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宇宙一目指す美少女、ブラック企業に就職

――インターン試験の翌日



「えっと、ここよね?」



 昨日、星海君からもらったメモを頼りに誘われた事務所の前までやって来たが、本当にここであっているのか不安で仕方ない。

 そこは二階建ての建物で、一階はレトロな雰囲気の小さな喫茶店。内装は比較的綺麗で建物自体も最近改修をしたかのような新品さだ。

 だけど、メモに書いてあったのはその喫茶店ではなく、その二階。

 一階はコンクリートで改装された喫茶店、でも二階は木造のボロ屋。階段は今にも抜けそうで足がすくむ。


「どうしよう。今からでも断ろうかしら……」



 どう見てもまともな仕事をやっているようには見えない。オフィスと呼んでいいのかもわからない。

 実は住所を書き間違えていたとかないだろうか。



「あ、来た」



 そんなことを考えている間に一階の喫茶店から出てきた星海君に見つかってしまった。



「ねぇ、本当にここがオフィスなの?」

「そうだけど。……あーいや、まあ多少あれだけど中は意外とそうでもないから」

「…………」



 もう不信感しかない。

 しかし、一度は了承してしまったのだから、ここで帰るというのは失礼だろう。

 渋々と星海君の後について二階へと上がっていく。


 ミシッミシィギィィィ……。


 階段を一段上るたびに今にも床が抜けそうなほど軋む音が響く。



「あの、星海君?」

「多分まだ抜けないから安心して」

「“まだ”が怖いのよ!」

「ほらほら、そう言っている間に到着。問題なかったでしょ?」

「帰りの不安は消えないんだけど?」



 そんな私の心配を無視して、星海君は事務所の中へと入っていく。



「ようこそ、明星あけぼし事務所へ」



 中に入ると予想通りというか、ボロ屋敷と言った感じの内装だった。

 窓は風でガタガタ言ってるし、すきま風寒いし、まともな空調もない。

 唯一まともなのは床くらいだ。恐らく一階への被害を想定してここだけ新調したのだろう。

 部屋の左半分には武骨なデスクが二つと右半分にはボロボロのソファーが二つ向き合うように設置されていた。

 デスクの方は業務用で、ソファーの方は来客用と言ったところか。

 そして、奥にはもう一つ部屋があるようで扉が一つだけポツンとあった。



「さっきから気になってたんだけど、なんで一階と二階でこんな格差があるの?」

「一階のオーナーは自分の店を新調したいって言って自分でお金を出して改装したんだけど、うちの会社はそんなお金の余裕がないから、一階だけ改善工事を行ってもらったんだ」

「あ、そんなことできるんだ」

「みたい。すごいよねー神秘って」



 神秘は飛行士以外でも仕事に有効活用されている。

 特に建設関連はかなり影響が大きいらしい。今まで何カ月もかけていた工事を一日だけで終わらせることもできるという。

 と、そういった技術のおかげというべきか、せいというべきかこんな珍妙な建物が完成されていた。



「というか、誰も居なくない?」



 事務所の中を覗いたが人の気配がない。

 星海君はインターン生だ。私が来ると分かれば、彼だけじゃなく正社員の人がいなくてはいけないのでは?

 そう思っていた矢先、奥の扉が開き一人の女性が出てきた。



「あら、翔琉君お帰り。そっちの子はインターン生志望って感じかな?」



 太陽のような人。

 彼女を見たとき直感的にそう感じた。

 赤毛の長髪に三つ編み、透き通るオレンジの瞳、そして耳に残る優しい声。まぶしい笑顔に目が離せなかった。

 見た目はすごく大人っぽいのに、ほんの少しだけあどけなさを残した優しい言葉使い。

 どうしよう、目が離せない。



「姫宮さ~ん、戻ってきてー」

「はっ!」



 星海君に肩を叩かれ、現実に引き戻される。



「まぁ見とれるのも分かるからね。だって、姉さんは宇宙一可愛いから」

「…………は?」



 今の星海君の発言に私は二つ引っかかった。

 一つはあの人が星海君のお姉さんだってこと。

 もう一つは……。



「宇宙一可愛いの私だけど!?!?!?!?!?!?!」

「いや、それはない」



 即答。一泊の間もなく即答。

 なんで?



「いやいやいやいや、私可愛いじゃん!」

「でも、宇宙一ではないだろ。姉さんがいる限りその地位は無理だぞ」

「え、なに? シスコンなの?」

「? 客観的に見て姉さんが宇宙一可愛いのは周知の事実でしょ」

「なにおぅ?」



 苛立ちのあまりに星海君に飛び掛かろうとしたが、星海君のお姉さんが間に入って止められた。



「二人とも喧嘩しないの。まずは自己紹介ね。私は星海結奈ほしうみゆいな。ここで事務員をしているわ」



 私は渋々引き下がりながら、結奈さんに自己紹介をする



「私は姫宮美咲。宇宙一の飛行士になる美少女よ」

「ふふふ、本当に翔琉君が言ってたような子ね」



 せっかく私が自己紹介をしてあげたのにもかかわらず、結奈さんは小さく笑う。



「確かにアホっぽい子ね」

「は?」



 私はジロリと星海君の方に視線を送る。

 すると、星海君は困ったように首を横に振った。



「違う違う。僕はそんなこと言ってない。アホっぽいじゃなくて、アホの子が来るって言ったの。ぽい、でなくて100%純粋なアホって意味で言ったんだけどなぁ」

「もっとダメじゃない!」



 ペシッと星海君の頭を引っぱたいた。

 なに? 星海君てこんな人だったの? いつも教室の隅で寝ているところしか見てなかったから、すごい大人しい子って印象だったのに。

 もしかして、私みたいに学校では猫被ってたってこと?



「で、ここには今ここにいるだけの人しかいないの? 小さな事務所だって聞いていたから、社長さんにもお会いできるものだと思っていたのだけれど」

「何言ってるんだ?」



 私の言葉に対し、星海君は首を傾げながら、私のすぐ横を指さす。



「社長ならもういるだろ」

「え?」



 星海君が指さしたほうを向くとそこには誰もいなかった。



「?」



 誰もいないんだけど、もしかして馬鹿には見えない店長とか言うんじゃないでしょうね。

 とも思ったが視界の端にぴょこぴょこ動く影が見え、少しだけ視線を落とす。

 するとそこには十歳くらいの女の子が私の方を見上げていた。



「うわ! いつの間に? なんで小学生がここにいるの? 迷子?」

「だから、それが社長だって」

「ふえ?」



 女の子は私の顔付近までぴょんっと飛び跳ね、ぺちっとデコピンを叩き込まれた。



「いてっ」

「ったく、誰が小学生だっての。アタシは立派な大人だっての」



 私は痛むおでこを押さえながら、件の社長に視線を下げる。

 男勝りな言葉遣いとは裏腹に小さくて可愛らしい女の子。

 白い短髪にインナーカラーの赤が生えており、右半分だけをハーフバックにしている。

 目つきは鋭く、体が成長していれば怖いと言った印象を抱いたかもしれないが、今の身長では反抗期の少年っぽさが出ていて、これはこれで愛らしい。

 彼女が小学生であれば、デロデロに甘やかしていただろうが、どうやらそうではないらしい。



「本当にあなたが社長なんですか?」

「おう、アタシ、氷雫紗朱ひだすずかがここ明星事務所の社長だ」



 マジか~。どう見ても小学生にしか見えない。

 見栄張って大人のふりして会社経営してるとかないよね。

 まぁそれはそれで優秀そうな気はするけど。

 え、私今日からこの子の元で働くの? マジで?


 ここに来て、明星事務所でインターンを受けるかどうか迷いが生じてきた。

 明らかに儲かってなさそうな事務所のオフィス。

 生意気な同級生に私に迫る勢いの美女。それに加えてちんちくりんの社長。

 果たしてここでまともな仕事を得られるのだろうか。不安でしかない。



「さっきの話は聞いてたぞ、美咲」

「あ、はい。もう呼び捨てなんですね」

「それと翔琉のやつからも報告を受けている」

「どうせアホとかそんなのですよね?」

「そうだな。その話も聞いた。なんでも宇宙一を目指すんだってな」

「はい、なります」

「ほう、即答か。だが、曖昧じゃねぇか? 宇宙一の飛行士とは何を指す? 目指す場所はどこだ?」

「えっと、なんですかこれ? もしかして、面接でも始まってます?」

「まぁ、そんなとこだ。で、どうなんだ? 宇宙一の定義は?」

「そんなもの決まってるじゃないですか」



 答えなど決まっている。

 それなのにわざわざそんなことをたずねてくるのはなぜだろう?

 私は少し不審に思いながらも自分の夢を語る。



十冠星騎士ラウンズの第一席になるわ!」



 十冠星騎士――それは宇宙を代表するトップクラスの飛行士、たった十人だけに与えられる栄誉。

 その中でも第一席は、事実上“宇宙最強”の称号を意味する。

 私が目指すのは、そこだけだ。


「はっ、マジかよこいつ」



 社長は小さく鼻で笑い。

 結奈さんは口を押さえながら驚きの表情を見せ。

 星海君は頭を押さえながらやれやれとため息をつく。

 私は何か間違ったことを言ったのだろうかと少し不安になったが。



「いいねぇ。いいねぇ。いいじゃねぇか!」



 社長は興奮したように私の背中をバシバシと叩く。



「え? なに? どういう状況?」

「お前自分が何言ってるのか自覚ないのか?」



 戸惑う私に星海君がまたしてもため息をつく。



「私そんな変なこと言った覚えはないけど?」


「飛行士人生をかけても、新しい星を一つも見つけることが出来ないとされる現代において、十冠聖騎士たちは百以上もの星を発見する大快挙を成し遂げている。それだけじゃない。三席以上は五百年も代替わりをしていない。数百年前ならいざ知らず。今の時代、十冠聖騎士になるなんて言葉は妄言の類だ」


「んで、てめぇはそれを口にした。まさか、二言があるなんて言わねぇよな」

「当たり前です。この世に生を受けたからには一番を目指さなきゃ。生まれてきた意味がない!」

「ハハッ! こういうやつを待っていた! よく見つけてきたなぁ、翔琉。褒めてやる」

「はいはい、そりゃどうも」

「えっと、つまり私はお眼鏡にかなったと?」

「ああ、そういうこった。ようこそ明星事務所へ」



 思ったことをそのまま口にしただけなのに、何故か社長から大歓迎されてしまった。

 というか私はまだここに入るかどうか迷っているところなんだけど。



「あ? んだおめぇ。あんま嬉しそうじゃねぇな。まさか、うちが嫌ってわけじゃねぇだろうな?」

「いや、その……嫌ってわけじゃ……」

「んじゃ、なにが不満なんだよ」



 不満って言うか、不安が強い。

 本当にこの会社に入って私は宇宙一になることが出来るのだろうか?

 どう見ても零細企業だし、私の栄光が日の目を浴びることがない可能性もあるのではないか?

 そう考えてしまって、すぐさま首を縦に振ることが出来ない。




「え?」



 社長は私の心を読んだかのようにアドバイスをくれる。



「ちなみに言っておくが、十冠聖騎士になるのは……ぶっちゃけ、ほぼ無理だ」



 社長は私の心を読んだかのようにアドバイスをくれる。



「……は?」

「どの会社もな、社員をそんな不確実な挑戦に送り出す余裕なんかねぇ。開拓業務より、確実な定期調査の方が利益になるからだ」

「でも、ステラグラフなら……」

「あそこは別格だ。二人も十冠がいるしな。けど、時期が悪ぃ」

「まさか、嵐山コトネ……?」

「そう。奴に全リソースをぶっ込むらしい。十冠聖騎士には届かねぇが、次期十冠聖騎士の候補者を常に百人選定している。通称、百花繚乱アンダーラウンズ。十代でそこに名を連ねているのはたった二人。そのうちの一人が嵐山コトネ」


「ま、待ってください! 百花繚乱? なんですかそれ。聞いたことないですよ?」


「だろうな。一般には公開されてねぇ秘匿情報だ。ともかく、十冠聖騎士に近い位置にいる彼女をステラグラフは後押しするつもりらしい」



 雑誌にも名前が載ってるし、すでに知名度がある。

 それに直接戦ったからわかる。彼女の強さは非凡だ。

 見た目も悪くないし、会社の顔として十分すぎる素質がある。

 まぁ、私ほどじゃないけどね。



「他の会社じゃ実績を積むのが難しいってことは分かりましたけど、ここだとなんで宇宙一になれるんですか?」


「なんだ、翔琉から聞いてねぇのか? うちはインターン生でもガンガン開拓業務をさせてやるぞ」


「それは聞きましたけど……」



 その言葉に引かれて、今日この場に来た。

 でも、正直ここは設備悪そうだし、労働環境もあんまりいいとは言えない。

 だから、この会社で働くことにまだ抵抗があった。



「アタシはな、宇宙一の会社を作りてぇんだ」


「急に何を……」


「ステラグラフを超える企業にする。そのために宇宙一の飛行士は絶対に必要だった。だが、今まで雇った奴らは誰も本気じゃなかった。」



 オフィスはボロボロ。まともに社員すらいない。

 それでも宇宙一の会社をいまだに目指している。

 普通に考えれば笑い話だ。

 でも、嬉々として語る社長の目は成功を信じて疑わない。



「でも、てめぇはちげぇ。すでに十冠聖騎士の第一席を目指す心構えが出来てる。だから、アタシはアタシの持ちうるすべてを賭けて、てめぇを宇宙一にしてやる。それがてめぇがうちに入るメリットだ」



 こんな会社で出来ることなんてたかが知れている。

 後押しをすると言っても限度がある。

 私の生涯を賭けるほどの会社じゃない。

 はずなのに……。



「いいわ。この会社に入ってあげる。その代わり、私を絶対に宇宙一にしてよね」



 断れなかった。

 社長の夢を語る姿があまりにも他人ごとに見えなかったから。

 それと……。



「まずは百花繚乱に選ばれるところから始めないとね」


「ちんたらしてられないから、とりあえず夏休み中に一つは星を見つけておきたいな」



 近くで聞いていた星海兄弟もまた宇宙一を目指すことに積極的だった。

 この二人はこの会社が宇宙一になれることを疑ってすらいなかった。

 それだけじゃない。

 私が十冠聖騎士の第一席になるための道筋を考えてくれている。

 だったら、その期待に答えなくてはいけないだろう。

 だって私は宇宙一の天才美少女なんだから。


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