなら……)


 大丈夫。問題ない。イディオンは助かる。


 そう思うと、もう一度、ほっと息が漏れ出た。

 イディオンの頭を起こしてやると、腰袋から出した薬水瓶(ポーション)を口に持っていってやる。瓶を傾ければ、イディオンは苦しそうにしながらも、なんとか飲み終えた。


 それでほんとうに、シェイラは体中がゆるんだ。

 大丈夫だ、と繰り返すように自分に言い聞かせる。


「イディさん、そしたら皆さんがいるほうへ行きましょう。なにが起きたのか事態も把握しなければいけないですし、それにまだ霧が——」



 ——視界に瞬間、光の粉が舞った。



 {転移}の残光。金色の光の粉。どこまでも輝かしく、どこまでも眩しい。


 そして、あたたかな光。


 現れた光に、シェイラは、どこか遠くの自分が気がついた。


 そうだった、と。

 夢中になって、忘れていた。いるのだ。来ていたのだ。こっそりイディオンに会って、会いたくなかった人。


 決してもう、絶対に会うことはかなわず、会ってはいけない人。


(でも……)



 ——会いたかった人。



「……トール」



 シェイラはつぶやく。

 現れた金の髪に、紅の双眼を持つ姿に。



「——ラータ……」



 ただ、互いの瞳を映す。





(第6章:できそこないの王子——中編・了——)


いつもお読みいただいている皆さま、ありがとうございます……!

楽しんでいただけましたら、ブックマーク、★評価をいただけますと、大変励まされます!

次章より「できそこない王子」後編となります。第一部のクライマックスとなりますので、楽しんでいただけましたら、幸いです。

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