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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子─中編─

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116話:狩猟(1)


 ピーヒョロロロロー……


 トビの声が、聞こえる。秋空の高いところを旋回している。

 ヴィクトルたちと同じように、冬越えの前に肥えた獲物を狙っているのかもしれなかった。


「——見えるか?」


 ヴィクトルが後背に尋ねれば、銀髪の——イディオン第一王子が肯いた。


 まだ、幼く見える。十も越えていない顔立ち。けれど、実年齢は十六なのだという。

 数えでは、ヴィクトルより三つ下になる。年をまたげば、四つ下。二つ下の弟たちとのほうが年齢は近いだろうが、そういう姿には見えなかった。


 〈導脈〉に関係する成長の遅れなのだと、女王より聞いていた。当初は〈導脈欠損症〉と言われていたらしい。最近、べつの理由だとわかったのだという。


(導脈欠損は……)


 誤診であったのであろう、とヴィクトルは思う。

 導脈欠損で成長の遅れなど聞いたことがない。通常の発育をするはずだ。もちろん医術師ではないから断言はできないが、ヴィクトルが調べたかぎり、そういう症例は見当たらなかった。



 ——〈導脈欠損症〉は、かつてシェイラが診断を受けたものだった。



 〈導脈〉を使う魔法は使えない、と言われた時の彼女の顔をよく覚えている。青褪め、血の気を失い、震えるようにしていた顔を。


 それほどまで、魔法が使いたかったのだろうか。

 シェイラがある種取り憑かれたように、〈導脈〉に関する魔法の理論を学んでいたのは知っているし、わかっていた。けれど、そこまでのことであっただろうか。


 気落ちする婚約者のために、当時ヴィクトルは東奔西走して、書物を集め、過去の研究や症例を漁り調べたが、どうにかする術は見つからなかった。



「君は、君のままでいい」



 だから、ヴィクトルはそう声をかけた。本心からだった。


「トール……」


 シェイラは悄然とヴィクトルを見た。


「真の魔法は、手間にこもるのだろう?」

「……はい」

「ラータの魔法は、時間をかけて、手のこもったものだ。〈導脈〉なんかなくても、君の手にはきちんと魔法がある。君の母君から教えられてきたものが」

「…………」

「だから、君のままでいいんだ」


 気にしなくていい。そう、励ましたつもりであった。

 ヴィクトルは、ほんとうに気にしていなかった。なのに……


(なぜ、彼女はあれほどまでに〈導脈〉の魔法にこだわったのか)


 未だに、ヴィクトルにはわからなかった。


 そのわからない部分が、ヴィクトルとシェイラの道を分けてしまった。

 それはただ、悔いとして残響している。



「——このまま、狙ってもいいですか?」



 イディオンの声に、ヴィクトルは移ろっていた意識が戻ってくる。

 少し先、ブナの幹を越えた先に、一匹の野ウサギが草を食んでいた。幹より手前の茂みに潜むヴィクトルとイディオンの気配には気づいていない。


「射れるか?」

「はい」

「よし、やってみよう」


 ヴィクトルが許可を出すと、イディオンは破顔した。少年のようだが、幼さの見える笑い方ではない。十六という年齢を重ねているからだと思えた。


 イディオンはそっと一歩後ろに下がって、背負っていた矢筒から矢を構える。大人の弓よりは小ぶりな弓であったが、それでもイディオンの背丈からすれば大きい。


(扱いきれるか)


 ヴィクトルの心配はよそに、イディオンは弓弦を強く引き絞ってみせた。

 ひゅんっ、という音。野ウサギが反応して逃げるより先に、どすっとした音が響いた。近くの小鳥たちが空へと飛んでいく。


 イディオンの矢は、正確に野ウサギを射ていた。


「うまいな!」


 ヴィクトルは素直に驚いて、声をかける。

 褒められれば、イディオン王子も緊張する面持ちから表情をやわらげた。


「王太子殿下にコツをお聞きしたおかげです」

「いや、王子の才であろう。聞いたところで、動けるものは少ない」

「さきほど、シカを射るところも見させていただきました。あれがよい手本になりました」


「謙遜するな」


 ヴィクトルは笑う。


「素直に喜べ」


「では……」


 イディオンは噛み締めるように言う。


「うれしいです」


 屈託のない笑みを浮かべると、見た目どおりの年齢のようだった。


 ヴィクトルもうれしくなる。昔、弟たちに弓を教えてやった時の気持ちを思い出した。楽しい気持ちとともに、懐かしくなった。


 久々に爽やかな心地を得る。秋の澄んだ空気が肺を充満しているようで、気分がよかった。

 仕留めた野ウサギはすみやかに血抜きを行って、腰袋に入れてきた紐で足をくくる。指笛を吹けば、飼いならす鷹がやって来て、野ウサギを天幕のある草地のほうに運んでいった。


「あの獲物を捧げる相手は決まっているか?」


 ヴィクトルが問えば、隣を歩むイディオンは少しだけ口ごもった。


「いるにはいますが……」


 悩んでいる。

 弟たちに対するものと同じような悪戯心を覚えて、ヴィクトルは、にっと唇に弧を描く。


「女か?」

「ち、ちがいます!」


 イディオン王子が慌てた。両手を振って、首や耳を赤くして、思いっきり否定をする。

 ヴィクトルは大いに笑った。


「そうか、女か」

「え、いや」

「まあ、そうだな。王子にも、好いた女のひとりやふたりいるか」

「あの」

「貴族令嬢か? 今日は来ている?」

「……ちがいます」


 しょんぼりした声に、ヴィクトルはからかうのはやめることにする。

 イディオンの顔まわりは赤いままだったが、肩はしょげていた。


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