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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子─中編─

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114話:黒檀と査問官

 黒檀の間には、シェイラだけでなく、他に男と女が二名いた。

 紺色の長外套(ローブ)に、背には魔除けのエクリプサの葉と、槍十字。——査問院の査問官の紋章だった。


 シェイラは訝しみながらも、入室する。

 黒檀の机には変わらず、鶴の魔鳥がいて、いやな気分になりながら、十分な間を取った。



「——シェイラータ、参りました」


「では、早速話すとするか」



 黒檀は、執務机のうえで陽に焼けた色の手を組んだ。地肌の色に合わせるように、髪は焦げ茶で、目は黒光りしているけれど、(うぐいす)色をしている。

 黒檀と皆が言うので、はじめシェイラは黒尽くめの人間を想像していたが、そんなことはない。長外套(ローブ)は真っ黒だが。


「シェイラータ、手短に話す。おぬしに調べてもらいたいことがある」


 あれを、と言われると、女の査問官がシェイラのところに来て、魔法紙になにかを{投影}した写し紙を渡した。

 受け取って、じっくりと見る。


「それが、なにかわかるね?」


「〈完成された文字(シッダム)〉と〈線上文字〉……呪術に使われる魔法陣ですね」


「そうだ」


 見たものを口にすると、黒檀が肯く。


「先日、事件のあった現場に残されたものです」


 情報を付け加えたのは、男の査問官だった。


「どんな事件ですか?」


 シェイラが尋ねると、今度は女の査問官が答える。


「男性が一人殺害されました」

「どのように?」


 訊かずとも陣を見れば明白であったが、シェイラは念のために尋ねる。


「〈猿猴(えんこう)〉に喰われて殺されました。屋内で、です」


 見覚えのある魔法陣だ。——リヨンの友人、レーネの合切袋(がっさいぶくろ)に入っていたものとほぼ同一のものだろう。


「倒すことはできたのですか?」


「殺された人間の隣人に討伐隊で名が通っているものがいまして、たまたま非番で、その方が討伐されました」


「それはよかったです」


 召喚されたものであれば時間を置けば雲散するだろうが、一定の被害の可能性はありうる。


「それで、これの犯人をわたしに調べろということですか?」


「異なる」


 黒檀が否定する。


「それは査問院の仕事だからな」


 査問官たちがうなずく。

 査問院は、国に所属する。罪を取り締まり、関連して、表沙汰にはできない呪いや呪術まわりの調査や粛清も行っている。


「では、わたしはなにを……?」


 シェイラが首をかしげれば、男の査問官が端的に述べた。


「おおもとの出どころを調べていただきたいのです」

「おおもと?」


 最近、と男はつづける。


「このような事件が多く、増えているのです。家のなかに蟲が出て、住人が殺されるということが。庶民にとって〈霧除け〉を施している室内に蟲が出るのは一大事です」


「決まって、この魔法陣がどこかしらか出てくるのですが……」


 女の査問官が言葉を濁す。


「我々の{探索}では、出どころがわからないのです」


「おおもとを調べたいということは、実際に使った人間は、突き止められているということでよろしいですか?」


「そうです」


 なるほど、とシェイラは理解する。


「それは厄介ですね」


 人が呪術によって呪い殺され、直接呪った者は捕まえられるが、この陣の出どころはわからない。そういうことだろう。

 その出どころを、黒檀は調べろと言っているのだ。


「……〈魔女の騎士〉」


 シェイラがぽつりと言うと、査問官たちも肯く。


「我々もそう見て取っております」

「ですが、彼らは堅い誓いによって守られており、尻尾を出しません」


 口々に査問官が言う。


「だから、呪法の魔導師シェイラータ、その尾をつかむことを命ずる」


 黒檀は、そうまとめあげた。

 シェイラは嘆息する。


 ほんとうに、厄介な話だ。先日も交戦したばかりだというのに。

 それも知っているから、シェイラに命じたのだろう。〈魔女の騎士〉と戦って生き延びるものはそう多くない。


「おぬしがガルバディアを発つまでが期限とする」


「……承知いたしました」


 仕事を増やされてしまった。


 シェイラは、大きく溜息をついた。



〜*〜



 いろいろなことを調べ、考える一週間だった。


 王都は、変わらず女王の在位記念と表敬訪問で沸き立っている。先日は、聖堂教会で聖女と聖剣使いが{祝福}の祭礼を開いたことで、信者に野次馬も加わって騒ぎになったという。


 昔よりも、聖王国本国と比べてオルリア聖教の信者は少ないが、それでも各国にある程度の信者たちはいる。


(本物の聖女と聖剣使いを見て、信者は増えるかもしれないですね)


 斜陽の教会側としては、ありがたい話にちがいない。


 そういう話を小耳に挟んでいても、シェイラはどこか夢見心地だ。

 明るく輝く王都の水面下では、一方で〈魔女の騎士〉が徘徊し、どこかで呪具が売りさばかれ、呪いを撒いていく。

 呪具がはびこるということは、それだけ人々のあいだに呪いが溜め込まれているということだ。


 それはおどろおどろしい。


 学園や学院で習う歴史では〈気高き魔女の騎士団〉は滅びたとされているけれど、呪いに端を発するものはそう簡単に滅びたりしない。現に、王族貴族のあいだではその存在は認知されている。



(呪いは……)


 どこから、生まれるのだろう。

 いつ、抱くものだろう。


 人を殺したいほどの呪いとは、なんだろうか。



(まるで)


 霧のようだ。〈魔導霧〉と同じく、どこからか忍び込み、隙間さえあれば入り込んでくる。

 そんなことを思いながら、階段をのぼっていると、見慣れた王子宮に辿り着いた。


(切り替えよう)


 ヴィクトルのことがあったり、〈魔女の騎士〉のことがあったりで、気分がうつうつとしている。


 そういうところを、子どもたちに見られるわけにはいかない。



 ——わたしは、〈導師〉シェイラータ。



 魔法から魔術、そして、魔導へと至る路を導く者。


 空っぽなシェイラには、もうそれしかない。


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