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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第1章:落ち着きのない子

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12話:落ち着かない理由(1)

(なにから話しましょうか)


 シェイラはどことなく緊張している様子のキルシュを見て、話題の切り出し方を考えていた。

 完全に仲良くなったわけではないけれど、そこそこの信頼は寄せてもらっていると感じる。だからこそ、切り出し方をまちがえると詰んでしまう。仕損じた関係を戻すのには時間がかかってしまうだろう。


 なにから話すのが得策か、と頭をひねる。

 ひねってもたいしたことは思い浮かばず、ふいに、昔の婚約者の顔が浮かんだ。こういう時、人当たりのよかった彼だったら、思いやりのある彼だったら、どんなふうに話を切り出すのだろう、と。


(あの人だったら……)


 きっとやわらかく、なにかを隠すようでもなく、素直に尋ねるのだろうと思った。

 そう思い至ると、キルシュにも率直に尋ねてみようと唇を湿らす。



「——キルシュ師は、なにを大事にして、教えていらっしゃいますか?」



 シェイラが小首をかしげて尋ねれば、キルシュは黒い目を(みは)ってシェイラを見返した。


「キルシュ師が大事にしていることを踏まえながら、ユートさんのことをお話したいです」

「私は……」


 シェイラがもう一度繰り返すと、キルシュは幾分ためらうようにして唇を引き結んだ。視線が離れ、ひび割れた石の床に移ろう。

 言葉を継ごうとして、やめた。急かすものでも、無理やり話させるものでもなかった。


 きっと彼だったら、彼であれば、そうやって待つであろうと思った。

 静かなる沈黙にとけこむように待ってみる。石の床に静寂がとけこむ。

 ややもすると、キルシュの移ろっていた双眸が、シェイラに戻った。引き結ばれていた唇が、縫合がほどけるようにして開かれる。



「私は……私の学環(がっかん)では、規律を大事にしています」



 シェイラは肯いた。

 翰筆(ペン)墨壺(インクつぼ)を出して、筆記本(ノート)に記録する。書かなくても覚えられたが、あなたの気持ちを大事にしたいという尊重を込めて記した。

 規律、と書いて、下線をしゃっと引く。


「たとえば……、授業中は私語を話さないとか、椅子に座って過ごすとか、そういうことですか?」


 たしかめる。すぐに肯定があった。


「……はい。集団の統率のために、規律は必要なものだと思っています」

「たしかに、そうですね」


 そこに否定するべきものは見つからなかった。

 学環の統率のためには、ある程度の規律はあったほうがよい。それは同意だ。規律も約束もなにもない集団というのは、集団それ自体の強靭(きょうじん)さが試されてしまう。


「わかりました」


 初日に感じたこともあったが、頭から振り払った。自分が感じたことよりも、学環を仕切るキルシュがどう考えるのかが大事だった。そのなかで、どうできるか。どう工夫するか。それを考えるのが、自分の仕事なのだ。

 シェイラは緊張するキルシュをほぐすように、にっこりと笑った。


「では、規律を重んじつつ、手立てを講じていきましょう」


 キルシュは、どこかほっとしたように肩の力を抜いているように見えた。その様子を確認して、シェイラもほっとする。切り出し方はまちがっていないようだった。

 ここからはシェイラが話す場だ。


「では、まず、わたしが分析できていることをお話させてください」


 少し難しい話かもしれませんが、と断ってから一呼吸置く。息を吐き出すように、唇を開いた。


「——ユートさんの場合、あらゆる根本の原因は、感覚の感じ方や使い方がうまくいっていないことです。感覚が鈍いのです」

「感覚……?」


 キルシュが自らも筆記本を出しながら尋ねる。


「はい。特に、皮膚の内側、体の内部の感覚です。キルシュ師は、感覚には五感以外にあるのも知っていますか?」


 シェイラの問いにキルシュの首が振られる。はじめて聞いたという表情だった。

 シェイラは、なるべく伝わりやすいように、言葉を選んでいく。


「ヴェッセンダリアでは、身体学という学問があります。分類次第によりますが、五感以外にも細かく分けると十を超えます。その十をすべて説明していると話が脱線してしまうので、ここでは五感以外の三つの感覚を話題にします。

 ひとつ目は、体の筋肉や関節、腱などの動きを感じる感覚です。固有覚(こゆうかく)とか、固有受容感覚こゆうじゅようかんかくとか言われたりします。だいたいの人は無意識に働かせています」


 シェイラはそこで、一旦言葉を区切った。はじめて聞く概念だろう。具体例を考えて付け加える。


「たとえば、わたしたちであれば、さきほど椅子に座る時に腰を下ろしたり、机のあいだを移動したりしたと思いますが、物にぶつからずにそういった動きができるのは、きちんと固有覚が働いている証拠です」


 へえ、とキルシュが言う。面白いと表情が言っていた。


「この固有覚ですが……通常働いていればよいのですが、人によってはこの感じ方が鈍かったり、逆に敏感だったりします。ユートさんは、()()()()()()()()()


「鈍いと判断できる行動があるのですか?」


「あります。先日、体術と算術の授業で見て取れました。鈍いと、どういう行動に結びつくと思いますか?」


 シェイラに逆に問われたキルシュは顎に指を当てて考えた。

 ユートの行動を思い出しているのか。今日知った固有覚という情報から推測しているのか。どちらの情報も照合しているのかわからなかったが、しばし考える時間があった。


 それから、はたと気づいたように口を開く。


「力が強い行動になる……?」

「ええ、その通りです」


 シェイラはつい、大正解! と声をあげそうになったが、相手が歳上だったことを思い出す。ついつい遊び心が出てきてしまう。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが感覚が鈍い人の行動の特徴です」


 少し抽象的な説明かもしれない。シェイラはユートの例で置き換える。


「ユートさんは、常に力をいっぱい出していないと固有覚を感じにくいのでしょう。常に動いていないと、体が落ち着かないのです」


「それは……授業中に姿勢が崩れてしまったり、物の扱いが乱暴に見えるのにも関係しますか?」


「はい、おっしゃる通りです。動いていないと、自分の体がどこにあるのかわからなくなってしまう、という感じです。自分の体が自分じゃないような、そんな感じです」


「…………」


「翰筆を使うような写本の時も一緒です。書いている時に力を込めないと感じにくい。常に力を入れている状態で、ゆるめ方がわからないのです。なので、()()()()()()使()()()()()、疲れてしまったり、うまく字が書けなかったりして、結果いらいらするんです」

 

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