101話:罪の告白
幾分、間があった。
イディオンは、息を呑んでいるのかと思いきや、そうではなかった。顎に手を当てて、なにかを考えていた。
少しだけ拍子抜けのような……安心が、シェイラのなかで広がった。
知らず息を止め、緊張していたのはシェイラのほうだった。
慕ってくれているイディオンから、拒否の表情をされなくて、体中がゆるんでいく。ヴィクトルたちが訪れると聞いた緊張感からも、一緒に解き放たれていた。
ふう、と息をもらすと、イディオンの顔が上がった。黙考が終わったらしい。
「あなたは、人を殺すような人には見えない」
考えの末の結論に、シェイラは苦笑してしまった。
この子は大丈夫だろうか。シェイラを信用しすぎているのではないか。
そんな苦笑と、同時に心ノ臓をくすぐられるようなあたたかさを覚える。
「……いえ、殺しました」
「ちがうと思う」
「思うだけじゃ、結果は覆せません」
「いや、ちがう」
イディオンは見ていないはずなのに断定する。
「なにか、あったんだろう?」
シェイラは目を見開く。
なぜ、わかるのだろうか。
「……そうですね」
有耶無耶に伝えても、遠回りしながらでもイディオンは真実に近づいてくる気がする。
シェイラは諦めて、事実を詳しく話すようにした。
「正直なところ、その時なにがあったのか、わたしもはっきりと覚えていません」
今思い出そうとしても、記憶はその前後だけ霧がかかってしまったようになにも映像が浮かばない。
「ただ、気づけば、わたしは血溜まりに膝をついていました」
「…………」
「そして、師の痕跡がひとつ、残っていたんです」
「……痕跡?」
「手首が。……師の左手首より先だけ残されて、あとは全部吹き飛んでしまったようでした」
あの時のすさまじい恐怖と衝撃は、忘れられないだろう。
その現場に駆けつけてきたヴィクトルの顔も。
「シェイラの師が吹き飛んだ理由は?」
イディオンは査問官のように尋ねながらも、声音は淡々といつもどおりだった。
「……わかりません。よく覚えていないので。ただ、実験をしようとしていました。だからきっと、なにか魔法が暴発したんだと思います」
「それは、呪術?」
「……そうです」
「そうか……」
答えれば、イディオンはまたしても黙り込んだ。考える時の癖が出ている。
今度の黙考は長くなく、すぐに縹色の双眸はシェイラの瑠璃色に定まった。
「なら、やっぱりあなたは、人を殺していない」
「ですが、その実験はわたしがしようとしていたもので——」
「だったら、それは事故だ。魔法や魔術の実験ではよくある事故のたぐいだ」
「…………」
「シェイラの師匠が犠牲になったことは致し方ないと流されることではないが、あなたが意図して師を殺したわけではない」
イディオンはきっぱりと言う。
「殺しては、いない」
イディオンのやさしい顔に、三年前のヴィクトルの顔が重なった。
「君は、リマス師を殺してまで、魔法を得たかったのか……っ!」
あの時の、シェイラを断罪するヴィクトルの顔が忘れられない。
おだやかで、あたたかい人だった。厳しい顔をしたのは、シェイラが父である聖王のことを悪く言った、あの幼い時分だけだろう。
そんな人に、あんな激昂させることをしてしまった。
シェイラは、だからずっと、忘れることができないのだろう。ヴィクトルのことを忘れられないのだ。
「——話が長くなりすぎた。ひとつだけじゃなくて、いっぱい聞いた」
イディオンは立ち上がる。シェイラに背を向け、象牙色の扉に向かう。
「シェイラが魔法を使えるようになった秘密は、また今度教えて。時間は限られるから、このあとは、ぼくの魔法の解決策を一緒に考えてほしい」
シェイラは、歯の奥が浮き上がりそうになった感覚を、うまく扱いきれなかった。自分の感情と感覚をどのような言葉で表せばよいのか、わからなかった。
それでもただ、感謝だけはわかる。
(ありがとう……ございます)
先に扉をくぐった、イディオンの背に思う。
——殺してはいない、と言ってくれたイディオンへ。
シェイラは膝のうえで震えていた両手に力を入れる。
(イディさんの魔法は……)
——必ず使えるようにする。
シェイラは、両手を見つめながら、固く思った。




