新宿決戦、そして突然のスカウト
姫宮美咲17歳。高校三年生。
大学進学か就職か。そんな進路を決める大事な時期。
私は就職を選んだ。
宇宙一の飛行士になる。
子供のころからの私の夢。
どんな有名人よりも人気のある職種が飛行士だ。
新たな惑星を開拓したり、既存惑星のトラブルを解決したり、宇宙で起きるあらゆる物事に干渉する職業。
テレビやSNS、街中の電光掲示板は飛行士の話題で持ちきり。そんな世の中で私みたいな承認欲求の塊が飛行士を目指さずして、一体何になるというのだ。
飛行士になるためには、飛行士専門学校を卒業するか、企業が募集している飛行士のインターンに参加するかの二通りだ。
私の家は専門学校に通うお金がないため、インターンのルートでのみしか飛行士になれない。
私が目指すは宇宙一。なればこそ、入社するべき企業はたった一つ。
株式会社ステラグラフ。
世界二大企業の一つであり、宇宙一の飛行士事務所であるステラグラフこそ私に相応しい会社だ。
この会社は毎年インターンの応募が数万単位で押し寄せてくるため、インターンに選考を設けている。
そして、現在、私はそのインターン試験に参加中だ。
辺りは見慣れた新宿駅周辺だが、ここは作られた偽の空間。
試験用に作られた仮想空間で五人の受験者たちのバトルロワイアルが行われている。
この新宿駅周辺のどこかにフラッグがあり、それを先に見つけた一人のみが第一次試験を突破できる。
初期配置は一定の距離を置いてランダムに配置されるため、まだ他の受験者たちの姿は見えない。
開始から約二十分。目立つ新宿駅内で探索を続けていたが、フラッグどころか受験者たちの影すら見つからない。
私が思っている以上に試験場は広いのかもしれない。
諦めて他の場所を探そうとした時、外で激しい地響きがなる。
急いで駅の外に出ると、近くのコクーンタワーが真っ二つに切り裂かれ崩れ落ちていた。
「自然現象……なわけないよね」
これは人為的なものだ。そして、こんな人知を超えた現象を引き起こせることが出来るのは“神秘”しかありえない。
“神秘”。それは人が生まれながらに持つ異能のことだ。
“神性”と呼ばれる心を元にした力、精神力にも近いそれをエネルギー源として、人は神秘を操る。
能力は人によって様々で炎を生み出したり、獣に化けたり、守護霊を召喚したり、多種多様である。
コクーンタワーを真っ二つにしたのも誰かの神秘である可能性が高い。
無意味にコクーンタワーを破壊するとは考えにくい。そうなると、あそこで誰かが戦っているのだとは思うが。
「行くべき?」
私の足が一瞬止まる。
この試験では戦う意味があまりない。
フラッグを取った時点で試験通過となる。となれば、誰かから奪うと言ったことは出来ない。
だから、戦闘は極力避け、フラッグの探索に時間を費やしたほうが賢い選択だ。
なのに、なぜだろうか。
一瞬止まったはずの足が、コクーンタワーに向かって走り出していた。
「そうだよね。どうせ受かるなら、派手じゃなきゃ」
私は飛行士に憧れはない。
求めるものは承認欲求。
それが最も満たせるのが飛行士だっただけだ。
ただ受かるだけじゃ意味がない。
みんなにチヤホヤされる結果じゃなきゃ満足できない。
目指すは全員ノックアウト! 完全勝利!
「見つけた!」
コクーンタワーのすぐそば。
そこに立っていたのは考えうる限り最悪のライバル。
「――誰?」
その見た目からは想像もつかないほど鋭く殺気のこもった低い声。
輝く金色の髪をなびかせ、こちらを向く彼女は嵐山コトネ。
雑誌で嫌というほど見た顔だ。
『この高校生がすごい』に三年連続ノミネートされている世代最強と名高い女子高校生。
『この高校生がすごい』って何かって?
それはあれだよ。すごい高校生をランキングしたやつだよ。うん、私もよく知らないけど。読者アンケートですごい高校生を決めてるんだよ。確か。
まぁ、だからと言って彼女が私よりすごいかって言われたら、まだ分からない。
なんたって、私は『この高校生がすごい』に参加してなかったからね。
これは申し込みしないとランキングには載らないからね。
なんで参加しなかったかって?
それはしないよ。当然でしょ? 私は自分を売り込むようなことはしないの。
でもぉ? 友達が勝手に応募しちゃったりしちゃったら? 仕方ないかなぁ~って思うんだけど?
っと、それは置いておいて。
彼女の右手には刀が握られており、そこから彼女がコクーンタワーを斬ったのだと容易に想像が出来た。
「笑顔満点!可愛さ爆発!宇宙一の天才美少女!姫宮美咲! あなたを倒しに来たわ!」
私はそう名乗りを上げたが、嵐山はつまらなそうな顔をしてその場から去ろうとした。
「待って! 逃げる気?」
「逃げる? 自分より弱い人間相手にそんなことするわけないでしょ?」
冷たくそう言い放つ彼女にはもう殺気はなかった。
それが指し示す意味を理解できないほど私は馬鹿じゃない。
「弱すぎて私じゃ相手にならないって言いたいの? 流石に……舐めすぎだよ!」
足元に転がっていた石を拾い上げ、嵐山に向かって投げつける。
「くだらない」
嵐山は涼しい顔をして、右手に持っていた刀で投げられた石をはじこうとする。
「それが舐めすぎってこと」
石が刀に触れる瞬間、パチンッと指を鳴らす。
「――」
すると石に紋様が浮き上がり、直後爆発した。
「卑怯なんて言わないでよね。警戒してなかったそっちが悪いんだから」
これが私の神秘だ。
触れた物に紋様を設置して、自分の好きなタイミングで爆発させることが出来る。
シンプルだが破壊力のある神秘だ。
「まずは一人……ッ!」
完全に油断していた。
背後からわき腹に蹴りを貰い、歩道に立っていた枯れ木に背中を打つ。
「はぁはぁ……」
わき腹を押さえながら立ち上がると、先ほどまで私のいた場所に嵐山の姿があった。
しかも……。
「無傷?」
避けたそぶりはなかった。直撃だったはず。
にもかかわらず彼女にダメージがあるようには見えなかった。
考えうる可能性としては、“神性”の差。
神秘は神性を元にその性能が決まる。
要するに心の力が強ければ強いほどその威力が上がる。
それに加え、神性にはもう一つ使い道がある。
身体能力の向上だ。
神性を上手くコントロールすることで、腕力や脚力も上がり、体の強度も鉄を超える耐久値にすることも可能だ。
また心の力にはいろいろと種類がある。信念、怒り、テンション等々。そういった心の高ぶりが大きければ大きいほど神性の力が増す。
逆にネガティブであればあるほど、神性の力は弱まっていく。
つまり、彼女が無傷であるということは単純に私より彼女の心の高ぶりの方が高いということだ。
涼しい顔をしている割には心の中には何か熱いものがあるということなのだろう。
私の爆発は鉄をも破壊する。
それに耐えうる彼女の肉体は容易には攻略できないだろう。
流石、雑誌に載るだけのことはある。
「でも、だからって逃げるわけにはいかないのよ」
私は口から垂れる血を拭いながら、嵐山を睨みつける。
「何がそんなに面白いの?」
「え?」
不意に彼女から尋ねられ、そこで気が付いた。
無意識に口角が上がっていることに。
「そうね。多分、まだまだ自分の成長の余地を感じられて嬉しいのかもね」
私はまだ完全ではない。
それは今以上にチヤホヤされる可能性があるということ。
そうだ。私の承認欲求はまだまだ満たされない。
「あなたを倒せば、私も雑誌に載れるかしら」
「それは無理。あなたじゃ私を倒せないから」
「やってみなきゃ分かんないでしょ!」
私は枯れ木のふもとにあった砂を握りしめ、嵐山に向かって投げつける。
「それはもう知ってる」
砂が爆発する直前に嵐山は後ろに飛んで軽くかわす。
「逃がさない!」
爆風の中を駆け抜け嵐山に手を伸ばす。
間接的な爆発では彼女にダメージを与えられない。
それならば直接彼女に触れて爆発させるしかない。
「っ!」
けれど、伸ばした右手の手首を叩かれて触れることが出来なかった。
続けざまに嵐山が刀を振るう。
私は体を捻って何とかかわそうとするが、避け切れず左腕を少し切ってしまった。
手に持っている刀を見るに彼女は何かしらの武芸を学んでいるはずだ。
となれば私のような素人では真正面から戦うのは不利だろう。
搦め手を考えなければ。
「まずは戦う舞台を変えよう」
左手で地面に手を突き、右手の指を鳴らす。
すると地面にいくつもの紋様が浮き上がる。
「すでに仕掛けていたのか」
嵐山とのやり取りの最中に何度が地面に手をついて紋を設置していた。
「ちょっと付き合ってもらうよ」
同時に無数の爆発が起き、地面が崩れだす。
「地下鉄か」
私たちが落下したのは地下に引かれた線路の上。
着地と同時に嵐山は距離を詰めてきて刀を振るう。
私はバク転しながらかわして、新宿駅方面へと走っていく。
その間、嵐山の間合いに入らないように、紋様を設置した石を投げつけながら一定の距離を保つ。
「着いた!」
駅のホームまでやって来た私は線路の上から出て、上階を目指す。
チラリと振り返ると嵐山もついてきているのが見える。
ここまでくれば申し分ないだろう。
JRの改札までたどり着いたところで足を止め、嵐山に向き直る。
「鬼ごっこは終わり?」
「ええ、ここで決めるわ!」
私が地面に手をついた瞬間、辺り一帯に紋様が溢れかえる。
「これは……」
私は最初に新宿駅に来た時に手当たり次第に爆弾を設置していた。
それを今ここで全て爆発させる。
「この規模の爆発。道連れにする気か?」
確かに新宿駅周辺を全て爆発させるとなると私自身も巻き込まれることになる。
だからこれはどうせ脅し。そうたかをくくっている嵐山は一切の動揺を見せない。
でも、相打ちなんて御免だね。
「残念だけど、そうはならないわ。私の神秘はただ爆発させるだけだと思った? それだけじゃないの。私は私の神秘によって発生する影響を受けない。つまり、この爆発も爆発によって崩落する駅舎の瓦礫でも私はダメージを負わない」
「っ!」
これが脅しではないと理解した嵐山は初めてその表情を崩し、ここから離脱しようと動き出した。
でももう遅い。
「“閉ざされし深炎の世界”」
赤白い閃光と共に爆炎の海が新宿駅を包み込む。
激しい地鳴りはフィールド全体に伝わり他の参加者たちの耳にも届いただろう。
爆炎が晴れたその場には駅舎はすでになく大きなクレーターを形成していた。
そこに立っている人影はたった一人、私だけ。
駅を形作っていた残骸である瓦礫は私を避けるように転がっていた。
これは私の神秘の効果。
本来であれば瓦礫の下敷きになるはずだが、私は自身の神秘による影響を受けないためこのような状況になっている。
「ふん、案外大したことなかったわね」
私は鼻を鳴らし、瓦礫の山を眺める。
瓦礫に押しつぶされている前に、あの爆炎を受けてまともに立ってはいられないだろう。
「さすがに死んじゃいないわよね?」
逆にやりすぎてしまっていないかが心配になってしまう。
ま、でも、死者が出るかもみたいなこと言ってたし、うっかり殺しちゃってもお咎めないでしょ。
あれ、ちょっと待って。この場合って殺人になっちゃったりする? 私、犯罪者?
などと不安になったのもつかの間、足元がふらつきその場にへたり込んでしまった。
「しまった。神性を使いすぎてしまった」
神性が精神力から来る力だとしても、使い切ってしまえば一気に脱力感に襲われる。
それに人並外れた身体能力や体力も神性によって補強しているため、神性が尽きてしまえば、ただの人。
「派手に暴れちゃったし、今ここで他の参加者たちが駆けつけてきたら、さすがの私も対処しきれない。まともに戦えるようになるまでどこかに隠れて……な、きゃ……?」
あれ? 足が動かない。手も? なんで?
そんな疑問が解消される前に手首足首から血が噴き出した。
「え」
突然の出来事に脳が追い付かない。
何が起きているの?
「ここまで焦ったのは師匠との修行以来だ」
戸惑う私の前に立っていたのは倒したと思っていたはずの嵐山だった。
焦ったと口走ってはいるが、その体に傷らしい傷はない。
しいて言えば、少々砂埃をかぶっている程度だ。
「あなたの仕業……?」
「ああ、手足の筋を斬らせてもらった。まともには動かせまい」
「そう。まぁそうよね。見れば分かるもの。で、さっきなんて言ったの? 焦った? 煽ってるのかしら。余裕そうに見えるけど」
「焦ったのは事実だ。今回の試験は傷を負うなと師匠に言われていたからな」
「受かる前提? 腹立つわね。あなたも。あなたの師匠も」
私は歯を食いしばりながら一気に立ち上がる。
流れる血は止まらない。痛みで意識が朦朧とする。
それでも!
「まだ立ち上がれるのか。神性も尽きているだろうに」
「根性っ!」
「意外と熱血系なのだな。人は見かけによらないとはよく言ったものだ」
嵐山は刀を鞘に納めながら、腰を低く落とす。
「そんな君に敬意を表して、この一刀で沈めよう」
「来てみなさい! 返り討ちにしてあげる!」
神性を込めた刀が紫色のオーラを纏い始める。
今までとは明らかに違う一撃。
私はそれにあらがうために、右腕を上げようとする。
動け動け動け動け! 私の腕! 動け! 動けぇ!!!
垂れさがった腕がゆっくりと上がっていく。
しかし、腕が上がるよりも先に嵐山が動いた。
「天道流居合――“紫雨”」
地を蹴ると同時に刀を抜く。
私に見えたのはそこまで。
速すぎて彼女の姿が一瞬消えた。
「――――」
私はもう斬られたの?
分からない。
感覚がない。
死んだ?
ううん、まだ目は見えている。
でもなんで?
どういうこと?
思考が絡み合って今の状況が理解できない。
私は斬られていない、のだと思う。
目の前のこの奇妙な光景の前でそれだけはかろうじて分かった。
でも、それ以外のすべてが分からない。
どうして、嵐山の刀は私の首元で静止しているのだろうか。
どうして、嵐山はそんなに驚いた顔をしているのだろうか。
どうして――
どうして、星海君が私を守ってくれているのだろうか。
「ストップ」
嵐山の高速の居合。
それが私の首をはねる寸前、星海君が割って入ってきて、右手で刀を掴んで受け止めた。
「ッ! ……何者だ?」
嵐山は後ろに飛んで距離を取る。
「僕は星海翔琉。君と同じ学生だよ」
星海君は落ち着いた様子で名乗る。
「そうか。それでなぜ邪魔した?」
「勝負に割って入ったのは悪かったって思ってるよ? だから、僕も姫宮さんとここでリタイアすることにするよ。そしたら残り三人だから一次試験はほぼ受かったものだし、それで許してくれないかな?」
「はぁ!? 何言ってるの!?」
いきなりとんでもないことを口走る星海君に私は怒りが抑えきれず声を荒げる。
「私はまだ負けて……」
星海君に抗議しようと手を伸ばそうとしたその瞬間、視界が真っ白になっていき、そこで意識が途絶えた。
気が付くと私は知らないベッドの上にいた。
「っ!」
私は布団をめくり、バッと起き上がる。
状況を整理しようと周囲を見渡すと、ここが簡素なつくりの病室であることが分かる。
また、外はすでに夕暮れ時になっていた。
「あなたは……」
そして、ベッドの横で椅子に座っている人物がいた。
「星海君」
「怪我の方はもう良いようだな」
星宮君にそう言われ、手足の感触を確かめるともう先ほどの痛みは綺麗に消えていた。
「治癒系の神秘を持った人たちがここには多く常駐しているみたいだ。後で礼を言っておくといい」
「いや、そんなことはどうでもいいの!」
意識を失う前の出来事は思い起こされ私は声を上げる。
「どうして勝手に棄権したの!」
「どうしても何も決着はもうついてたじゃん。それにそのあと意識失って試験どころじゃなかったでしょ」
「私はまだ負けてなかった! まだやれた!」
「あーはいはい。わるーございました」
私の怒りに対し、星海君は適当にあしらう。
その言動がさらに私の神経を逆なでする。
「どうしてくれるのよ! 私の飛行士人生が終わっちゃったじゃない! 責任とれるの!?」
「ああ、それなら、うん。責任取れると思うよ」
「え?」
自分でも無理なことを言ったと思う。
けれど、星海君は出来ると言った。
「どういう意味?」
「言葉通りだよ。ここみたいな最大手じゃないけど、飛行士のインターンに参加できる会社を紹介してあげる」
「え? なんであなたにそんなことが出来るのよ」
「僕は元々そこのインターン生なんだよ。でさ、社長に新しいインターン生を取りたいからスカウトして来いって言われてね。それでステラグラフのインターン試験に参加して、いい人いないかなぁって探してたわけ」
「なるほどね。それで私の才能を見込んでスカウトしたいってわけね」
「いや、なんかかわいそうだからどうかなって。正直、スカウトとか面倒だから入ってくれそうな人なら誰でもいいんだけど」
「そこは黙って頷いときなさいよ! 入ってもらえなくてもいいの!?」
「え、入らないの?」
「そうは言ってないわ。でもね、よく知らない会社に入るつもりなんてないわ。私はね……」
「目立てればなんでもいいんでしょ?」
「分かってるじゃない。そうよ。だから、零細企業だったら入るつもりないし、そこまで飛行士にこだわってるわけでもないのよ」
ステラグラフのインターンに受かってたら、今頃SNSでバズってたかもしれないのに……。
宇宙一の事務所よ? 制服着て帰ってくるだけで、人生勝ち組って言われる職場なんだから!
「それなら心配ないよ。うちはインターン生でも開拓業務あるから」
「!」
飛行士と言ってもインターンはインターン。
ステラグラフであっても学生にやらせるのは誰にでもできる雑務がほとんどだ。
他の星に行くこと自体、一回あるかないか程度。しかも行けたとしてもすでに開拓が進んでいる既知の星だ。
学生の内から新たな星を開拓するなど聞いたことがない。
でも、星海君の会社はそれが出来るという。
それはつまり。
「どう? 結構目立つんじゃない?」
「ええ、そうね」
学生が新たな星を発見したなどということが世間に知られれば大騒ぎ間違いなし。
将来的にステラグラフからスカウトが来てもおかしくない。
「いいわ。星海君の話に乗ってあげる」
「んじゃ、明日ここに来て」
星海君からメモの切り端を受け取る。
そこには会社の住所と連絡先が記載されていた。
「さて、用事も済んだし。僕はここで帰らせてもらうよ」
星海君は席を立ち、病室の入口へ歩いていく。
そして、ドアの取っ手に手をかけたところで私の方へ振り向いた。
「あ、そうだ。言い忘れてたんだけどさ。さっきから学校の時みたいに猫被ってないね。それが素ってことでいいの?」
「あ……」
しまった。
星海君への怒りが強かったせいで思わず素で喋ってしまった。
これでは私のイメージが……。
「いや、大丈夫。学校のみんなには言わないから。それじゃ」
星海君はそれだけ言い残し、病室を出て行った。
「う……うぅ……」
私は頭を抱えてその場にうずくまる。
これは弱みを握られてしまったのかもしれない。
そんな不安を抱えながら、私はその日ステラグラフの病室で一晩明かすのだった。