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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子─中編─

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117話:狩猟(2)

「そんなのではありません」


 どんなのだ。待っていると、イディオンはつぶやくように言う。


「あの人は、私の……師みたいな人です」

「師みたいな?」

「……いろいろ教えに。私の問題を真摯に向き合ってくれる、すごい人です」

「そうか」


 イディオン王子にとって、得がたい師なのだろう。

 からかって悪い気持ちになる。


「すまない。師に対して変な気持ちにさせたな」


 ヴィクトルが言えば、イディオンはヴィクトルを見上げた。

 束の間ののち、返答がある。


「……女性ではあります」


「ほう?」


 それは興味深い。いくつだろうか。

 またヴィクトルは悪戯心が沸いてくるが、さっきの反省があるので黙っておく。


「……変な人でもあります」

「変な人?」

「なんというか……無遠慮というか距離感をわきまえないというか、変なところが一方的というか……」


 ああ、なるほど。


 ヴィクトルは理解する。

 複雑な年頃なのに、べたべたさわってくるのだろう。そういう女は、意図的でも無意識でもいる。好きでもない女であれば、いい迷惑だ。


「悪女だな」

「……悪女ではありません。いい人です。信じられないくらいに」

「そうか。それは……複雑だな」

「複雑です」

「でも、いい人」

「いい人です。少し心配になるくらいには」


 王子は師のことを思い出しているのだろう。赤みは落ち着いて、ほがらかな表情をしていた。


「なにか心配なことがあるのか?」

「……心配というか、人のために自分の全部を(なげう)ってしまうような危うさがあります」

「なるほど」


 たしかに、それは心配になる。


「ぼくは……」


 イディオンの表情から、ヴィクトルに相対する面のようなもの落ちる。


「あの人に感謝しています。恩とも、いえ、それ以上のものをもらいました」


「そうか」



「——ありのままでいい、と言ってもらったんです」



 イディオンは言う。

 その言葉は、ヴィクトルもかけたことがある。……決して、伝わることはなかったけれど。


「ありのままでいい、という言葉は、特にぼくにとって珍しい言葉でもなかったんです」


 ヴィクトルは不思議な気持ちになってイディオンを見る。

 王子の表情は自嘲的だった。


「数多く、言われました。ぼくは魔法が……使えなかったんですが、使えなくてもいい、そのままでもいい十分だ、と言われてきました。できそこない、と言われるのと同じくらいには」


 ヴィクトルは聞きながら、内心で驚きを覚える。本人が語ってくるとは思っていなかった。


「ですが、その言葉は……、ぼくを認めているようで、ぼくの、魔法が使えるようになりたいという気持ちを、まったく無視した否定でした」


 イディオンの言葉に、ヴィクトルは、はっとする。槍を受けて、痛みが瞬時に広がるようだった。

 対するイディオンは、次の瞬間には晴れやかな、ちょうどトビが舞う空のような表情であった。


「それを、あの人は認めてくれました」


「…………」


「魔法が使えるようになりたいという気持ちと、ぼくがあがいてきたすべてを丸ごと、包み込むように、ありのままでいい、と言ってくれました。ぼくが忘れていたことも拾いあげてくれて、一緒にやっていこう、と」


 イディオンは一拍置く。


「感謝してもしきれません」

「……そうか」

「野ウサギ一匹では、全然足りないです」

「……そうだな」


「だからぼくは今まで以上に努力して、あの人にこの気持ちを返したいです。今度はぼくが、あの人の危うさをどうにかしてあげたい」


 衝撃は、幾分鎮まっていた。代わりに、悔悟の念が高まる。


(そう……だったのか)


 ヴィクトルのなかで、イディオンの気持ちを聞いてわかったことは、悔やんだものを濃くした。


(ラータ、君は……)



 魔法が使えるようになりたい、という気持ちごと受け止めてほしかったのか。



 だから、いつも、どこか浮かない顔をしていたのだ、とヴィクトルは悟った。


 使えないままでもいい、という言葉が、彼女を傷つけていたかもしれない。

 思い至ると、また新たな苦渋を覚える。悔やんでも悔やみきれないものが深まる。もう取り戻せないものが、また色を濃くする。


 一方で、また思うのだ。


(それほどまでして……)



 ——なぜ、魔法を得たかったのだろう。



 その疑問は、解消しないままだった。


「いい師と出会ったな」


 自分の後悔も乗せながら、ヴィクトルはイディオンにそう声をかける。

 イディオンは秋空の、いい顔をしていた。


「はい」

「まずは、ウサギを喜んでくれるといいな」


 その言葉に、イディオンはいささか表情を曇らせた。げんなりしているようにも見える。


「ただあの人……」

「ん?」

「すごい……偏食なんですよね」

「ああ……」


 ヴィクトルのなかにもひとりだけ思い当たる人物がいる。

 たしかに、偏食だけはとても困った。


「……ウサギ食べてくれますかね」

「偏食だと……どうだろうな」

「無理ですかね」

「無理かもしれない」

「……そうですよね」

「毛皮のほうで、感謝は伝わるさ」


 ヴィクトルがそう言えば、イディオンは少しだけ表情をよくした。


 ふたりで森を歩きながら、次にヴィクトルが杏ギツネを、王子が朱ガモを射た。陽は中空を越えて、午後に傾いていた。

 勢子(せこ)や護衛なども近隣をうろついていたが、ヴィクトルとイディオンに配慮して、目に見える範囲はいなかった。


「昼餉にしようか」


 そうヴィクトルがイディオンに提案した時、ばさっ、という大きな羽音がした。


 近く、はやい。

 ばさっ、というもう一度大きく羽ばたく音。


 音とともに、ヴィクトルとイディオンのあいだを陣風が吹き抜けた。目も開けられない風が吹き抜けていく。


 ——かすかな香り。霧のにおい。


 まぶたを開ける。たしかめた。



「王子?」



 イディオンが、いなかった。

 


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