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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子─中編─

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109話:聖剣使いと女王

「——ヴィクトル王太子?」


 苦みがあふれるのを奥歯を噛んでたえていると、グシェアネス女王が不思議そうに首をかしげた。

 ガルバディアの宮殿内であったことを思い出す。


「いえ、申しわけございません。少し酒に酔ったようで」


 ヴィクトルは、徹底して自分を覆う。

 酒の話に、グシェアネスは大笑した。


「さきほど、エヴェリヤンに、しこたま呑まされていたな?」

「王配殿下はお強くていらっしゃる」

「夫はな、昔からけろっとしていてな。酒で酔わない体質らしい」

「うらやましい限りです。私はあまり強くなく」

「そうか? 葡萄酒を樽で飲みそうな顔をしているがな」


 女王の冗談に、ヴィクトルは笑う。


「どのような顔でしょうか」

「いやいや、その魔導師オルリアの目がな! 葡萄酒に近いであろう?」


 紅玉とも称される、赤い虹彩のことだろう。

 あけすけのない女王の言い様には好感が持てたが、血の色だ、不気味だ、というものはあとを絶たない。ヒバリも当初、ヴィクトルの目を見るのを恐れていた。


「それで酒を飲めるようになっていたら、私は社交で苦労はしていません」

「聖剣使いであろう? 社交よりも、ヴィクトル王太子は、(わたし)と同じく戦場のほうが優先される。酒など飲めたところで蟲どもを殲滅できるわけではないからな」


 言って、グシェアネスの目に真剣なものが帯びる。


 声がひとつ、下がった。



「——アベルの星詠みは、そちらの国を訪れたか?」


「ええ。先日、大占卜師(だいせんぼくし)の詠みをお告げに」



 そうか、とグシェアネスは言った。いつの間にか手に取っていた杯を口にする。


「〈霧の厄禍(やくか)〉だそうだな」

「そのようです」

「六百年ぶりらしいじゃないか」

「楽しそうですね」


 ヴィクトルは、その六百年の厄災を払う〈聖剣〉というものに、呪いしか覚えない。


「ああ、楽しみで仕方ない。この力を存分に発揮できるからな」


 グシェアネスは凶悪な笑みを浮かべて、〈導脈〉を活性化させる。強い魔力が、隣に立っているだけで吹きつける。

 在位六十年。絶対女王と言われる元素魔術の魔導師。


「余と、そなた、そして、あそこにいる——」


 ちらっとグシェアネスは、ヒバリを一瞥する。


「聖女もいれば、この大厄災は祓えよう」

「昔と異なり、各国の結束もそれなりにありますからね」


 以前の厄災では、国同士がてんでばらばらに動いて、被害を防ぎきれなかったという歴史がある。それはこの数百年で、大陸中の学園や学院で歴史となって継がれ、細いつながりとなっている。


「〈魔女の騎士〉どもも、余が焼き払ってもよいのだが、あやつらはしぶとい。こればかりは草の根活動だ」

「そうですね」


 〈気高き魔女の騎士団〉——団長と呼ばれる人間を中心とした、呪術を生業とする集団。


「今回の訪問を機に、我が国と貴国は来たる厄禍に備えて、結束を固めよう」

「それは我がオルリアの望むところでもあります」


 女王の言葉に、王太子としてヴィクトルはいらえる。


「今度の狩猟祭も楽しみにしているぞ」


 打って変わって、女王は七十七とは思えないほど無邪気な笑みを浮かべた。


「陛下も出られるので?」


 ヴィクトルは、主賓なのでもちろん出ることが決まっている。

 聖剣を使わなくてもよいので、純粋に楽しみにしていた。


「まあ、肩ほぐし程度にな」

「肩ほぐし?」

「主は、ムディアンと、それからイディオンだ」


 ムディアン王太子は、ヒバリをよく迎えてくれている。彼女の表情がほがらかった。


(イディオン王子は……)


 今は姿が見えなかった。昼には見かけたが、席を外しているのだろうか。


(まだほとんど言葉を交わしていない)


 交わしたのは挨拶程度だ。立太子しているのが、第二王子のムディアンのほうであったので、ヴィクトルはそちらと話すことのほうが多かった。

 年齢と異なる姿に、なにか特異的事情があるのを聞き及んでいたから、慎重に距離を見ていた、というのもある。


「ああ、イディオンは今夜こっそり抜けている」


 ヴィクトルの視線に気づいたのか、グシェアネスはなんでもないことのように言った。


「抜けている?」


 第一王子が、そんなことあるだろうか。


「逢引だ、逢引」


「はい?」


 グシェアネスが、にやりと笑って言う。

 ヴィクトルは急なグシェアネスの諧謔(かいぎゃく)についていけなかった。


「というのはさすがに嘘だが、イディオンは彼の導師と一緒に街に下りている。今日は都も賑わっているからね」

「そうですか」


 ガルバディアの王室は、自由な気風らしい。

 そう思いながら、ヴィクトルは、自身も{転移}を使ってあちこちをふらふらしているので、あまり人のことを言えないことに気がついた。


 どこでも、王族は厄介なしがらみから抜け出したくなるものらしい。


 苦笑が浮かぶ。


「あの子は特に、ヴィクトル王太子に憧れを抱いているから、ぜひ狩猟祭では面倒を見てやってくれ」

「私に?」

「聖剣使い云々にかかわらず、狩りの腕を見たいそうだ。しっかり教授してやってくれ」


 それは好ましい話だった。自然、笑みが浮かぶ。


「承りました。イディオン王子をお(あずか)りいたします」


 頼んだ、とグシェアネスが笑ったところに、踊り終えたヒバリが戻ってきた。



「なんの話?」



 恐れ多いことに、女王とヴィクトルのあいだにぐいっと頭を突っ込んでくる。


「ヒバリ、失礼だよ」

「構わん構わん」


 寛容な女王で、ヴィクトルはほっとする。


「申しわけございません、女王さま」

「異界とこちらでは礼儀作法も異なるだろう。気にしなくてよい」

「女王さま、よい方でいらっしゃいますね!」

「よく言われる」


 あはは、と女王は軽快に笑い、ヒバリはうれしそうに笑う。


「それで、ヴィック、なんの話だったの?」


 グシェアネスがその場からいなくなると、ヒバリはもう一度ヴィクトルに尋ねた。


「今度の狩猟祭だよ」

「ああ……シカとかイノシシとかを狩るっていうあれね」


 ヒバリは、いやそうにする。狩猟を目にしたことがないのだ。


「君は、私の大猟を願ってくれ」

「うん。おしゃべりして待っています」


 そんな他愛もないことを話しているうちに、夜は更けていった。


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