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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子─中編─

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119話:逆算する魔法


「そろそろ、ちゃんと教えて」


 うまくいった喜びに浮き立つシェイラに、イディオンは呆れたように言った。呆れながらも笑顔で、少年らしく、成功ににやけてもいる。

 説明してもらわないと、自分になにが起きたのかわからない、と。

 たしかに、思いついたまま行動して、きちんと説明をしていなかったことに気づく。



「一言で言えば、イディさんの魔法は、結果からいきなりぽんと出す魔法です」


「ぽんと出す?」


「ふつう、〈導脈〉の魔法というものは、さきほども話した通り、積み上げと過程が大事です。ただしい過程を踏むことで、導かれる解。それが〈導脈〉の魔法です」


「うん」


「ですが、イディさんの場合は、先に解がある。明確な解があれば、実現が可能な魔法です」


「解?」


「それが、表象です。これを出す、これを起こす、見たものや想像したもの……もしかしたら望むものを実現させる魔法。それがイディさんの魔法です」


 イディオンが悩ましげに顎に手をやる。


「はっきり像が結ばれていないといけないということ?」


「そうです。そもそもイディさんの〈限局症〉は、過程を踏むことの難しさがその正体……だと思われます。静電気が走ったみたいな、とおっしゃっていたでしょう?」


「ああ」


「それに、呪文や魔法陣もまた、解を導き出すためのものです」


「そうだね」


「だから、きっと呪文も覚えられず、頭のなかで魔法の過程を踏めなかった……のだと思います。これは少しきちんと調べてみなければわかりませんが、おそらくそうなんじゃないかと。算術や推論の〈限局症〉の症状に似ているかもしれません」


 算術における計算の難しさに通じるものだと、シェイラは考えていた。加算が理解できない、時間の概念が理解できないなど、人によって症状は異なるが。


「それで、結果から?」

「はい」

「結果からぽんと出しちゃえばいいって?」

「そうです」

「むちゃくちゃな発想だ」


 イディオンは笑った。とんでもないものを聞いた、と。今までで一番大きな笑い声だった。


「考えつかないよ、そんなこと」


 ひとしきり笑い終えて、笑いすぎて浮かんだ目尻の涙をぬぐいながら、イディオンは言う。


「でも、イディさんならできると思いましたよ」

「なんで、そう思った?」

「あれだけすごい絵をさっと書けるほどしっかり思い浮かべられるなら、できると思ったんです」

「あれが役に立ったんだ」

「そうです。強みって言いましたでしょう?」


 シェイラは仁王立ちしながら言う。

 一方のイディオンはしばし悩んだ。


「……そしたら、ぼくが今までやってきたことはやっぱり無駄だったのかな。理論とか、書く練習しても、結果を表象できればよかったんだから」


「あ、また後ろ向きになっていますね」


 シェイラは、むう、と頬を膨らませた。

 興奮醒めやらぬ状態なので、好き放題話す。


「言いましたでしょう。無駄ではないです。うまくいかなかったことも成果だと」


「それはそうだが……」


「それに、結果だけじゃ意味ないんです。無意識下で、それに必要なものをイディさんはちゃんと変換しているんですよ。必要なものを理解して体のなかでわかっているから、ぱっと結果を出せるんです」


 説教をするようにシェイラはつづける。


「ふつうの魔法が積み上げ式なら、イディさんのは逆算型です。どうしてそうなるかもちゃんと理解してないと、結果に必要な逆算を導けません」


「…………」


「だから、無駄ではありません。うまくいかなかったことがわかった成果じゃなくて、成果につながるための大事な学びのひとつだったんです」


 わかりましたか、とシェイラが締めくくると、イディオンは今度は泣き笑いのような顔をする。


 シェイラがうまくいった興奮で言葉数が多くなっているように、イディオンは情緒が不安定なようだった。なんとかこらえながら、シェイラに笑みを向ける。



「あなたは、そういう人だった」



 シェイラは機嫌よく、満悦を浮かべる。


「はい。褒めてくださってもいいですよ?」

「ほんとうにすごい人だ。……心から、感謝する」

「はい、どういたしまして」


 シェイラの誇らしげな様子にイディオンが笑って、その笑みに、シェイラも笑みが浮かぶ。



「——魔法が」



 機嫌のよいまま、ひらり、と回る。


「こんなに楽しいものだった、と久しぶりに思い出しました」


 葡萄色の長外套(ローブ)が広がる。


「わたしこそ、ありがとうございます。イディさん」


 止まって後ろ手に言えば、イディオンもまた笑った。


「どういたしまして」


 柳弦(リュート)の音は、どこまでも詠嘆と響いたのであった。





 翅で風を切りながら思い出していると、シェイラはくすぐられたように笑いが込み上げてきた。


(イディさん、驚くでしょうか)


 結局、狩猟祭に行く行かない話は、曖昧になってしまったから、きっと来ないと思っている。


 シェイラがこっそりでも現れれば、びっくりするだろう。

 ユートが言っていたように、来れないはずの自分が来たら、きっとイディオンはすごく喜んでくれるだろう。


 確信があった。断言できる。

 イディオンのその笑みが見られるなら、こそこそとなってしまっても、行く価値があると思えた。


(あれですね)


 シェイラの視界に離宮が目に入る。

 近くのこんもりとした森と、その先に見える渓谷。あれが狩り場だろう。

 シェイラは息を吐く、それからすうっと秋の涼風を吸って、感覚を{拡張}させていく。イディオンの気配をさぐる。


 以前渡した、お守り(タリスマン)


あれを見つけるようにして、銀と縹色をさがすようにしたとき、ぶわっと肌が波立つような気配を感じた。地中から突如現出したような、広がるような、不快を覚える。


(なに?)


 シェイラは、視界を{強化}する。


 そして、目にする。

 峡谷の、谷底から、水が溢れ出すように霧が湧くのを。


(これは……)


 いやなあまいにおいが、鼻腔を通りすぎていく。

 シェイラは速度を上げる。森へ急ぐ。

 早鐘が、鳴る。


 ——だめ。


 いけない。これは、いけない。


(イディさんは、どこ……)


 気配を探す。闇の魔術を描く。お守りを{探索}の対象へ。


 瞬間、シェイラの横を加速したなにかが、よぎっていった。視認できない速度。

 振り返る。


 {探索}で感じ取った気配も、また後ろ背に高速で過ぎていったからだ。



「——イディさん……っ!」



 シェイラは、叫んでいた。

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