114話:黒檀と査問官
黒檀の間には、シェイラだけでなく、他に男と女が二名いた。
紺色の長外套に、背には魔除けのエクリプサの葉と、槍十字。——査問院の査問官の紋章だった。
シェイラは訝しみながらも、入室する。
黒檀の机には変わらず、鶴の魔鳥がいて、いやな気分になりながら、十分な間を取った。
「——シェイラータ、参りました」
「では、早速話すとするか」
黒檀は、執務机のうえで陽に焼けた色の手を組んだ。地肌の色に合わせるように、髪は焦げ茶で、目は黒光りしているけれど、鶯色をしている。
黒檀と皆が言うので、はじめシェイラは黒尽くめの人間を想像していたが、そんなことはない。長外套は真っ黒だが。
「シェイラータ、手短に話す。おぬしに調べてもらいたいことがある」
あれを、と言われると、女の査問官がシェイラのところに来て、魔法紙になにかを{投影}した写し紙を渡した。
受け取って、じっくりと見る。
「それが、なにかわかるね?」
「〈完成された文字〉と〈線上文字〉……呪術に使われる魔法陣ですね」
「そうだ」
見たものを口にすると、黒檀が肯く。
「先日、事件のあった現場に残されたものです」
情報を付け加えたのは、男の査問官だった。
「どんな事件ですか?」
シェイラが尋ねると、今度は女の査問官が答える。
「男性が一人殺害されました」
「どのように?」
訊かずとも陣を見れば明白であったが、シェイラは念のために尋ねる。
「〈猿猴〉に喰われて殺されました。屋内で、です」
見覚えのある魔法陣だ。——リヨンの友人、レーネの合切袋に入っていたものとほぼ同一のものだろう。
「倒すことはできたのですか?」
「殺された人間の隣人に討伐隊で名が通っているものがいまして、たまたま非番で、その方が討伐されました」
「それはよかったです」
召喚されたものであれば時間を置けば雲散するだろうが、一定の被害の可能性はありうる。
「それで、これの犯人をわたしに調べろということですか?」
「異なる」
黒檀が否定する。
「それは査問院の仕事だからな」
査問官たちがうなずく。
査問院は、国に所属する。罪を取り締まり、関連して、表沙汰にはできない呪いや呪術まわりの調査や粛清も行っている。
「では、わたしはなにを……?」
シェイラが首をかしげれば、男の査問官が端的に述べた。
「おおもとの出どころを調べていただきたいのです」
「おおもと?」
最近、と男はつづける。
「このような事件が多く、増えているのです。家のなかに蟲が出て、住人が殺されるということが。庶民にとって〈霧除け〉を施している室内に蟲が出るのは一大事です」
「決まって、この魔法陣がどこかしらか出てくるのですが……」
女の査問官が言葉を濁す。
「我々の{探索}では、出どころがわからないのです」
「おおもとを調べたいということは、実際に使った人間は、突き止められているということでよろしいですか?」
「そうです」
なるほど、とシェイラは理解する。
「それは厄介ですね」
人が呪術によって呪い殺され、直接呪った者は捕まえられるが、この陣の出どころはわからない。そういうことだろう。
その出どころを、黒檀は調べろと言っているのだ。
「……〈魔女の騎士〉」
シェイラがぽつりと言うと、査問官たちも肯く。
「我々もそう見て取っております」
「ですが、彼らは堅い誓いによって守られており、尻尾を出しません」
口々に査問官が言う。
「だから、呪法の魔導師シェイラータ、その尾をつかむことを命ずる」
黒檀は、そうまとめあげた。
シェイラは嘆息する。
ほんとうに、厄介な話だ。先日も交戦したばかりだというのに。
それも知っているから、シェイラに命じたのだろう。〈魔女の騎士〉と戦って生き延びるものはそう多くない。
「おぬしがガルバディアを発つまでが期限とする」
「……承知いたしました」
仕事を増やされてしまった。
シェイラは、大きく溜息をついた。
〜*〜
いろいろなことを調べ、考える一週間だった。
王都は、変わらず女王の在位記念と表敬訪問で沸き立っている。先日は、聖堂教会で聖女と聖剣使いが{祝福}の祭礼を開いたことで、信者に野次馬も加わって騒ぎになったという。
昔よりも、聖王国本国と比べてオルリア聖教の信者は少ないが、それでも各国にある程度の信者たちはいる。
(本物の聖女と聖剣使いを見て、信者は増えるかもしれないですね)
斜陽の教会側としては、ありがたい話にちがいない。
そういう話を小耳に挟んでいても、シェイラはどこか夢見心地だ。
明るく輝く王都の水面下では、一方で〈魔女の騎士〉が徘徊し、どこかで呪具が売りさばかれ、呪いを撒いていく。
呪具がはびこるということは、それだけ人々のあいだに呪いが溜め込まれているということだ。
それはおどろおどろしい。
学園や学院で習う歴史では〈気高き魔女の騎士団〉は滅びたとされているけれど、呪いに端を発するものはそう簡単に滅びたりしない。現に、王族貴族のあいだではその存在は認知されている。
(呪いは……)
どこから、生まれるのだろう。
いつ、抱くものだろう。
人を殺したいほどの呪いとは、なんだろうか。
(まるで)
霧のようだ。〈魔導霧〉と同じく、どこからか忍び込み、隙間さえあれば入り込んでくる。
そんなことを思いながら、階段をのぼっていると、見慣れた王子宮に辿り着いた。
(切り替えよう)
ヴィクトルのことがあったり、〈魔女の騎士〉のことがあったりで、気分がうつうつとしている。
そういうところを、子どもたちに見られるわけにはいかない。
——わたしは、〈導師〉シェイラータ。
魔法から魔術、そして、魔導へと至る路を導く者。
空っぽなシェイラには、もうそれしかない。




