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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子─中編─

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118話:シェイラのたくらみ


「——シェイラ師、なにしてんの?」


 風ノ日、シェイラがしゃがみながら、中庭でぼうっとしていると、ずいっと上からユートが覗き込んできた。赤銅色の髪で視界がいっぱいになる。変わらず、ネコのような様子だった。


「なにしているように見えましたか?」

「うーん、アリさがし?」

「そうですね。アリはたしかにいましたが、今はちょっと考えてました」

「考えてた?」

「そうです。どうしようかなーと」


 今日は、イディオンが話していた狩猟祭の日だった。

 今は首都魔法学園の〈昼餉ノ憩い〉の時間で、ここからであれば翅を使って飛べば、郊外の離宮近くまでそれほど時間はかからない。


「ユートさん、ちょっと先生の相談に、乗ってもらってもいいですか?」

「いいよ」


 ユートは、シェイラのすぐ横に来て同じようにしゃがむ。


「えっと、ユートさんがもし、自分のかっこよいところを見に来てって誘ったのに、お父さまが来てくれなかったら、どんな気持ちになります?」


「かなしいに決まってんじゃん!」


「ですよね。でも、仕事で事情があって来れないってわかってたら?」


「うーん、そりゃあ、しょうがないって思うけど……」


 言いながらユートはずっとしゃがんでいるのが飽きたように、小さなアリを指に乗せはじめる。


「思うけど?」


「でも、やっぱり来てほしい……我慢したいけど、来てほしい。難しいのに来てくれたら、ちょー喜ぶ!」


「そうですよね」


 シェイラは肯く。やっぱりそうか、となる。

 よいしょ、と立ち上がる。そうすると、ユートが猫のように見上げてきた。


「ありがとうございます、ユートさん。先生、今日は少しはやめに帰っちゃおうと決心しました!」


「え! 今日せっかくのスズムシさがしの日なのに! 競争するんじゃなかった?」


「すみません、そしたら、それは来週に! 必ずやりますので」


「約束だよ?」

「わかりました!」


 シェイラは元気よく手をふって踵を返す。

 それから、はたと気がついて、ユートのところに戻った。


「次の、火炎魔術の試験、応援してますね!」


 シェイラが声をかけると、ユートは一瞬、なんだっけという顔をしたが、思い出したように顔を明るくした。


「うん! がんばる!」


 ユートに別れを告げて教導館に入る。

 シェイラはキルシュ師の背を見つけて、声をかけた。


「どうかしましたか?」


 席に座っていたキルシュは、シェイラに朗笑する。(インク)のような瞳は、やわらげに細められた。


「すみません、キルシュ師。急で申しわけないのですが、このあと、はやく帰らせていただいてもいいですか?」

「それはかまいませんが……どうかしましたか?」

「いえ、ちょっと所用を思い出しまして」


 王族に狩猟祭を見に来てほしいと言われた。理由を話したら、キルシュ師にびっくりされてしまう。


「わかりました」

「ほんとうにすみませんです」

「いえ、むしろ、いつもありがとうございます」

「とんでもないです!」


 丁寧に頭を下げるキルシュにシェイラは両手を上げて恐縮する。

 それから、ユートと同じことをキルシュにも伝えた。


「次の、火炎魔術の試験結果、楽しみですね! また来週、結果を教えてください」


「はい、もちろんです。私も少し……、楽しみにしています」


 この半年の積み重ねが、少しでもユートの自信につながる、なにかになればいい。


 キルシュとシェイラは暗黙に交わした。






(こっそりであれば)


 きっと、ヴィクトルにもヒバリにも会わずにすむ。


 シェイラはそう思って、飛翔する。翅を広げる。


 秋の空は、清々しいほど突き抜けていた。どこまでも青く、澄んでいて気持ちがいい。陽のあたたかさと涼しさがまざりあって、飛んでいるだけで心地よかった。


 上昇すると、王都ガルバーンは、小さく見えた。それでも大きな都で、王城の山もまたよく目立つ。


 風の心地よさに乗りながら、シェイラはついこのあいだ、イディオンがはじめて魔法を成功した時のことを思い出した。



 あんなに胸が熱くなったことは、どれくらいあっただろう。



 魔法の実験がうまくいって楽しかったことは、どれくらいあっただろうか。


 イディオンのぽかんとした顔も忘れられない。驚きすぎて言葉を失って、それからいろいろな思い出と過去の感情が詰まった、きれいな笑みを浮かべていた。


(よかった)


 ほんとうに、よかった。


 ——はやくいい方法を見つけなければ。期日までに急がなければ。


 焦りがあったはずなのに、イディオンのあの笑みを見られたら、もうどうでもよかった。


 ただ、うれしくて、うれしくて、自分のなかに広がっていた漫然とした焦りは、あの時のつむじ風と一緒に吹き飛んでしまった。


 滲むような、この熱い気持ちを、きっとシェイラとイディオンはともにした。

 それだけでもう、よかった。


(あとは……)


 ゆっくり着実にやっていけばいい。急がず焦らずやっていけば、きっとすごい魔法に育つ。魔術を越えて、魔導へと至っていく。



 ——イディオンの魔法は、既存の理論を根底から覆すものだった。



 シェイラはそれを、表象と称す。今あるどの魔法系統にも属さないものだと考えていた。

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