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秋、朝の1

そこは不思議な環境だった。

親のいない少年少女だけが寄り添って暮らしている。水道はきていたが、電気は灯りだけだった。

だから、冬は薪ストーブをたき、食事の支度も火を使った。

仕事なのだろうか。世話人がときどき食糧や日用品を持って尋ねてきた。世話人は愛想良かったが、内心で彼らを見下しているのが透けてみえた。彼らはそれを感じたものの、あまり気にしようとしなかった。なぜなら見下される理由が分からなかったから。


丸太小屋の外の一方に広い草はらと、ところどころに林がある。

少し離れたところを川が流れており、冬になると鳥が渡ってきて羽を休めた。窓からは鳥や蛙、虫の声が季節おりおりによく聞こえた。そんな中に一軒だけ、丸太小屋がぽつりとたっているのだった。

外のもう一方には、やはり草はらが広がっていたが、一本の寂しい道があり、しばらくいけば街があった。街は少し離れており、しかも自由に入れなかった。彼らはそれが少し残念ではあったけれど、いまの穏やかな暮らしが心地よく、不満はあまりなかった。


アキトは静謐な空気をまとった少年だった。豊かな感情を持っていたが、中にしまい込んであまり表に出さなかった。けれどもそれは押し込めて我慢しているのではなかった。

他人が…とくにユキやハルが代わりによくしゃべり、快活に動き回った。それは優しい健全な活発さで、アキトにはそれが不快ではなく、二人の元気な様子をみて一緒に喜びを共有して微笑むことが多かった。


1番年上のユキは、アキトより6歳ほど年上だった。くるくると動き回ることが大好きで、生活を楽しむことをよく知り、その楽しさを他人にも伝染させた。好奇心が旺盛で何にでも興味を持った。

ある朝、古いピアノとボロボロの楽譜が世話人から届いた。誰かがもう使わなくなって捨てようと思ったものを寄付してくれたらしかった。

狭い丸太小屋が更に狭くなったが、古い丸太小屋と昔からの友であったかのように、不思議となじんだ。この不思議な黒い友達はどんな風に歌うのかと、みな触りたがった。

はたして、音は割れてキンキン響くようなものであった。それでも、みな喜んだ。特にユキは夢中になった。馴染みが薄く、楽譜を読むのが元々得意ではなかったが、一生懸命、宝物を読み解くようにして読んだ。一音一音、友の声を聴くように楽譜をピアノでなぞった。魔法のように、人を温め、冷えさせ、熱くさせる、アルコールにも似た音楽。

ユキはこの丸太小屋で一番年上であり、甘える相手もなかったが、音楽の中に自分に寄り添い、支えてくれる友の存在を感じた。

かくして、ユキは丸太小屋の中で一番音楽に通じ、音楽を愛するようになった。

クリスマスに、誰かの誕生日に、雨のふる朝に、秋の木枯らしが吹く午後に、ユキの降る夕方に、月の美しい夜に…。

ベートーヴェンを、シューベルトを、ショパンを、そしてドビュッシーを…優しく奏でた。どんな作曲家のものも平等に愛し、それぞれゆっくりと、しかし誠実にうたった。

イタリア歌曲も好んで弾いた。愛を失う短調の曲よりも、愛の素晴らしさについて歌う長調の優しげな旋律を好んだ。

ユキはアキトやハルをはじめ、他の子供達によく弾いて聞かせた。おやつの時間にお茶を入れては、小さな音楽会を催した。


アキトは学ぶことが好きだったので、ユキから音楽について学んだ。

根気強く練習することが得意だったので、上達ははやかったが、自分で弾くよりユキの演奏を聴く方を好んだ。

時間は有限である。

音楽を聴くのに、上手い下手よりも、作曲家の声をより正しく届けられる者が演奏するべきだと、アキトは思った。

そして、ユキの演奏は拙くゆっくりではあったけれど、自分を誇示せず、作曲家一人一人の唄を正直な透明な心で読み、対話し、聴かせてくれるのだ。

そんなユキの演奏を聴いて、アキトはいつも心があらわれるような気がするのだった。


※2025.5.8修正

※2025.5.12修正

※2025.5.17修正

※2025.5.20修正

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