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秋、昼の2

アキトはダルマストーブの前が好きだった。火をつけるのも、子供達の中で1番上手だった。

冬は風が強い。風のちょっとした気まぐれで、煙突から煙が逆流してくることがある。おかげでストーブの前に座るアキトの服からは、よく煙の匂いがした。

アキトはこの前、街へ出かけたことを思い出すと落ち着かず、散歩をした。

それでも、不安の煙が消えず、火の前に座ってやっと落ち着いたのだ。

僕たちは、いつまでここで、こうやって暮らせるんだろう。

大人になったら、ここを離れなければいけないのだろうか。街へ入れてもらえるんだろうか…。

いつのまにか薪が炭になっていた。細長い薪の形のまま、真っ赤な鉱石のようになった炭がしずかに熱を発している。

アキトはトングで炭をつついて崩し、場所をつくってから薪を足した。ゴトンと、薪が入った瞬間、火の粉と灰が少し舞い上がった。少しすると、新しい薪を、ゆるやかな炎が包み込んでいった。

鍋をもったユキがやってくる。

「アキト、何かあった?」

ユキは重そうな鍋をダルマストーブの上に置いた。

ユキはアキトの考え事を黙って見守ることが多かったから、このように声をかけるのは珍しかった。何かを察したのかも知れなかった。

「あのね…。僕たち、いつまでここにいられるんだろう。食べ物をもらって、必要な物をもらって…ここの暮らしは好きなんだけれど…。でも、街へ入れなかったり、食べ物とかもらってばかりで…なんだか、色々変だなって、考えて…。大きくなってもこのままここにいられたらいいんだけれど、なんだか不安なんだ・・・」

ユキはうーん…と考えながら、アキトのとなりの椅子に座った。

「最近、アキトが何か真剣に考えているなって、気になっていたの。それをずっと考えていたのね。

…私は今の暮らしが幸せ。アキトやみんなと一緒だと楽しいから、ずっとこうして暮らせたらいいなって思ってはいるんだけれど…」

「僕も、今のままがいい…」

「そうね…。でも、わたしは絵本やお話のように、いつか誰かと結婚してみたいとも思うの。

ここを出てだれかと一緒に家族をつくるのも、きっと楽しいんじゃないかと思うわ。

お話の中だと、最後は結婚して幸せに暮らしましたって、あるでしょう?きっと、とても素晴らしいことなんだと思うのよ」

「ふーん」

アキトには、よく分からなかった。

「でもそうね。アキトのいうとおり、もうしばらくはみんな一緒にここで暮らしたいと私も思うわ・・・あ、そろそろスープが煮えるわね」

ユキの心は、最近読んだ物語にまだとらわれていて、アキトのことを心配してはいたけれど、あまり深く考えられなかった。

察することは得意だったが、考えてもしょうがないことは考えなかったから。


Rugiadose odorose …violette graziose…violette graziose…

(※)


ユキはイタリア歌曲の一節を口ずさみながら、くるくると台所へ戻っていった。


ハルもユキと同じように「今を生きる」人間だった。

街へアキトと一緒に行った次の日には、前日のことなどすっかり忘れてしまったようだった。

「ハル、昨日は色々ごめん。街でびっくりさせちゃって」

「うん?何かあったっけ?」

「ええと、何でもない。…気をつけてね」

ハルはノコギリで切ることに夢中になっていたので、本当に忘れているのか、いい加減に返事をしただけなのか分からない。

ただ、集中してもらわなければ、危ないことになりそうだった。

ハルが切っている材木を、8歳のワカキが押さえていたから。

アキトはそれ以上話さなかった。


アキトは丸太小屋の前の切り株に腰掛けた。

目の前に終わりかけのシュウメイギクの花がゆれている。

無意識に、アキトは茎をつまんで、花を眺めながら夢想した。

「アキにい、これ、あげる」

アキトの前に金色にかがやくすすきの穂が広がった。マイが花束のようにしてアキトに差し出していた。

「ああ、マイか。ありがとう。部屋に飾ろうね」

「アキにい、元気ない…。疲れちゃったの?」

アキトは苦笑して、マイの亜麻色の髪をなでた。心配されたようだった

アキトの下の子ども達は3人いる。

8歳のワカキ、6歳のイツキ、5歳のマイだ。

マイはここへ来たばかりで、まだ不安そうな様子を見せることがあるけれど、アキトにはよく懐いていた。

「マイは、ここへ来る前は、どこで何していたの?」

ふと、アキトは気になった。

「…分かんない。気付いたら、川べりにいたの。それから、歩いてたらおじさんやおばさんに見つかって、ここに連れてこられたの」

「…お父さんや、お母さんのこと、覚えてる?」

アキトはためらいながらも聞いてみた。

「いなかったよ」

マイはよく分からないようだった。

「分かった。ありがとう。色々話してくれて」

そう言って、アキトはまたマイの頭をなでてやった。マイは嬉しそうにして、丸太小屋に入っていった。

アキトはその後も丸太小屋の近くの丸太に腰掛けてぼんやり物思いにふけっていた。



改稿

2025.5.12

2025.5.21

※A.スカルラッティ「Le violette」より

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