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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第6章:できそこないの王子─中編─

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104話:シェイラの没頭

 フェノアから、少し根を詰めすぎではないか、と言われた。


 シェイラが、先日の福音ノ日から毎日学園や学院から帰ってくると、魔導具置き場となっている研究室に引きこもり、ずっと本を読んだり調べたものをまとめたり、集めた魔導具類を検分したりしているせいだった。


「顔色がよくないわよ」

「ご飯はちゃんと食べてます」

「餅ばっかりね。栄養じゃないわよ」

「いつもと同じものを食べるほうが体もびっくりせずにすみます」

「いつかぶっ倒れるわよ」


 フェノアは呆れたように言う。


 それは大丈夫だろう、とシェイラは思う。

 なにせ、シェイラの体には{修復}という魔導がかけられて、常に働いている。サルオン・ブルック老師という変態魔導師の医療魔導だ。多少の栄養不足でも問題ない。



「お前は実験体だからな」



 俺さま変態老師は、黒眼鏡ごしに桃色の目(コンプレックス)を光らせていた。

 {修復}がどこまで効果があるのか、シェイラの身は常に{遠隔}で監視記録されているらしい。


 サルオンは、人間の存在を神秘と思っているらしく、特にこの百年くらいは心という働きにとりわけ興味があるようで、人間の心が読めるようになりたいと言っている。


(恐ろしい話です)


 宵闇ノ日は、リヨンのところに訪れつづけているが、今のところ{感応(テレパシー)}の魔術は、サルオンに突き止められていないらしい。

 ただ、そろそろヴェッセンダスの智と書架の魔導で{登録}を受けると聞いている。

 そうなると、リヨンの{感応}が変態魔導師の手に落ちるのではないかと心配だった。ガザン師とも密に情報を交わしている。



「明日くらい、休むのよ」

「まあ、一応は……」



 これっぽちも、そのつもりはなかった。

 なにせ、久しぶりに丸一日時間を使える日だ。この時間を有意義に使わないわけにはいかない。


(イディさんが魔法を使えるようになるためです)


 基本的な〈限局症〉のことから、呪文や魔法陣、触媒の成り立ちまで、シェイラは手当たり次第、調べていた。


 呪文や魔法陣では〈導脈〉を動かせない。魔法を発動させることができない。

 イディオンが使えるようになりたいのは元素魔術だ。母女王のような魔導師を目指している。元素魔術は〈導脈〉制御が一番必要な魔術系統だ。ならば、はやく解決の糸口を見つけて、きちんとした修行を急ぎはじめたほうがいい。


 イディオンに合った呪文や魔法陣に代わるものを見つける。あの、心象風景のこともある。暴発も防がなければいけない。期日までに、やるべきことはたくさんある。


 だから、シェイラは時間を無駄にしてはいけなかった。


 そんなシェイラの考えを、フェノアはお見通しだったのだろう。

 翌日の静寂ノ日、研究室にこもり続けていると、夕陽の射す頃に訪れる客があった。


 こんこん、という控えめに扉を叩く音。


 シェイラは最初、その音を聞き逃した。過集中になっていて、どこが遠くで、木目に入り込むような音がすると感じ取るだけだった。



「——シェイラ、いる?」



 すうっと耳に入ってきたのは、柳弦(リュート)のやさしい音だった。


 シェイラの耳は、{魅了}の声を聞いたようにぴんと張って、びっくりして椅子から立ち上がった。台形の椅子が転がって、長外套(ローブ)の裾が挟まる。引っ張るように引き抜くと、今度は体の平衡を崩した。

 頭がぼうっとしているふらふらさを抱えながら、シェイラは扉を開く。



「イディさん」



 急に立ち上がったからなのか、立ちくらみのようなものを覚える。誤魔化しも含めてしゃがむと、イディオンの目線と同じ高さになった。


 なんでここに、とシェイラが訊くよりも前に、



「ほうら、いましたでしょう?」



 後ろに昨日と同じように呆れたフェノアの顔がそう言った。


 フェノアは華美な衣装で、金色の髪を結い上げてまばゆかった。宴で歌を披露していたのかもしれない。

 一方のイディオンは簡易な服装で、最近見慣れたきっちりとした装いでなく、銀髪も下ろされていた。


「ほんとうに、フェノア師の言うとおりだ」


 イディオンが眉間に指を当てて、同じように呆れたように首を振る。それから、シェイラの背後にある書物や紙類の束をちらっと見やって、咎めた。



「シェイラ、外に出よう」

「えっと……、今日は静寂ノ日ですよね?」



 たしかそう、宮殿では大きな宴があったはずだ。



 ——オルリア聖王国からの表敬訪問。聖剣使いの王太子ヴィクトルと、聖女ヒバリが、女王グシェアネスの在位六十年を祝って訪れている。



 ヴィクトルが近くに来ているという事実に落ち着かない気持ちになっていた。気にしないために没入していたというのもある。

 今頃は夜会が開かれていて、イディオンは迎客側として参加するのではないだろうか。


「夜会に出られるのでは……?」

「ぼくはまあ、こんな子どもの姿だから、適当なことを行って抜けてきた」

「え」

「これまで、とんずらしてきたから、いなくなってもそんなに悪目立ちしない」

「そ、それはいいのか悪いのか……」


 どっちなのだろう。


「わたしは戻るわよ。このあと、まだ何曲か歌わなければいけないもの」

「ですよね」

「あなたがどうせ研究室に引きこもって、ひょっとしたらなにも食べないでいるんじゃないかと思って心配だったのよ。控え中に殿下にお話をしたら、来てくださったわけ」


 フェノアに上からじろっと睨まれる。


「す、すみません……」

「とても心配して来てくださったの。感謝なさい」

「ありがとうございます」


 シェイラは、しょぼくれたようにイディオンにぺこっと頭を下げる。

 集中が切れると、頭がぐわんぐわんと揺れるようだった。そういえば、水分もほとんど取っていなかったかもしれない。


「立てる?」

「なんとか……」


 男の子の手を差し出されて、申しわけなさで机のなかに入りたくなってしまった。

 その手を取らないのも申しわけない気がして、手の平を重ねる。そうすると、ぐっと引かれる力はいつものように強さがあって、ただ背丈だけ足りないので、シェイラは扉の縁に手をかけながら立ち上がった。裾の埃を手で払う。


「そうしましたら、殿下、あとはお願いします。わたくしは戻りますので」

「ああ、恩に着る」


 フェノアは言うと、ひらっと麗裙(ドレス)を翻して{転移}の粒子とともに消える。



「じゃあ、街に下りよう。とにかく、なにか食べて飲んだほうがいい」

「ですが、静寂ノ日ですよね? お店やってないのでは……」

「知らないのか? 今回は表敬訪問もあるし母上の祝いもあるから、数週間、静寂ノ日も店は開くよ」

「えっ。じゃあ、お店の人、いつ休むんですか?」

「平日に代わる代わる休むんだよ。王都の商会組合が決めている」

「それはよかったです。休まないと倒れてしまいますからね」


「……シェイラもね」



 そんな話をしながら、シェイラとイディオンは街なかに下った。



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