112話:茶のひととき
応接間に移って、ゆっくりと茶の時間となった。
出された茶は、栗の香るあまい茶だった。疲れた頭に、浸透していくような味わいで、癒やされるようであった。
無意識に体が張っていたようで、香るだけですうっと息を吐くのと同時に、肩甲骨に溜まっていたものが抜けていった。
「殿下も、シェイラータさまも、すさまじい集中力ですね。私には無理ですよ」
そう言ったのは、赤髪のゼイドだった。交代の挨拶に来て、そのままその場に居座っている。
「あなたは、剣をふるって頭を使うのが苦手だったものね」
びしっと言ったのはテニアだった。幼なじみのふたりは、こうやって時折、シェイラたちの前でも会話をする。イディオンの棘が取れた頃合いから、目にするようになった。
主人であるイディオンがまったく咎めないので、王子宮には最近和気藹々とした空気が流れている。
「だから、剣を使う仕事をしているんだ。強みを活かすというやつだ」
「はじめ仕事を全然覚えられなくて、私に泣きついてこなかった?」
「だれだって、はじめはやらかして情けない話があるもんだ」
「私は最初から優秀で、侍女長さまから褒めてもらったわよ?」
ゼイドとテニアのやり取りに、シェイラは茶を飲みながら、笑みがこぼれる。
「テニアさんは、どんなふうに仕事を覚えられるのですか?」
「覚えるもなにも、教わって聞いた通りを実施しているだけですよ。大事なことってきちんと説明されているはずですから、それを聞いて理解すればできます」
「なるほどなるほど。そしたら、ゼイドさんは、どんなふうに仕事を覚えられるのでしょうか?」
シェイラは興味深く尋ねる。
イディオンは、シェイラの問いに耳を傾けながら、茶を飲み終えて手持ち無沙汰になった手元で、白色粘土を転がしていた。シェイラが持ってきた触媒のひとつだった。
「覚えるというか、私の場合は身につけるって感じですね」
「身につける?」
「テニアはもともと賢いですけど、私は聞くだけじゃだめで、見ないとわかりません。近衛に任じられた時も、指導役の先輩は言葉が多い人で、私はさっぱりでした。だから、わからず失敗を——」
「言いわけは見苦しいわよ」
テニアの鋭い一言に、ゼイドが唸る。
「だって、聞いただけだとよくわからないだろう?」
「想像力が大事なのよ、想像力が」
「想像だけで補えないところがあるんだよ。百聞は一見に如かず、と言うだろう?
ちなみに導師、一番は、体で覚えるです。これが私は一番理解できます。だから、身につける、です」
「なるほどですね」
幼なじみの会話に、ほほ笑ましいものを感じながら、シェイラはまとめあげる。
「つまるところ、テニアさんは耳から覚えるのが得意で、ゼイドさんは目と体全身で覚えるのが得意ということですね? 仕事のはやい遅いというよりは、覚える方法が異なったということでしょう。はじめはどうしても、耳から教授されることが多いですからね」
シェイラがそうまとめれば、ふたりが納得したように首を縦に振る。
たしかに、と顔が言っていた。
「——失礼する」
そんな話をしていると、珍しくラムル師が登場した。相変わらずの不機嫌そうな顔で、長葱っぽい。
「どうかしましたか?」
シェイラが尋ねれば、ラムル師が、ふんっと鼻を鳴らしながら言う。
「シェイラータ導師、黒檀がお喚びだ」
「黒檀が?」
大学府の学長から召喚を受けるのは、イディオンの話を受ける以来だ。
なにかやらかしただろうか。
「おまえの知恵を借りたいそうだ」
「わたしの知恵……?」
「内容は知らんっ」
「いつまでに?」
「ここを辞する頃合いでよいとのことだ」
「わかりました」
ラムル師は言伝を終えればすぐに去るかと思いきや、空いている小椅子にどかっと腰かけると、足を組んだ。そのまま近くに置いてあるシェイラが持ってきた筆記本を勝手に取って、ぺらぺらとめくりはじめる。
(この方のこじらせ方はわかりましたが……人の物をさわる時は、許可を取ってください、許可を)
シェイラは白い目になりつつも、ラムルの有り様にだれも気にせず、テニアなんかはそそくさとラムル用の茶を淹れはじめるので、慣れているようだった。
イディオンも気にしている様子がない。
シェイラは、まあいいか、と勝手に見させておく。
「——よく調べられているな」
見終えたラムルが、ぱたん、と大きな音を立てて筆記本を閉じる。
「で、次はなにをするのだ?」
「考え中です」
「ふんっ。〈限局症〉と証明するにはちょうどよい結果の集合体だな」
ラムルが言えば、イディオンがちらっとラムルを見た。
以前のふたりのやり取りを思い出す。
——結果を見て、ラムルの言っていたことが真か否かわかると言っていたやり取りだ。
(真ですよ)
ラムルは正しかった。今日でよくわかった。
だからこそ、シェイラはくやしい。まだ、なにも導き出せていない。——イディオンの、役に立てていない。
ぎゅっと長外套の裾を掴む。そんなシェイラの様子を、イディオンが白粘土をさわりながら見る。
「これはひとつぼやきだが」
ラムル師が、茶を口にしてから言った。
「シェイラータ導師は多感覚法を知っているな?」




