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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子─中編─

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110話:試行と焦り(1)

 静寂ノ日明けの、福音ノ日。


 王子宮への勾配に足を使っていると、秋の深まりを感じた。空気のなかに、紅葉のにおいと静けさ、そして〈魔導霧(きり)〉の残り香を感じる。

 今朝も鐘の音が聞こえたから、どこかで蟲が出たのであろう。


(そろそろ、秋霞がやってくる)


 犠牲が出なければいい、とシェイラは思う。


 シェイラのように親を失う子、あるいは子を失う親、そういう深い哀しみが積み上がらないでほしい。



 ——〈霧蟲(むし)〉とはなんであろうか。



 この季節になると、いつも頭をよぎる。


 蟲を作り上げる霧もまた、なんであろう。


 随分と昔、この大陸が大魔導師サージェストによって統一されたばかりの頃は、霧もなく、蟲もいなかったのだという。


 霧が出るようになったのは、百年に及ぶ魔導大戦のさなか。通説によれば、大戦によって空気中の魔力濃度が高まったことで、なにかしらの反応が起き、霧が生み出されるようになったという。魔導霧研究の老師は、他の説も研究しているが、シェイラはよく知らない。

 大戦で大陸中が疲弊しているなかで、たちこめるようになった霧は、当時の人々を絶望に追いやった。


 そこに現れたのが、魔導師オルリアが召喚した聖女。

 オルリアと聖女は、この一番はじめの霧を払い、魔導師ガルバーンが、その力で大戦の原因となったノザリアンナ呪了(じゅりょう)国と、ユベーヌ国を制し、大戦もまた終結を迎えた。


 オルリア聖教では、一連の流れを人間の大罪とし、聖女は救済の象徴であると吹聴する。


 過去のできごとで語り継がれていることが、どこまでほんとうで、どこまでが作り上げられたものかはわからない。

 事実を証明しようとしているものもいるけれど、シェイラのなかでは、今の人々が大事だった。


 霧で死ぬ者、大切な人を亡くす者。

 蟲との闘いで最前に立つ者、支える者。

 立とうと思っていても立てない者。


 オーズ師を思い出す。先日聞いた話によれば、あの教師は戦場に立ちたかったが、才がなかったのだという。だから、代わりに教師になった、と。



(そういう生き方も……)


 あったのかもしれない。



 けれど、シェイラは、その生き方を望んでいなかった。戦場に立ちたかった。なんとしても、魔法が使えるようになりたかった。


『なんのためにそれをするか、じゃないっすか? どうして、それを願うか、じゃないっすか?』


 オーズ師は、言っていた。



 ——なんとしても魔法を得たい。



 それがシェイラの願いだった。


(今も空っぽなままです)


 理由はもう、失った。失ったまま、ずっと虚ろさのある願いを抱えている。


(イディさんとは……)


 ちがう。


 魔法が使えないというのは一緒だ。だが、使えるようになりたい理由には、あまりにも差がある。空っぽなシェイラと、民や街を守りたいというイディオンでは、ちがいすぎる。


 わかり合ってしまっている、と思っていた。互いになんとなくわかり合ってしまっているところがある。導師と教え子という垣根を越えて。

 そう、思っていた。


(全然……ちがいます)


 聞けば聞くほど、知れば知るほど、シェイラとイディオンは根があまりにもちがいすぎる。


(あと数ヶ月……)


 ただ、純粋に国を想うイディオンの願いを叶えるためにだけ、シェイラはその時間を過ごす。






 王子宮に着くと、イディオンは最近定番のきっちりとした装いだった。今日は、浅縹(あさはなだ)襯衣(シャツ)で、瞳の色に調和していた。一方で羽織っている中衣(ベスト)は深緑で、秋らしさも感じ得た。


 扉をくぐってすぐ、ばちっと視線が合う。

 そうすると、ぱっと視線が思いっきり下げられた。


「……おはよう」

「おはようございます」


 どうやら、昨日泣いてしまったのが恥ずかしいらしい。うっすらと色白の耳元が染まっている。


(まあ、そうですよね)


 難しいお年頃だから、致し方ない。


 シェイラのほうがお姉さんで余裕があるのだから、いつもどおり接する。


「今日はいろいろ試そうと思っているので、もしかしたらイディさんにご負担かけるかもしれませんが、よろしくお願いします」


 荷物を下ろしながらシェイラは言う。

 革の鞄に書きつけてきたものや、試したいものを詰め込んできたから、けっこう重かった。魔法でぱっと{転移}させてもよかったけれど、王城には障壁が張ってあるので、そこを無理やり通過させると、魔力消費量が上がるのだ。力は温存しておけという変態魔導師の言葉を思い出して、手で運んできた。


 シェイラは、象牙色の扉をくぐる。鞄から出したものを空いている場所にどんどん置いていく。

 荷物が軽くなるような魔法があれば、便利だなと思う。


「ぼくのことなんだから、なんでもやるよ」


 背後にイディオンの気配を感じた。


「……呪文詠唱などをお願いしてもですか?」


 恥ずかしい気持ちは去ったらしい。

 シェイラがちらっと視線を向けても、問題なかった。


「ああ。必要ならやる」


「わかりました。様子を見ながらやりましょう」

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