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秋、夜の1

ゴダールとドビュッシーへ敬愛を込めて

アキト達のところにやってくる世話人は全部で3人いた。ロボット姉、クマさんことクマオ、その他にもう一人。

その世話人は、すらりと背が高く、長い足の持ち主だった。子ども達は彼を「足長おじさん」と呼んだ。もちろん、本人のいないところで。

「足長おじさん」も、他の世話人同様、子供達を恐れていたし、見下していた。それが当然で、彼らと親しんだり、彼らの境遇を哀れんだりすることは、普通ではない、良くないことだと思っていた。なぜなら、彼らは「普通ではなかった」から。

気難しい上司からは、「妖精の疑いがある子達」だと聞いている。妖精が置いていった取り換え子、妖精から産まれた子、自然の中で一人暮らしていた子などだ。

そもそも、昔は妖精がいたが、人が増えて、文明が発達して森が消えてゆくにつれて、妖精は童話の中だけのものになった。

だが、人間が減り、森が増え始めると、再び妖精が現れるようになったらしい。

足長おじさんが今までに出会った妖精は、絵本にでてくるドワーフやエルフのような可愛らしいイメージとはかけはなれたものだった。最初に出会ったそれは、大きな目を爛々と光らせ、卑しい顔をしていた。

街で人間と一緒に歩いており、すれ違う時に、大きな目でこちらを値踏みするようにながめ、舌でべろりと唇をなめた。

その時の、なんとも言えない気味悪さを、今でも忘れることができない。この街で出会う妖精には、気味の悪いものが多かった。だから、殆どの人は妖精を恐れ近づかない。

学校の先生や親は子ども達に教えるのだ。妖精に気をつけなさい、近づいてはいけないよと。

そして、本当の妖精だけではなく、妖精ではないかと疑われた人間も恐れられ、差別された。

本当の妖精「かもしれない」大人は街から追い出され、アキトのような子ども達は、隔離されつつ、無下に扱って悪さされてはたまらないと、最低限の食事や日用品を世話人が届けるようになった。

足長おじさんも、仕事で世話人をしているが、妖精の子どもと深く関わりたくなかったので、子どもたちの前で愛想笑いをつくりつつ、用が済むとすぐに帰った。


そんな足長おじさんの、子ども達に対する偏見がひっくり返ったのは、偶然、ユキの演奏を聴いてからだ。

その日は用事で、子ども達への届け物が夜になってしまった。寒風の吹き荒ぶ中、暗い夜道をしばらく歩くと、丸太小屋の三角屋根がやっと見えてきた。

オレンジ色の窓灯りが四角く切り取られ、いくつも浮かびあがっている。薪の燃えるツンとした匂いを、風がわずかに運んでくる。そのとき、足長おじさんは聴いた。丸太小屋から流れてくるピアノの音を。


単調で少し物哀しい

ゆったりした上の旋律…

それに答える低い旋律

やがてとけあい、はじまる優しい子守唄の調べ…

寒い中にあたたかい火を灯すような

優しい優しい音の並び


世話人の男は足をとめて聴き入った。なんだろう、これは。

聴いているだけで、心の奥底まで読み取られるような、泣きたいような気持ちになった。

そして、子守唄が終わると、静かな月の調べが始まった。

風はやんでいた。

ピアノの音が夜の静寂に落とされてゆく。

簡素な音の並び…

空には星が瞬き、半分欠けた月が静かに佇んでいた。

地表は青白い光に照らされて、静謐な白と黒の世界が広がっている。


こんなに美しい景色が、調べが、この世の中にあったのだろうか。どうして自分はこれまで、こんな美しい物に気づかなかったんだろう。どうして、あの子供たちはこんなに尊いものを知っているんだろう…。

世話人は我知らず、静かに涙をこぼした。なぜ泣くのか分からなかった。

ふいに、カランという小さな鐘の音とともに、丸太小屋のドアが開いた明かりの中から少年がでてきた。アキトだった。

「世話人さん…?寒いでしょう。中へどうぞ」

「ああ、夜遅くにすまないね。荷物を届けにきただけだから、ここで大丈夫だ。ありがとう」

足長おじさんは、泣いていたことをアキト達に知られたくなかった。


それ以降、足長おじさんは、丸太小屋に来る時、こっそり耳を澄ませるようになった。そして、音楽が聴けないまま帰る時にはひどくがっかりした。

そんな様子を子どもたちに知られまいと、いつもこっそり努力した。

だが、アキトはある日、気付いた。窓の外で、こっそりとユキの音楽に聴き入り、涙を浮かべている世話人のことを。

そんな世話人をみて、アキトは嬉しくなった。そして静かに微笑んだ。


改稿

2025.5.13

2025.5.22

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